ニールの明日

第三百二十九話

 そこで、ニールは目を覚ました。
 そう、刹那の夢を見ていた。その刹那は隣で横になっている。
「刹那……?」
 ニールは刹那に呼びかけた。刹那は起きているようだ。部屋のスイッチは切っているらしい。刹那の白目が青みがかって見える。いつもの紅茶色の瞳も青に染まっていた。刹那が言った。
「起きたか? ニール」
 刹那もトレミーの制服を着ていた。空調が完璧なので、暑くはないのだろう。刹那からはいつもの果実めいた香りがする。
「よぉ、刹那……これって誘ってんのか?」
「馬鹿なことを言うな。しかし……お前の傍はよく眠れる」
「俺は睡眠導入剤代わりか。でもなぁ、刹那。そんな傍にいられると、俺はお前を食っちまうぞ」
「お前になら、食われても構わない」
「――あはは。相変わらず直球だな。お前」
 ニールは笑った。でも、そんな刹那だからこそ、ニールは好きになったのだ。
「……ELSと話す夢を見た」
 その他にも、夢の断片がいっぱい――。
「…………」
 刹那は黙っていた。ELSのことを話題にしたら、ニールが怒るとでも思っているのだろうか。細かい心配りが出来る青年になったのだ。刹那・F・セイエイは。
「ELSの話したって、怒らねぇよ」
「いや……別にそんなことを考えていた訳ではないが……」
「そっか。ではま、考えるのはやめにしよう。こんなところに美青年が二人。後の展開はわかってるよな」
「俺が美青年かどうかわからないが、お前は綺麗だ。ニール……」
「……刹那だって綺麗だぜ……」
 ニールは、我ながら掠れた声を出す、と思った。
「俺は沢山の男と寝て来た。閨房で敵の命を奪ったこともある。それに……随分沢山の人を殺した」
「俺だって似たようなもんさ。色仕掛けで敵さんの命を絶ったこともあるぜ」
「その、ニールと寝た男どもや女に、俺は嫉妬する。ガンダムになれば、そんな煩悩を感じることもあるまい」
「へぇ……それじゃ、俺は煩悩まみれだがね。俺だって、お前と寝たヤツに嫉妬するよ。でも、それは過去のことなんだ。俺たちは、これからのことを考えて行こうじゃないか」
「ニール……」
「刹那……」
 二人は唇を合わせた。どちらからともなく、舌を差し込んだ。二人は深いキスをした。

「何だい? 用事って」
 アレルヤが言う。
「アレルヤ……きっと碌なことではないぞ」
 ティエリアがくさした。ニールは顔を洗ったり髭を剃ったり――とにかく、身だしなみをきちんとした後、アレルヤとティエリアを呼んだのだ。
「まぁ、ティエリアが失礼なのは今に始まったことではないが、中らずと雖も遠からずだな。……ELSもまたリボンズに逃げられたらしい」
「ああ、そのことなら知ってるよ」
「僕も知ってるぞ。ELSが知らせてくれた」
 アレルヤとティエリアが言った。
「あっそ。――でも、俺達もELSに協力したい。刹那と同じように、俺もリボンズを救いたくなった」
「ニール……」
 刹那が嬉しそうに口角を上げた。
「あんなヤツ救ってどうする」
「どうもしねぇさ。ただ、日常の幸せってヤツを教えてやりたいだけ」
「せこい救いだな」
「ティエリア……そんなこと言うもんじゃないよ。僕達だって、ベルベットに救われているじゃないか。リボンズは孤独なんだよ」
「孤独と言う病――か」
 ティエリアが呟いた。どこかで読んだ本に出てきた文章なのだろうか。
「そうだな。……アレルヤやニールや刹那、そしてベルベットに会うまで、僕は孤独だった。孤独だったから、自分はヴェーダの申し子なんだ、孤高の存在なんだって思い込もうとした」
「孤高の存在はいいけどよ。今は俺達の仲間だろ? ティエリアは」
「ありがとう。ニール・ディランディ」
 ――素直なところは刹那に似ているな、とニールは思った。少し高慢ちきなところもあるが、それはずっと、自分は特別な存在なのだ、と思い込んでいたのだから仕様がない。それに、ティエリアも本当は優しい。
 ベルベットに対する態度を見ればわかる。ティエリアはベルベットを愛している。
 そのベルベットは、今はクリスティナ・シエラの元に預けて来たと言うが――。
 ベルベットは、リヒティとクリスの息子リヒターと、ニールと刹那の息子ソランと一緒に遊んでいるのだろう。ベルベットが一番年上なのだから、リーダーシップを取っているのはあの娘だ。
 いや、あの中でリーダーシップを取れるのは、年のおかげだけでもない。ベルベットには生まれついてのカリスマがある。ティエリアに似たのだろう。ベルベットは聡明な女の子だ。
「リボンズは……今は敵対しているが、そのうちきっとわかり合えるはずだ」
 刹那が真剣な顔で言った。
「……少し話の腰を折っていいだろうか。……ヒリングとシャーロットが仲良くなったようだ。ELSが言っていた」
 ティエリアが教えてくれた。ニールは不満に思って呟いた。
「ELSのヤツ、俺にはそんなこと一言も……」
「ELSは地球外生命の集合体だからな。恐らくいくつもの人格があるんだろう」
 ニールの言葉を聞き取ったのだろう。ティエリアの言葉に、刹那は頷いた。
「でも、ヒリングとシャーロットか……シャーロットはともかく、ヒリングがなぁ……ああ見えて情が深いのかな」
 しかし、意外な組み合わせだとニールは思った。
「愛する者が出来れば、誰でも情が深くなるさ」
 と、アレルヤ。
「そうだな――」
 と、ティエリアはアレルヤと見つめ合った。こんなところで二人の世界を作られても困るんだけどな……そう思いながら、ニールは苦笑いをした。そんなことは自分達の寝室でやったらいい。そこになら、ベッドもあるし、ふんだんにいちゃいちゃ出来るだろう。
(問題は、リボンズには愛する者がいないと言うことだな――)
 ニールは、リボンズが少し気の毒になった。人間が、コンプレックスを持ちながらも生きていかれるのは、愛というもののあるおかげだ、とニールは信じている。
 愛と言うパワーは宇宙に散らばって、人間のようなひ弱な存在ですら、神を超えることも出来るだろう。宇宙を征服することも出来るだろう。
 全ては、愛なのだ。
 ――と言うとグラハムのようで、ニールは少しぞわぞわするのだが、この点に関してはグラハムの肩を持ちたかった。
 神は愛なり。聖書にもそう謳われていた。ライルは鼻で笑っていたが、二ールは心に留めておいた。
(愛以上の存在を俺は知らない)
 全ては愛によって生かされているのだ。万能の神に見えるELSすらも。
(私達はね、愛がなければただの鉄屑ですよ。何か、私達より上の存在によって意識を与えられたのです)
 いつか、ELSが話してくれた。愛と言う接着剤によって、自分達は集合体として生きていられるのだ、とも――。
(ELSも、俺達と同じだ――)
 そう思うと、ELSに妬いていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。
 ELSにも、愛は必要なのだ。例え、金属の塊だとしても――。
「けどよ、愛するって難しいよな……」
 ニールは溜息交じりに思ったことを口に出す。
「俺もそう思う。けれど、ニールは愛すること、出来てるじゃないか」
「そりゃよぉ……夜に刹那を愛することは出来るけどなぁ……」
「――前言撤回」
「何でだよ! あんなにいっぱい愛してやったじゃねぇか!」
「ニール、刹那……夫婦漫才はやめてくれないか。少なくとも僕の前ではな……」
 ティエリアが厳しいことを言う。些か性格が丸くなったとは言え、毒舌なのは変わっていないらしい。
「ティエリアは下ネタは嫌いだもんね」
 アレルヤは穏やかに喋る。けれど、彼の第二人格のハレルヤはだいぶ過激なのだ。ハレルヤも彼なりにアレルヤを愛しているらしいのだが。
 ハレルヤもアレルヤもキリスト教に関する言葉だ。意味は――ニールにはわからないのだが。
 アレルヤ。その名前は、先だってセルゲイ・スミルノフと結婚したソーマ・ピーリス――いや、マリー・パーファシーが超兵時代つけてくれた名であることをアレルヤ本人が教えてくれた。うろ覚えなところもあるけれど――。
 アレルヤは、マリーへの愛で自分を支えたに違いない。
 ニールも、双子の弟ライルがいて良かったと思った。彼がいなかったら、もっと自堕落な人生を送っていたに違いない。
 尤も、それについては、ライルには忸怩たる想いがあるようだけど――。
 ライルがニールに対して引け目を感じているのはわかる。同じ双子なのに、ライルはニールに養ってもらっていたのだ。それはニールには生き甲斐でもあったのだが、ライルは随分悔しい思いもあったのかもしれない。
(いつか恩返しするぜ、兄さん)
 ライルはそう言っていたが、ニールにとっては、ライルが元気で生きていてくれるだけで嬉しいのだ。しかも、神様は自分とライルが一緒になって戦うと言うプレゼントまで用意してくれたのだ。
 ――刹那の方が好きになってしまったのは、これはもう仕方がない。ライルにだってアニュー・リターナーと言う恋人がいる。アニューと一緒にいる時のライルはとても幸せそうである。ライルに天国を味わわせること。それは、ニールには果たせない役目なのだ。

2021.08.24


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