ニールの明日

第三百三十三話

「この服可愛い~。ねぇねぇ見て見て! ベルちゃんも着てみて~」
「うんっ!」
 クリスから差し出された花柄のワンピースをベルベットは試着室で着用してみた。
「かんわいい~、あ、後ろのファスナー留めてあげましょうねぇ……ねぇ、フェルトも来れたら良かったのに」
「残念だけど、今日はミレイナと仕事だって」
 アレルヤが言う。
「もう。そんなのどうだっていいじゃない。戦争は終わったのよ。ぱーっと遊ばなくっちゃ」
「あの……まだ終わった訳じゃないんだけど……」
「何とでも言わせておき給え、アレルヤ。どうせ聞いちゃいない」
 溜息交じりにアレルヤの肩を叩いたのはティエリアだった。ティエリアも性格が丸くなった。ベルベットのおかげだろうか。勿論、ベルベット本人は自覚していないが。
 ベルベットも薄々は気付いているだろうけれど――。聡明で利発な子供だから。
「このわんぴーすかうの」
「どれどれ? あー似合うね。ベル。でもね、ベル。お金の無駄遣いは良くないんだよ」
 アレルヤがベルベットを諭す。ベルベットは「うん!」と頷いた。
「でも、ひとつはかっちゃだめ……?」
「それだったらいい。じっくり選ぶんだな。もともとその為にこのブティックに寄ったのだからな。そうだろう? クリス」
 と、ティエリア。
「うん……うふふ……」
「な、何だ? クリスティナ・シエラ」
 突然のクリスの忍び笑いにティエリアが焦る。
「だってぇ……ティエリアったらすっかり人の親の顔してるんだもの。私にもリヒターがいるからわかるのよね。ま、リヒターは暴れん坊の男の子だけど」
「む……! 人の親の顔をして何が悪い!」
「べっつに~。ただ面白いなぁ、と思って。時の流れは人にいろいろなことさせるのね。そうよね? ベルちゃん」
「――うんっ!」
 ベルベットには細かいニュアンスはわからないながらも、きっといいことだと思って、喜んで頷いた。
(きっととうさまとかあさまもうれしいとおもうから)
 ベルベットは、自分をこの世界に送ってくれたもう一組のアレルヤとティエリアのことを頭に思い描いた。
(とうさま、かあさま、べるはいま、とってもしあわせなの)
 ベルベットが元居た世界には、クリスがいない。リヒティもいない。だから、勿論リヒターもいない。
「りひちゃま……」
「なんだよ、べるねえ」
「べる、りひちゃまとあえてよかったの」
「ぼくもべるねえにあえて……って、はなしはちゃんとさいごまできけよぉ……!」
 ベルベットはあはは、と笑った。スカートの裾がふわりと浮かぶ。
「やれやれ。リヒターはすっかりベルちゃんに振り回されてるわね」
「ベルベットの責任ではない。強いて言えば、ベルベットが魅力的過ぎるのが悪いのだ」
 クリスの独り言に、ティエリアが真顔で答える。
「――あらやだ。聞いてたの、ティエリア」
「勿論」
「ぱぱー、どーん!」
「りひてぃおにいちゃまー、どーん!」
「こら、お前ら、あんまり暴れるんじゃない。出禁になったらどうする」
 リヒティが慌てる。
「出禁って?」
「出入り禁止のことだよ、べるねえ」
 リヒターが説明してくれる。店員の女性がくすくす笑った。皆、リヒターやベルベットを微笑ましく思って見ていたのである。ベルベットには脳量子波でそれがわかる。客達も皆、笑っていた。
「あんな弟欲しいわね」
「息子でもいいんだけど」
 妙齢の女性達がリヒターを褒めるので、ベルベットは得意になった。だって、リヒターはベルベットの友達だから――。
 リヒターは暴れてもどこか憎めないところがあるのだ。ベルベットもそれは同じだ。
(りひちゃまは、べるのともだち)
 そして、ソラン・ディランディも――。
(あ、そういえばそらんちゃまどうしてるかな)
 今頃、彼の母親の刹那と一緒に父親のニールの相手をしてやっているのだろうか。でも、クリスと店員が服を熱心に勧めてくれるので、ベルベットはすぐにソランのことを忘れてしまった。
 ベルベットは、おしゃれに目が行くところが女の子である。
「あのね、ベルちゃん。ベルちゃんはボーイッシュな格好も似合うと思うのこれ着てみて?」
「うん。『しちゃくしつ』に行くんだよね」
「そうそう。もう試着室を覚えたのね。いい子ねぇ」
 クリスはベルベットの頭を撫でる。アレルヤが端末でその光景を撮って、データスティックに落としていた。
 黒のズボンにサスペンダー。灰色のベレー帽。ブラウスは白。
 アレルヤはティエリアに、
「見て見て、ティエリア。僕達の天使は可愛いだろう?」
 と、同意を求めていた。ティエリアはくすりと笑いながら、
「そうだな」
 と、素直に頷いた。
「あら、あたし達の天使だって負けてはいないわよね」
「クリス……」
「そうね。坊やは何というお名前なの?」
 屈み腰で店員の女性がリヒターに訊く。
「りひたー・つぇーりだよ」
「……リヒターくんにはどんな服が似合うかな……?」
「べるもえらぶのー。かあさまもえらんでくれる」
「ああ……とっておきの洋服を選んでやるからな」
 ティエリアは優しい目をしている。ベルベットの好きな目だ。ここにいるのは、自分を産んだティエリアではないけれど、やはり自分の『かあさま』だと、ベルベットは思った。
 だが、幸せに浸れば浸る程、忍び寄る恐怖――。
(べるねえ、どうしたの?)
 何か変事を感じ取ったらしい。リヒターがベルベットに訊いた。
(ん……このたのしいのがいつまでつづくのかとおもって……)
 ベルベットは、イノベイター狩りや、戦争のことを思い起こしていた。
(かんがえないのがいちばんだよ。べるねえ)
(うん。でも、せんそうはいやなの。へいわがいいの)
(だいじょうぶだよ。ほんろんおにいちゃまががんばっているんだから)
(うん……)
 リヒターはベルベットの頭から帽子を取って、ぽんぽんと優しく頭を叩いた。まるで、気にするな、と元気づけるように。こういうところは男の子である。
 けれど、ベルベットはリヒターに恋心を抱いたことはない。だが、リヒターもそれは同じようなので、おあいこだろう。
 ソランもリヒターも、ベルベットの友達なのだ。
「ら……らいるおにいちゃまはどうしているのかな……」
 ベルベットが話を変えようとした。
「アニューと一緒にいると思うけど……何だい? ベル。ライルが好きなのかい?」
 アレルヤがベルベットに訊く。
「うん。らいるおにいちゃまいいおとこなんだもん」
「ふぅん、僕はニールの方が好きだけどな」
 ティエリアも話題に混ざる。
「かあさま……そらんちゃまにそれいってあげたらよろこぶとおもうの」
「どうかな……僕が、個人的にニール・ディランディに世話になったからと言うのもあるんだが……」
「……それをニールにいつか言ってあげてやってくれよ。ニールはいいヤツだからね。ティエリアの気持ちもわかってくれると思うよ。――ま、僕はちょっと妬けるけどね」
「馬鹿なことを。――僕には君だけだ」
「かあさまととうさまはなかよしなの。はろもそういってるの」
 店員達は、ティエリアが男か女か、噂し合っていた。女にしては声が低い。だが、女と見紛う程の美少年だ。大きな窓から薄暗い店内に柔らかい白い光が差し込んでいた。
 ――花柄のワンピースを買ってもらったベルベットは、店員達に許可をもらい、そのワンピースを着せてもらった。ベルベットは上機嫌でアレルヤとベルベットに手を引いてもらった。

2021.11.19


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