ニールの明日

第三百四十五話

「待ってくれ、グラハム。今服着るから」
 ニールが言った。ニールと刹那は急いで適当な服に着替える。
 ――シュン、とドアが開いた。
「どうぞ」
 ニールは茶色の巻き毛をくしゃくしゃにしながら、欠伸をした。
 グラハムが来てから、ニールは急に眠気に襲われたのだ。面白くない話であることはわかっていたからだ。
「ニール、少年、取り込み中済まない」
(だったら取り込み中に来んなよ……)
 ニールは言いたかったが、話を聞きたいので黙っていた。ソランはぐっすり眠っているようだ。
「話の前に、ソラン君の顔を見せてくれ給え」
「うちのソランをかぁ……あはは、そんな改めて見るようなもんじゃねぇよ……」
 照れくさくてついそんなことを言ってしまったが、ソランが世界で一番可愛い子供だと思っているニールにとっては、悪い気はしなかった。
「おう、何とも可愛らしいではないか。ソラン。大きくなったら私のところに嫁に来い」
「こら」
 刹那がグラハムの頭を叩いた。
「どさくさに紛れて変なこと言うんじゃない」
「そうだぞ。俺達のソランはお前なんかにはやらん」
 意見の一致を見た刹那とニールはがしっと握手をした。
「グラハム、ELSとお前は繋がっているのだろう? お前が来たのはELS関係か?」
 グラハムは髪の先が金属になっている。ELSと同化したからだ。
「……リボンズが見つかったようだ」
「何だって――?!」
 刹那が顔を上げた。けれど、グラハムは再び沈鬱な顔になった。
「捕まえようとしたらワープで逃げられてしまったらしい――」
「情けねぇな、グラハム」
「別に私が逃がした訳ではない」
 ニールの言葉にグラハムはカチンと来たようだ。元々二人は刹那を巡ってのライバル同士であったので、今でも犬猿の中だ。そのグラハムにも何か訳がありそうだった。
「――リボンズ達をELSが追っている。それが手がかりだ」
「なるほど……」
「よくやった。グラハム。ただの男色家ではなかったのだな」
「む……少年、君はそう見てたのか……」
「ああ」
 刹那はきっぱりと頷いた。グラハムは少々ショックを受けたようだ。だが、立ち直りの早いのがこの男の美点で――。
「ELSの欠片を私の部下が追っている」
「そこにリボンズがいるんだな」
「そうだ」
 グラハムは真顔で頷いた。いつもこういう表情なら、グラハムも美形ではあるのだが――。
「でも、行くのは簡単でないぞ」
 と、グラハムは続けた。
「ようそろ」
 ニールは得意げに言った。ニールもリボンズのことが気になっていたのだ。刹那と同じくらいに。
「待ってろよ、リボンズ……!」
 ニールは右手の拳を左手で掴んだ。リボンズには貸しがたんとある。だからと言って、リボンズを殺すことは考えていなかったが。
(リボンズを救う、か――)
「朝になったらパイロットスーツに着替え給え。私は他にやることがある。ではな――」
 グラハムはそう言って去って行った。ニールと刹那は置いてけぼりの感があったが。とにかく、刹那のことを除けば、グラハムはいい男ではあったし、有能な男だ。男色家かどうかはともかくとして。
「どこ行ったんだろうな、あいつ」
「気になるか? ニール。あの男はパトリック・コーラサワーのところへ行ったぞ」
「げっ!」
 ニールはつい叫んでしまった。あの男は苦手だ。慕って来るのは一向に構わないのだが。それにしても――。
「刹那、お前、グラハムの位置もわかるのか?」
 刹那は頷いた。
「……俺は少し寝る。刹那、お前は?」
「俺も少し寝る」
「やっぱり疲れたか? ――今日もやり過ぎたか?」
「――馬鹿」
 刹那はニールのみぞおちをどんと叩いた。勿論、加減してだ。ニールもそれがわかっている。でも、お約束なのでこう言った。
「……いてぇ……」
「つまらんことを言うからだ」
 そう言って、刹那はベッドに横になった。ニールは刹那の隣に潜り込む。
(やっぱり刹那の隣はあったかいな……)
 幸せを噛み締めながらニールは思う。こんな幸せな日が来るなんて、家族がテロ組織に殺された時には思いも寄らなかった。
 刹那は、そのテロ組織の一員だったらしいけど……。
(父さん、母さん、エイミー……ごめんな。俺は刹那・F・セイエイを愛している……)
 いつの間にか、ニールの意識は夢の世界へと滑り落ちて行った。

「起きろ、起きろ、ニール……!」
「ん……」
 ニールを起こしたのは刹那だ。刹那が部屋の灯りを点ける。
「眩しいぜ。刹那――」
「お前がいぎたないだけだろ」
「だって、体力使うことしただろうが、俺達……」
「ふん、ガンダムマイスターがそんな軟弱でどうする」
 因みに言うと、ニールは軟弱ではない。むしろ頑健な方だ。刹那よりも体力は勝っている。けれど、確かに今朝は少し眠かった。それは、刹那とまぐわったと言うことばかりではない。
 ニールにも、朝は億劫なこともあるのだ。その後、いつものニールに戻るのだが。
「あーっ。元気になって来た! 刹那ぁ、元気になった俺の相手してくれねぇか?」
「断る」
 刹那は言下に言い捨てた。そして、制服のパイロットスーツを着る。いつ出陣になるかわからないからだ。朝までそっとしておいてくれたのは、グラハムなりの優しさだろう。ニールもまた、緑色の制服を着る。
「イアンのおやっさんは起きてるかな」
「さあな」
「……ソラン、ぱっぱは行って来るからな」
 ソランが、う~、と返事をしてくれた様な気がした。
「ニール、ソランにかかずらっている場合ではないぞ」
「何だよ。刹那……ソランが気にならないのか? 俺達は明日をも知れない仕事をしているだろ?」
「大丈夫だ。ニール。俺達は死にはしないし、怪我もしない」
「それはお前はそうだろうがな……」
 ニールがぽりぽりと頭を掻く。
「髪、梳かした方がいいかな。そうだ。刹那、お前の髪も梳かしてやろうか?」
「――別にいい」
「何で。そんな綺麗な顔して髪ぐしゃぐしゃじゃ興覚めだろ? ま、俺はどんな刹那も好きだがねぇ……」
「勝手に言ってろ」
 刹那・F・セイエイは自分の容姿について無頓着な方だ。せっかく美形に生まれて来たのに……と、ニールなんかは思う。そう言うニールも、刹那と番うまでは甘いマスクで女達を落として来たのだ。
「さてと。顔洗ったら一緒に行こうぜ。どっち先にする? じゃんけんで決めるか」
 じゃんけんぽん。――刹那が勝った。
「じゃあ、俺が先に顔を洗わせてもらう」
「おう」
 容姿に頓着しない刹那も、綺麗好きではあるのだ。刹那からはいつもいい匂いがする。男女を問わず惹きつけるフェロモンのようなものが刹那にはある。
 それはニールも同じかもしれないが、ニールには、自分がそんなにフェロモンを発していることに自覚がない。
(グラハムの報告がなかったら、押し倒してたところだぜ。――いやいや、今はソランがいるからな)
「ぱっぱ~」と微かに言う声がした。ニールは穏やかに、「おはよう、ソラン。もう少し寝てたっていいんだぜ」と答えた。

2022.08.22


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