ニールの明日

第三百四十七話

「ビリー……スメラギ……」
 刹那が何となくほわんとした声でビリー・カタギリとスメラギ・李・ノリエガを呼んだ。
「なぁに寝ぼけ声出してんのよ。ゆうべはよく眠れた」
「ああ……」
「スメラギ・李・ノリエガ。こいつはいつもこんな感じだ」
 ティエリアが刹那のフォローをした。アレルヤがぽんぽんとバスケットを叩いた。
「ビリーさん、スメラギさん、サンドイッチ食べませんか?」
「あら、美味しそうね、でも大丈夫。こっちも食べ物持参だから」
「そう。甘いドーナツとコーヒーだ」
「ビリーが淹れてくれたコーヒーは美味しいのよね。ブルーマウンテンブレンドだったっけ? 私はモカマタリも好きだったけど。貴方はブルマンに砂糖を入れてうんと甘くしたヤツが好きだったわよね」
「僕は頭を使うから糖分が必要なんだ」
 ビリーとスメラギが喋っている。ニールは密かに、ブルマンに砂糖を入れるなんてブルマンに対する冒涜だ、と思った。ニールは生のコーヒーが好きなのだ。双子の弟のライルと同じく。
(ライルのヤツも、アニューにコーヒー淹れてもらっているんだろうか……)
 アニューは戦闘員でもあるが、女一通りのことも何でも出来る。勿論、コーヒーを淹れるのも上手い。
「ああ、この魔法瓶の中身は砂糖入りじゃないから。僕とスメラギの味覚は違うからね。こっちはスメラギ用」
 ――ビリーは滅多にスメラギの本名、リーサ・クジョウのリーサとは呼ばなくなった。スメラギに対する心づかいなのか。
(ビリーもなかなか気を使うからな……)
 そういえば、スメラギもバスケットを持っている。その中にコーヒーでも入っているのだろう。
「あなた達も飲む?」
(ビリーのコーヒーか……)
「うん、是非欲しいな」
 と、ニールは頷いた。
「実は皆で飲もうと思ってデミタスも持ってきたの。人数分はないけど」
「でも、気が利くな」
「ビリーの発案なのよ」
「それはそれは、ビリー、ありがとう」
 そう言ってニールは軽くビリーに会釈した。
「なんのなんの。美味しい物は皆で食べた方がいい。――実はキミ達のことも探してたんだ。ベルちゃんやソランくんはいないのかい?」
「ああ。ベルベットはぐっすり眠っている。ソランも寝てるんだろう?」
「――まぁな」
 ティエリアの質問にニールが答えた。
「こっちには麦茶もあるよ」
「ありがとう。僕は麦茶も大好きなんだ」
 ビリーが人を逸らさない笑みで答えた。ここはまるでピクニックのようになった。
 可愛らしい女性がこちらに来る。ミレイナ・ヴァスティだ。ニールは、ミレイナは顔は母親のリンダに似て良かったと思っている。
(おやっさんはムサいからな……)
「やぁ、ミレイナ」
「あー、皆でピクニックしてるー」
「いいだろ? たまには息抜きしても。――まぁ、俺達はいつも息抜きしてるようなもんだけど……」
「――それはお前だけだ。ニール」
「何だと? 言ったな、刹那」
 ニールは刹那をこつんと小突こうとしている。刹那はそれをひょいと避けた。アレルヤとティエリアがそんな二人を温かく見守っている。スメラギとビリーもだ。
「ママがお弁当を持たせてくれたのですぅ。ほら、この重箱」
 ミレイナはそれを皆の前に差し出した。リンダも料理が上手いのだ。
「おお、これはこれは。大宴会になりそうだな。ありがとう。ミレイナ」
「こちらこそありがとうです。ニールさん」
「そうだな。大宴会だな。ちょっとうるさいけれど。――ミレイナもこっちに来い。そのつもりで来たんだろう?」
「はいですぅ。流石セイエイさんなのですぅ」
 リンダさんも来れば良かったのにな――とニールは思う。ついでに、イアン・ヴァスティも。
「ニール~……それに、少年~……」
 地を這いずるような声が聴こえた。いや、元々は美声のはずではあるのだが。
「こんなところで……何を油を売っているのだ……!」
 声の主はグラハム・エーカーである。
「よぉ、グラハム」
「『よぉ、グラハム』じゃないでしょ……ニール・ディランディ……」
「何だ? 仲間外れっぽくて嫌なのか?」
「……そんなことは言ってないでしょうが……」
「だったらほれ」
 ニールは、グラハムの好物のハムサンドを渡す。火の通ったハムが何枚も重ねてあるのだ。
「まぁ、そこまで言うなら、もらってあげよう……」
 なんだかんだ言って、仲間に入れて欲しかったらしい。ニールが言った。
「なぁ、グラハム――……リボンズの情報は掴めたのか? お前、いつもELSと話し合っているんだろう。ほら、ビリーも聞きたがってるようだよ……こんなに身を乗り出して――」
「そうだな。ELSとかイノベイターとか……僕の関心のある分野ばかりだな。ニール、リボンズはイノベイターだったんだろ?」
 ビリーがそう言った。
「うーん、まぁ、そうなんじゃないかな」
 ニールは指についたマスタードを舐めながら言う。イノベイターに興味はないが、ソランやベルベットやリヒターが関わってくるとなると、話は別だ。
「……ニールさん……」
 心配なのか、ミレイナが浮かない顔をしている。ニールは、ここで自分が微笑まなくては……と思った。
「大丈夫だって。強いお兄さん達が守ってあげるからね。ミレイナ」
「あ、ありがとうございますぅ……」
「一見頼りにならなさそうなヤツらだが、ガンダムマイスターとしての彼らは強い。――少年は本当に頼りになるがな」
 ニールは、グラハムに向かって頷いた。この中ではニールが年長者でリーダー格だが、裏のリーダーは刹那だ。刹那がCBを引っ張っている。そして、ガンダムマイスター達のこともまた。
「――グラハム、ちょっと落ち着き給え。そうだ。君の好きなブレンドコーヒーを……あ、ないのもあるんだった。君は確かトラジャも好きだったよね」
「ないならそれでいい」
 グラハムがむすっとしながら言った。
「トラジャか……グラハム、案外お前も舌が肥えてんな」
 確か、幻のコーヒーと呼ばれたコーヒーである。今でもコーヒー好きには高い評価を受けている。いや、コーヒー嫌いの人々からも。
 地上に降りた時、ビリーがいっぱいその手のコーヒーを買ってくるのだ。どうせ、糖分を入れるのだろうが。
 予想通り、ビリーはバスケットから角砂糖を取り出した。そのことでグラハムは文句を言った。ビリーがガムシロップを混ぜながら応答する。
「グラハム……わかってないなぁ、君は。砂糖を入れたコーヒーは体にいいんだよ。疲労回復にもなるしね」
「――ふん」
 結局、グラハムは言い負かされた形となった。
「誰かコーヒー飲む人いるかい?」
「もらおう」
 そう最初に言ったのはティエリアだった。
「――私はいい」
 さっきの件でへそを曲げたのか、グラハムが答える。――いや、ただ単にご機嫌斜めになった訳でもないらしい。グラハムは沈思黙考している。ELSと関わっていることで、何か思うところがあるのだろう。
 どこかで、りん、と音がした。
 このトレミーで風鈴を飾る風流人はいないはずだから、多分これはELSの声だろう。
「グラハム。――僕のドーナツ食べて。なんか、いつもの君と違うから心配になってきちゃうじゃないか」
「ビリー、あなたは私のこと、そんな風に気にかけたことなかったわよねぇ」
 スメラギが口を挟む。
「君がウィスキーがいいだの、ウォッカがいいだのと酒のことしか言わないから、こっちも真面目にとる気がしなくなるんだよ……」
「ふぅん。まぁいいわ。お酒にも飽きたし――ビールは胸に行ってしまうし」
 そこで、全員が笑い出してしまった。スメラギがびくっと動いた。
「な……何よ……」
「いや……いや、確かに君の胸はビールでいっぱいだよ。なぁ、皆」
「そうですぅ。羨ましいですぅ」
「ミレイナはまだ子供だからいいんだよ。それに、今のスメラギの言葉を真に受けて将来ビール腹になったりでもしたら困るからね」
 ビリーも際どいことを言うようになった。アレルヤはその傍で麦茶をちびちび飲んでいる。スメラギ曰く、アレルヤも酒は飲めるようではあるのだが。それに、確かにアレルヤも酒は嫌いではないようだが、今は自分で節制しているらしい。――ベルベットの存在のおかげか。

2022.09.24


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