ニールの明日

第三百四十一話

「シャールのぱっぱはやすみなの?」
 ソランがシャールに訊く。
『うん。きょうはおやすみしてるの』
『内戦も停戦したからな。俺の仕事はしばらくないぜ』
 と、グレン。
『でも、この人ったら、休んでいると体がなまってしまうと言って、運動は欠かさないの』
『デブになってお前に嫌われたら困るからな、留美』
『ま、貴方ったら……どんな姿になっても貴方のことを嫌いになるはずがないことは、貴方がよく知ってらっしゃるでしょう?』
『うーん、そうなんだが、俺自身が嫌なんだ』
『貴方が太っても別段嫌いにはならないけど……貴方は生まれながらの兵士ですからね』
『そう。でも、たまにはシャールと遊んでやるのもいいかな、と思ってたんだけど……』
 グレンは肯いながらそう言った。
『シャールはね、ソランに夢中なの。いっつもソランの話をしているわ』
 留美は幸せそうにニコニコしている。
『まぁ、ただ……シャールには俺みたいな兵士にはなって欲しくはないな。いつも危険と隣り合わせだし。――俺はそこがいいんだが。シャールには平和の大使になって欲しい』
『心配しなくても、シャールは私が平和を愛する男に育てますわ』
『ありがとう、留美』
 そして、グレンは留美の頬にキスをした。
『嫌だわ、貴方。こんなところで……ニールもいらっしゃるのに……』
 言葉の割には、留美は嫌そうではなかった。ソランがニールと刹那の方を見ると、刹那はいつも通り。ニールはニヤニヤしていた。二人とも、何も変わっていなかった。
「ぱっぱ、ぼくもいつかすきなひとときすする」
「うーん、ソランにはまだ早いかな」
 ニールは苦笑しながらソランの頭を撫でる。
「ま、俺達とはいつもキスしてるけどな」
「キスをしないとソランは人間に戻れないんだ」
 刹那が真面目な声で言う。それに、刹那の言ったことは事実なのだ。ソランはソレスタルキャット――猫でもあるのだから。
『しってるよ~』
 シャールが答える。グレンが首を傾げていた。
『何だよ。ソランは元々人間じゃねぇか』
「ソランは人間と猫のあいの子なのさ」
 ニールがそう言うと、グレンはモニターの向こうでくすくす笑った。
『ニール……お前、相変わらず冗談が上手いじゃねぇか』
「冗談じゃないんだがな……」
 まぁ、でも、グレンの反応が常識的ってヤツだろう――とソランは考える。
『それは置いといて……むっ、何だ?』
 呼び出し音がピー、ピーと鳴る。
『見て来るわね。貴方』
『――留美。俺が行く』
『ううん。貴方はシャール達の相手をしていて。……こんな場合でないと子供達と触れ合えないでしょう?』
『……まぁ、そりゃそうだが……』
『それに、貴方が本当は子ども好きだって言うの、私知っているんですから――』
『あ、ああ……』
『見て来るわね。ニール、刹那。くれぐれも夫を宜しく』
「わかった。お嬢様」
『やあね。……私はもうお嬢様じゃないのよ。立派な母親よ』
 そう言うところがお嬢様なんだよねぇ……とソランは密かに考える。シャールもその意見に賛成のようだった。
 グレンが生まれながらの兵士なら、留美は生まれながらのお嬢様だ。留美は今でも公式の場では『王留美』と呼ばれている。元CBの当主。その肩書きは一生消せないだろう。本人が何と思おうとだ。
『留美も気を使わなくてもいいんだがな……』
 グレンが穏やかな顔でそう言う。いつか映像で観た彼よりも、性格が丸くなったみたいだ。子どもの存在は親を変える。
 しかし、今のグレンを見ていると、血腥い仕事をしているとは思えない程優しい顔をしている。光っている金色の目には我が子が映っているのだろう。
「……留美は気を使ってるんじゃなくて、もともと大変なことは自分が引き受ける性格なのさ」
『ふぅん。ニール……お前の方が留美との付き合いは長いだろうからな』
 グレンはニールにちろりと視線をやる。
「だって、王留美はニールの上司だったからな」
 今まで黙っていた刹那が口を開く。
「ついでに言うと、俺の上司でもある」
 と、刹那が続ける。
「何だよ。水臭ぇな。最初から「俺達の上司」って言やいいじゃねぇか。俺達は一緒に戦った仲なんだからな」
「悪いな。俺はこういう質なんだ。だからグレン。ニールと留美の仲は心配しなくても大丈夫だぞ」
『そうか。ほっとした。ニールは男っぷりがいいからな。留美も惚れたんじゃないかって、思ったんだ。ちょっとした焼きもちだ。忘れてくれ』
 ニールを褒められて、グレンはほっとしたと同時に嬉しくなった。確かにニールはハンサムで、強くて優しいいい男だ。
 そんなニールをソランも尊敬していて、将来はニールのようになりたいと思っている。
 ――ニールは助平なところもあるし、ソランは刹那似であることは自分でもわかっているのだが。刹那にもソランは敬意を払っている。
「それよりグレン。シャールとはちゃんと遊んでやっているか?」
 刹那が訊く。シャールが神妙な顔で頷く。
『おれのぱっぱね、きょうはかたぐるましてくれたの』
『シャールは肩車が好きでな。――そんなに喜んでくれているのなら、俺も嬉しいぜ。シャール』
 グレンはわしゃわしゃとシャールの髪を乱した。シャールが「うー」と抗議の声を上げる。
 グレンはがっちりした体格だし、戦場でも鍛えているから、途中でシャールを落っことすこともないであろう。ニールも時々ソランに肩車をしてくれる。
「ぼくのぱっぱとおなじだ!」
 ソランはつい叫んでしまった。
「は? 何が同じだって?」
 ニールが思わず、と言った態で訊き返す。
「んー? ぱっぱがかたぐるまをしてくれるの」
「ははは、そうか。ソランも肩車が大好きだからな」
「うん」
 それにしても――と、ソランは思う。グレンは一度はシャールと留美の為に剣を捨てている。でも、やはりグレンはまた戦場に舞い戻った。味方の兵士を助ける役割で、なるべく人は殺さないようにしているみたいだが。
 うちのぱっぱとまんまと同じだ、とソランは考える。
 ニールと刹那も平和の為に、ソレスタルビーイングで今でも働いているのだから――。
 ガンダムを動かせるのは、選ばれたガンダムマイスターしかいない。
 今では、あの沙慈・クロスロードにさえ、それがわかったのだから。
 そういえば、沙慈もルイスと長い付き合いのようだ。ルイスは沙慈の為にアンドレイを振った。
 何で沙慈を選んだんだろう、とソランは疑問に感じる。沙慈よりもアンドレイの方がいい男のように思えるのだが。例え、早合点したり勘違いするところがあったとしても。
 ルイスはあまり男運が良くないな、と、ソランは自分でも失礼だな、と思う感想を持つ。
 刹那や留美はいい方だ。特にニールなんて、ソランには最高の父親だ。
 ベルベットの父のアレルヤもいい男だと思う。料理が得意なのもポイントが高い。ベルベットの母親のティエリアは料理には全く向かないので、案外似合いの夫婦なのだろう。
(良かったね、ソラン)
 脳量子波でシャールの声が届いて来る。
(――何が?)
(お互い、いいぱっぱに巡り合えて)
(ああ……)
 そうだろう、そうだろう。――ソランはそう考えてうんうんと頷く。刹那が訝し気に見ているのがわかるが、刹那は何も言わなかった。
(まぁ、おれのぱっぱのほうがいい男だけどな)
(ぼくのぱっぱだっていい男だ)
(じゃあ、お互いいい男がぱっぱで良かったな、ということでいい?)
(――うん)
「どうしたんだ? ソラン、黙っちまって」
 ニールが無限の慈悲を瞳に湛えてソランの顔を覗き込んだ。
「シャールとのうりょうしはではなしてたの」
「そっか。……俺は入っていけない領域だな。ソランは凄い天才だけど、時々ソランが遠くなったようでぱっぱの俺は寂しいな」

2022.05.24


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