ニールの明日

第三百三十九話

「あ、ソランちゃまおはよう~」
「ベル~」
 以前より少し育ったソランは、結構お喋りになっていた。友達や家族とお喋りするのは楽しい。ベルベットがにっこりと微笑んだ。
「ソランはいい子よ。昨日だって大人しくしてたものね」
 フェルト・グレイスがソランの顔を覗き込みながら言う。「ねぇ~」と、ソランが答える。
「この子、とても賢いのよ。それにお喋りがとても好きなのよね」
 フェルトはまるで我が事のように嬉しそうに言った。
「そうだな」
 ベルベットの隣に座っていたティエリアも、柔らかい表情になった。昔は仏頂面だったが、母親というものになって、少し性格が穏やかになったらしい。ベルベットの功績は大きい。
「ソランちゃま、フェルトおねえちゃま。こっちすわって」
「うん」
 ソランはベルベットの隣に座った。
「二人とも、仲良しなのね」
 フェルトが言った。
「ああ、似合いの二人だ」
「かあさま、そんなんじゃないってば!」
 ベルベットは反論する。
「そうだな。まだそんな話をする時期ではなかったな。それに、ベルベットに彼氏が出来たらアレルヤがとち狂いそうだ」
 アレルヤ――アレルヤ・ハプティズム。平行世界での彼が、ベルベットの本当の父親である。
「何の話してるんだい?」
「……あ、アレルヤ」
 フェルトは少し焦っているようだ。
「ベルベットに彼氏が出来たら君がとち狂いそうだ、と言う話をしていた」
「ティエリアってば……」
 フェルトはティエリアを止めようとしている。ティエリアの馬鹿正直さ加減にも困ったものである。
「今日はコース料理だよ。楽しんでくれると嬉しいな。ああ、そうそう。ソランにはこころもち柔らかい食べ物を用意したからね」
「ありがとう!」
「でも、ベルに彼氏が出来たら……いや、そんな災難は今しばらくは起こらないに決まっている。でも、ベルは可愛いからなぁ……」
 アレルヤは何かぶつぶつ言っている。
「――ベルにもし彼氏が出来たら、ベルに相応しい男でなきゃ許さない……もし、ベルを置いて浮気なんかしたら殺してやる……」

 ソラン達の斜向かいのテーブルでは、ニールと刹那が座って料理を待っていた。その隣には、リヒティとクリスとリヒターの親子がいる。彼らも楽しそうに談笑しているようだ。
 ――ニールが言った。
「コース料理なら、やっぱりわざわざ急がなくても良かったんだな。――おーい、ソラン、ベルと一緒で楽しそうだな」
 台詞の後半で、ニールはソランに向かって声を張り上げた。かなりの美声だ。それにニールは、女性だったら誰もが振り返るような、綺麗な茶色の髪と海色の瞳を持つ整った顔立ちの美男子でもある。トレミーのクルー達は慣れていたが。
 ニールは鍛えられているだけあって、体型も均整が取れている。これが、ソランの自慢の父親なのだった。
 因みにソランの黒髪は母親の刹那譲りのようだ。
「にーるおにいちゃま、そらんちゃまとってごめんね」
「いやいや、なになに。ソランとベルが仲良くなれば、こんなに嬉しいことはないよ」
「アレルヤより、ニールの方が理性的だな。勿論、ソランが男の子だと言うこともあるかもしれないが――」
 ティエリアがそう呟いていたのを、ソランは聞き逃さなかった。しかし、今は早く食事にありつきたい。
 温かい、いい匂いの食事が運ばれて来る。ソランは目を丸くした。
 アレルヤの料理はいつも美味しいけど、今日の料理は特に美味しそうだ。口にして、ソランは言った。
「あー、しあわせ!」
「そらんちゃまはいつでもしあわせじゃない」
「そうなんだけど、きょうはとくべつ!」
「旨いな、ニール……」
「そうだな、刹那」
「今日は誰かの誕生日ででもあるのか? やけに豪華な料理じゃないか。えーと……食い物の名前なんて、俺は知らないけどな」
「まんま~!」
「あら、ソランったら、刹那のところに行きたい?」
 フェルトの質問に、ソランは激しく、「ううん!」と首を横に振った。
 刹那は「ぐっ……」と呻いた。少し傷ついたらしい。
「まぁまぁ、刹那。ソランの自立を喜べよ」
 ニールはガンダムマイスターの中では最年長の部類に入るだけあって、かなり冷静だ。
「それはそうだが……」
「さぁ、食べよう。スープが冷めちまう」
「――そうだな!」
 ニールの言うことはいつだって正しい。刹那はそう思っているのだろう。ニールだって人間だ。ちょくちょくドジなどはするのだが。――刹那は納得したらしい。ソランはそんな二人を見て嬉しくて楽しくて笑った。
(ぱっぱ、まんま、良かった……)
 ソランは心の中で少しほっとしていた。ちょっとだけ、世話の焼ける親達だ、と思いながら――。
 皆の食事は、いつもより遅く終わった。――アレルヤが台所で皿を洗っている。
 ニールが、ソランを抱き上げてアレルヤを訪ねた。
「ニール!」
 びっくりしたアレルヤは水を止めた。
「よぉ、アレルヤ。ちょっと訊きたいことがあってな。刹那もそうだし、俺も気になったんだが――」
「何だい?」
「今日は誰かの誕生日ででもあったっけ? やけに豪勢な飯だったじゃねぇか」
「いや、特別な日とかそういう訳でもないんだけど……何でもない日を祝うって楽しいじゃないか」
「『不思議の国のアリス』かよ」
 ニールは口をへの字に曲げたが、ソランは喜んだ。
 ソランにとっては、毎日が祝祭の日である。ニールと刹那と一緒にいられるのも幸せだった。
(こんな日がもっと続けばいい――)
 ソランはこっそりそう思っていた。ニールとソランは台所を後にした。

「ニール、ソラン、待ってたぞ」
 二人に気づいた刹那がそう言った。刹那は黒髪の巻き毛が似合う美青年である。みめかたちが麗しかったおかげで、だいぶ酷い目にも遭って来たが――今のソランには、はっきり言って関係のないことだった。
 何故なら、ニールも刹那も現在幸せそうだから――。
「何かあんのか? 刹那。ま、何もなくとも、俺達を待っていてくれたんなら嬉しいんだけどな」
 上機嫌でニールが言う。
「用ならある。――ソラン。シャールと話をしたくないか?」
「シャール?」
 ニールが首を傾げる。
「それって、お嬢様とグレンの息子か?」
「――そうだ」
 ニールの質問に、刹那が答える。
「ちゃんと覚えてたか。お前のことだからすっかり忘れてたのかと思ってたぞ」
 刹那は冗談のつもりで言ったらしい。だが、ニールは真顔で、「いや、さっきまで忘れていた」と、返事をした。やはりニールの記憶力も完璧ではないらしい。王留美がCBを去って既に久しい。
「去る者は日日に疎し――か」
 呆れたように刹那が呟いた。刹那にも思うところがあったらしい。
「おっ、刹那、新しい諺を覚えたな」
「茶化すな。それで、ソラン。どうだ? モニター越しででもいいなら、シャールに会いたいか?」
「あいたい!」
 ソランは刹那の誘いに張り切って乗った。
「俺もシャールに会うのは久しぶりだからな……実は、脳量子波でシャールの方から、『ソランに会いたい』と言うメッセージが届いたんだ」
「変だな。それだったら別にコンピュータとかモニターとか使わなくてもいいじゃねぇか。ソランもシャールも脳量子波を使えるんだったらさ」
「顔を見て話したいらしい。――コンピューターもモニターも文明の利器だぞ」
「……まぁな。じゃあ、行くか、ソラン」
「いく!」
 ――そう言って、ソランは刹那に向かって力強く頷いた。

2022.03.25


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