ニールの明日

第三百六話

「みうく、みうく」
 と、ソランが紅葉のような手を出して催促する。
「そらんちゃまもみるくのにおいがするの~」
 ベルベットはそう言ってソランに構おうとする。ティエリアはキッチンに引っ込む。――刹那が眉を寄せた。
「大丈夫か? ティエリアに任せて」
「なぁに。ティエリアだって牛乳をカップに注ぐことぐらいは出来るだろ」
 ニールが笑いながら答える。散々な評価だな――と、アレルヤが少し不満そうに言う。誰だって自分のパートナーが揶揄われるのを聞くのは嬉しくない。アレルヤ・ハプティズムだって例外ではないのだ。
 ティエリアが戻って来た。
「持って来たぞ。ソラン。カップで飲めるか?」
「うー、うー」
「……のめるって」
 ベルベットが通訳をしてあげている。ソランがカップを手に取る。器用に、そして美味しそうにゆっくり飲む。
「よく味わってんな。ソランのヤツ。――ミルクが好きなところも刹那にそっくりだ」
「ふん……」
 刹那は鼻を鳴らしたが、満更でもないらしい。
「俺達にはソランがいるんだ。――頑張って育てような。刹那」
 ニールがご満悦で刹那を抱き寄せる。刹那はせめてもの反抗か、ニールから顔を背ける。そんな二人を見た後、ベルベットは視線をソランに戻す。
(そらんちゃまはどこからきたんだろう……べるのゆめのなかから? じゃあ、べるのゆめのなかにあらわれるまえはどこからきたんだろう。おしえてくれるかな。そらんちゃま……)
 自分が、こことは他の世界からやって来たのはベルベットにはわかっている。では、ソランは?
「ソラン・ディランディか――いやぁ、いい名前だ」
 ニールはすっかり相好を崩している。
「いや、ソラン・セイエイかもしれんぞ」
 刹那は反駁する。ニールが幸せそうな声で言う。
「まぁ、どっちだっていいさ――ソランは俺達の子供なんだから」
「そうだな……」
 ニールの言葉に刹那も納得したらしかった。
「べるがそらんちゃまつれてきたのー」
「うー、うー」
「どれどれ……? おー、ミルク全部飲んだか。偉いぞ。ソラン」
「みうく、みうく……」
「え? まだ飲みたいのか? 飲み過ぎじゃね?」
「みうく、みうくー」
「お腹壊すぞ。もうやめた方がいい」
 すっかりおかんむりのようなソランは、「ぶー」と言ってニール達に背を向けた。ベルベットも少し困ってしまった。けれど、何とかしなくてはいけない。ベルベットはソランの意識にコンタクトを取ってみた。
(そらんちゃま。にーるおにいちゃまとせつなおにいちゃまはそらんちゃまのことがしんぱいなの。たいせつなふたりのあかちゃんだから)
「う……?」
 ソランがベルベットの方を向いた。
「そうなの。にーるおにいちゃまとせつなおにいちゃまは、そらんちゃまをとてもだいじにおもっているそらんちゃまのとうさまとかあさまなの)
「うきゃーっ!」
 ソランが歓声らしい声をあげる。ティエリアが呟いた。
「やはり、子供の相手は子供が一番だな……いや、ベルベットも少しは大人になったか。――この、ソランとかいう子のおかげだな」
「そうだね。ティエリア」
 アレルヤも同意を示す。ニールが刹那に語りかける。
「刹那。お前もミルク飲むか?」
「え? いや、俺は――さっきお茶を飲んだばかり……」
「――別のミルクだよ」
 ニールは囁くように言った。ベルベットもそれを耳にした。ベルベットが首を傾げる。
「別のミルクってなぁに?」
「子供達の前で邪悪な話題をするな! この馬鹿!」
 刹那がニールにつっかかる。刹那の拳をニールは楽々と受け止める。
「いいじゃねぇか。ソランにも兄弟が欲しいだろ?」
「だから、そう言う話題をするなと」
「全く――痴話喧嘩ならよそでやってくれ。あまりソランに悪影響が出ないようにな。……まぁ、僕達も人のことは言えないかもしれんが……」
 ティエリアの台詞、最後の方は独白っぽくなっている。
「お、ティエリアも自分達がバカップルってこと、自覚あんだな」
 ティエリアの言葉を耳にしたらしいニールが茶々を入れる。
「うるさい」
 ティエリアが冷ややかな声を出す。
(かあさま――?)
 怖い声だったので、ベルベットはついティエリアの方を見る。ティエリアはベルベットの視線に気が付いた。
「ベルベット。君は将来あんな風になってはいかん」
「はあい……なの……」
 訳もわからずにベルベットが答えた。
「まぁまぁ、いいじゃないか。ティエリア。良かったね。ニール、刹那。――ソランと言う可愛らしい子供がいて。……実は、心配だったんだ。僕達にはベルベットがいるけど、ニールと刹那には誰がいるかなって」
 アレルヤが言う。ニールが笑いを含んだ声を出す。
「半人半猫ではあるがな。でも、俺は猫好きだから気にしないぜ」
 ニールの言葉に、ソランも嬉しそうに、「ぱっぱ~」と答える。
「はいはい。ぱっぱはここにいるぜ」
 そう言って、ニールはソランを抱き上げる。――ベルベットもつい嬉しくなった。
「けれどな、ニール……ソランは元の世界に帰した方がいいんじゃないか? ベルベットの場合は、本当の両親から託されたケースだが……」
「何だよ、刹那――かてぇこと言うなよ。せっかく俺達の子供になったんだ。例えほんの少しの間でも。せっかくだからたっぷり遊んであげようぜ。……んー、愛してるぜ、ソラン」
 ニールがソランにキスをした。
 ぽむん☆
「にゃあ……」
 ソランは白猫になった。
「ソランが人間になった時には――服が必要だな」
「まって。りひちゃまがあかちゃんのときのふくがないかどうかきいてみる」
 ベルベットが、今度はリヒター・ツェーリの意識にコンタクトを取った。
「くりすおねえちゃまがとってあるかもしれないって。りひちゃまがくりすおねえちゃまといっしょにもってくるって」
「そうか。――いい子だ。ベル。リヒターくんとも仲良くて偉いね。流石は別世界の人間とは言え、僕とティエリアの娘だ。優しくて賢くて――。賢さはティエリアに似たのかな」
「優しさは君に似たな。アレルヤ・ハプティズム」
 アレルヤとティエリアが愛情たっぷりの台詞をかわす。
「おー、おー、親馬鹿炸裂だねぇ」
 ニールが揶揄する。
「ニール……お前に人のことが言えるのか?」
 刹那がツッコむ。ニールは違いない、と言ってくくく……と笑った。
「そらんちゃま……」
 ソランはにゃあと鳴いて、ニールの膝に乗っかった。早速懐いたみたいだ。
「おお、いい子だ、いい子だ。ソランはいい子だ」
 ニールは目を細めて、ソランを撫でた。
「俺も……ソランの頭を撫でていいだろうか」
 刹那が手を差し伸べようとする。ニールが言った。
「勿論だ。何てったって、ソランは俺と刹那の子供じゃねぇか。ベルの保証付きだぜ。それに刹那――お前はさっきもソランのこと撫でてただろ? 俺に遠慮しなくたっていいんだぜ」
「ありがとう」
 えへへ……と、ベルベットが照れ笑いをする。
「べるもねこさんすきなの。そらんちゃまかわいいの」
「ああ……猫になった刹那にも会いたいぜ。なぁ、ソラン。ソランはどこの世界から来たんだ? ――って、わかる訳ねぇか」
「べるにもわからないの。――ごめんね。にーるおにいちゃま」
「まぁ、ソランの出身地はゆっくり探すさ。クリス達はまだかな」
 ニール達が待っていると、クリスティナ・シエラとその息子リヒターがやって来た。リヒターの昔の服らしきものがバスケットの中にきちんと畳まれて入っている。

2020.06.25

→次へ

目次/HOME