ニールの明日

第三百四十八話

 そこへ通りかかった男二人組――。
 ライル・ディランディとパトリック・コーラサワーであった。
「おっ、いい匂い! 楽しそうなことしてんじゃないスか? ニールの兄貴」
「おう。パトリックもこっちへ来い。ライルもどうだ?」
「いや、俺は――アニューの料理をたらふく食ったから……」
「付き合いの悪いヤツだなぁ、お前も」
「いやぁ、ライルの兄貴の気持ちもわかるっスよ。俺も大佐と二人っきりで食事したいっス。こう見えてオレ、料理得意なんですよ」
 納得、と言った具合に、ニールとライルは頷き交わした。確かにパトリックは食事作るのは得意かもしれない。独り暮らしは長いだろう。CBに入ってからは仲間達と一緒に食事しているが。
 そして、カティ・マネキン大佐と言えば――これが、料理をしている姿と言うのが似合わない。ものの見事に似合わない。
 カティ・マネキンはきりっとしていて格好良く……部下に大声で作戦を命じているのが相応しい。マネキン大佐のプライバシーと言うのは想像しにくい。
 そのマネキン大佐も、この場にはいない訳だが――。
「コーラサワー。アレルヤの料理は、お前のより旨い」
 ティエリアが上品にサンドイッチを口にしながら言った。
「へい。噂は聞いてます。でも、ほんとかなぁ」
 コーラサワーはにやっと笑う。ティエリアの口元がへの字に曲がった。刹那がコーラサワーにひとつ残ったサンドイッチを渡す。
「――旨い!」
 と、コーラサワーが叫ぶ。今度はティエリアがにやっと笑う番だった。
「どうだ。アレルヤの作ったサンドイッチは。今まで残ってたのが奇跡だったろう?」
「いやぁ、参った参った」
 コーラサワーは長めの赤毛を掻き上げた。
「アレルヤの兄さん! アンタ俺に食事教えてくださいよ! 俺、大佐にうんと美味しい晩餐御馳走してあげるんですから!」
「いや……」
 アレルヤの表情が浮かないものになる。
「――アレルヤさん?」
「もしかしたら、皆でここに集うのはもう最後になるかもしれない」
 それは、ニールも思っていたことだった。オーライザーのパイロットとして、ニールはいつも死と隣り合わせの戦闘をして来た。刹那と一緒に。
「大丈夫っすよ~、俺、不死身のコーラサワーですから」
 それは本当だ。どんなに危険な戦場にいても、コーラサワーは必ず生きて帰って来た。
 マネキン大佐はいつも、「あいつを殺す方法はないものか」とぼやいていた。
 ――でも、そうは言っても本当はマネキン大佐もそう満更でもないのではないか。ニールにはそう感じるのである。縁起でもないことを言うのも、コーラサワーが絶対死なないと信じているからだ。
(まぁ、それにしても、厄介なヤツに惚れられたな。マネキン大佐は)
 そう思い、ニールはくすっと笑う。刹那が訝しむ。
「どうした? ニール」
「うーん、そうだなぁ……これは言った方がいいのかなぁ」
「――何だよ」
 刹那が口を尖らせる。そんな様子が可愛い。
「いや、コーラサワーとマネキン大佐、案外お似合いかと思ってよ」
「――ふぅん」
 そう言って、刹那はコーラサワーを見る。コーラサワーは、グラハムやビリーと談笑している。
「まぁ、そう思うの勝手だが……コーラサワーとマネキン大佐は釣り合わない……いや、マネキン大佐にあの男は勿体ない。
「言うねぇ……」
 ニールは刹那の黒い癖っ毛をわしゃわしゃとかき乱す。刹那はそれを振り遣る。
「まぁ、俺にとっても刹那は勿体ないけど」
「何でそんな話になる? 俺はそう思ったことは一度もないぞ。……お前には心配かけさせてばかりで、悪かったと思っている」
「おんや~? 急にデレたな。刹那」
 ニールは時々、二十一世紀の言葉が口をついて出る。
「……刹那。俺だって、お前に頼られると嬉しい」
 ニールがそう言うと……刹那の少々浅黒い肌に血が昇る。口の端がこころもち上を向く。
「俺も、お前には背中を預けられる」
 刹那がぽつんと言った。そう言った刹那のうなじに、ニールは訳もなく欲情する。しかも、昨日何度もまぐわったばかりだ。刹那に飽きが来るということはきっと一生ないだろう。
(心も、身体も、お前の全ては俺のものだ――)
 ニールはひっそりと刹那の凛々しい横顔を眺めながら心の中で呟く。その代わり、生涯かけて刹那を守ると、ニールは誓う。果実のような弾力のある肌、匂い。きっと、ニールにとっても禁断の果実だっただろう。
 その果実をニールは昨夜も味わったのだ。
 あのアリーとニキータが禁断の果実を味わったように――。
 勿論、ニールと刹那は、アリーとニキータとではまた違う問題を抱えたカップリングなのだが。
「ミレイナちゃん、芋の煮っころがしくれ」
「ダメですよ。ニールさんの分がなくなっちゃいます」
「んじゃ、ニールの兄貴に訊けばいいんだな。――おーい、兄貴ー! 芋の煮っころがし食っていいか~?」
「好きにしろ~」
「だ、そうだ」
「……ママはきっとニールさんにも栄養つけさせたかったのですぅ」
 ミレイナはどことなく不満そうだ。
「リンダさんは母性の持ち主でもあるからねぇ」
 アレルヤは幸せそうな笑顔で言った。この男はティエリアといられれば幸せなのだ。それと、何人かの気の置けない友人達と――。
「コーラサワーさんはもう充分食べたのですぅ。あんまり食べさせると皆の分がなくなっちゃうのですぅ。……アーデさんはもっとお肉つけた方がいいと思いますけど」
「……え? 僕?」
 ティエリアは、矛先が己の方に向かったので、ティエリアは眼鏡の奥の目を瞠って自分を指差す。
「そうです。アーデさんは痩せ過ぎです。トレーニングは充分したから、今度は栄養面も考えなきゃいけないのですぅ。ママも一生懸命なのですぅ」
「いい子だな。ミレイナちゃん。でも、ティエリアは毎日必要な物はちゃんと食ってるよ。専属の栄養士もついていることだし」
「それは僕のことかい?」
 柔らかい声で、アレルヤがコーラサワーに答える。
「他に誰がいるんだよ。な、ミレイナちゃん」
「うんっ!」
「いやはは、参ったな……僕にはベルもいるしね」
「うん、そうだ。ベルの為にもお前は生きて帰れ」
「わかってるよ。ニール」
 アレルヤが照れ笑いをした。コーラサワーは何とも言えない顔をしている。
「どうした? コーラサワー。料理、マズかったか?」
「ママの料理がマズい訳ないのですぅ」
「だよな」
 コック長を除けば、アレルヤと料理のトップ争いが出来る程の腕前を持ったリンダ・ヴァスティの手料理である。不味い筈がない。
「じゃあ言うが、さっきは俺達はずっと大丈夫。固い絆で結ばれてきっと生きて帰って来ると思ってたけど、アレルヤ――アンタ、もしかして死ぬんじゃねぇか?と考えっちゃって――独り身の俺と違ってよ」
「え、ええっ! 何言って……!」
 アレルヤが慌てて立ち上がる。グラハムまで、
「そうだな。死ぬかもな」
 と、コーラサワーに同意をしている。流石に腹が立ってきたニールが、年長者の一人として注意しようとしたら――。
「二人とも、変なことを言うのはやめろ」
 ――と、コーラサワーとグラハムはニールの代わりに刹那に諭される。
「だってよぉ、家族のことを自慢げに言い始めたら死亡フラグが立つってジンクスがあったからよぉ……俺、別にアレルヤに死んで欲しい訳じゃないんだぜ。この騒ぎを起こした張本人は倒したいけどさ」
「うむ……」
「そんなの、大昔のジンクスだ。今はもっと進化している。それにアレルヤ……君はやはり死んだ方がいいかもしれないぞ」
 ティエリアが言った。
「ど、どうして……」
「そうしたら、僕と君はいつまでも一緒にいられるじゃないか。ベルベットは僕が育てるから。生きてようが死んでようが、アレルヤ・ハプティズム、お前は僕の世界で最愛の人間だ」
「そっかぁ……」
「だから、安心して、僕に背中を預けろ」
「――了解」
(その台詞は俺が刹那に言いたかったのに……ティエリアとアレルヤに美味しいとこ取られちまったな……でも、刹那も俺に『お前には背中を預けられる』と言ってくれたし)
 アレルヤとティエリアはきっと死んでもひとつなのだ。刹那とニールが、別れることがないように――。ビリーが、コーヒーがもうないや、と苦笑いをする。グラハムがふふ、と笑った。
「……少年、ティエリア……さっきは悪かった。謝らせてくれ。そこのヴェーダの申し子、ティエリアの言う通り、ジンクスは所詮ジンクスだ。パイロットは独り者も多い。その中の誰かがやっかみ半分で言ったんだろう。私も縁起は担ぐ方だがな」

2022.10.29


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