ニールの明日

第三百二十一話

 敵方の宇宙空母をやっつけたガンダムマイスター達――。
「終わったか?」
「ああ……終わった……」
 被害は最小限に食いとどめている。敵は降参した。これで、少しの間は休暇を満喫出来そうだ。
「はあ……」
 ニールはコックピットの座席にもたれる。取り敢えずは、終わった。でも、またすぐに同様のことが起こるであろう。人間は、繰り返し戦いを行う生き物だからだ。
(戦争をなくすなんて――理想論じゃねぇか?)
 少なくとも、二千年以上昔から、人類は戦い続けてきた。動物も例外ではない。
 ただ、動物は必要に迫られて戦いを行うが、人類は偏見や思想的な違いから戦争に発展することも少なくはない。――だが、今のニールには、それはどうでも良かった。
(刹那――)

 同じ頃。ある南国の村――。
「ひっひっ、ふー。ひっひっ、ふー……」
 王留美は見よう見まねで覚えたラマーズ法で出産をしようとしていた。
(私とグレンの赤ちゃん……私は頑張りますからね。あなたも頑張るんですよ……)
 留美は一気にいきんだ。
「うっ!」
 留美が呻くと、お腹からすぽん、と重い荷物が取り除かれたような気がした。やがて、赤ん坊の産声。産婆さんが嬉しそうに言った。
「元気な男の子ですよ!」
「あ、あら、そう……」
 留美は微笑んだ。女性として母として、一番きつい重労働を耐え抜いたのだ。
「留美!」
 グレンがテントに入って来た。
「でかしたぞ! 留美!」
 それが、あまりにも立体テレビで見た父親の反応と似ていたので、留美はくすっと笑った。
「な……何だ……?」
「いいえ。何でも……」
 留美はびっしょり汗をかいていた。留美は母親となったのだ。そして、グレンは父に。グレンは、「まぁ、笑う元気があって良かったさ」と言った。そして、グレンは自分の浅黒い額を留美の白い額にくっつけた。
「安産でしたよ」
 と、産婆さん。
「そうだな。よくやった」
「グレンたら、またそれ言うのね」
 留美は再びくすくす笑う。
「外でダシルが待ってる。――男の子だな。……おお、立派なシンボルだ」
「グレン様に似たのね」
 産婆の言葉に、留美は、自分の頬が熱くなるのがわかった。健康的なものであっても、留美は下ネタはどうも苦手だ。
「留美。長老にも報告に行ってくる」
「宜しくお願いしますわね」
「ああ」
 グレンはテントから出て行った。産後の処置が終わると、留美は眠くなってしまった。
(ベルベットちゃん、ソラン、リヒター……この子のいい友達になってあげてね……)
 留美は赤ん坊に乳を吸わせる。赤ん坊は美味しそうに乳を飲んでいた。
「いい子に育ってね……」
 留美は赤ん坊の頭を優しく撫でた。赤ん坊は満足したらしい。留美は、暖かい気持ちで我が子を見つめていた。やがて、留美は横になると、そのまま眠ってしまった。

「留美様、留美様」
 少年の可愛らしい声。――ダシルだった。
「あ、ダシル……?」
「ご出産おめでとうございます」
「ありがとう、ダシル」
「それで、ええと……グレン様。お子さんはお腹が空いたようですが……」
 元気な泣き声が響いてくる。
「あ、赤ちゃんはミルクが欲しいのね。授乳したいんだけど、そのう……」
「俺達、出てますよ」
「お願いね」
 つるりとした肌の綺麗な赤ちゃん。ミルクの匂いのする赤ちゃん――これからが大変ですよ、と産婆さんは独り言つ。けれど、こうして自然分娩が出来て良かった。それは、留美は我が子の為なら何でもするつもりでいたが。
 留美は、産婆さんから赤ん坊のことをいろいろ教わった。
(ああ……可愛い赤ちゃん……グレンと私の赤ちゃん……)
 赤ん坊は、グレンの肌の色より少し白かった。けれど、とても美しい赤ちゃんだった。
「この授乳が終わったら、名前を決めないといけませんわね」
「いい名前をつけてくださいね」と、ニコニコしながら産婆さんが言った。
「私、もう考えてあるの。この子はシャールよ」
「シャール……」
 産婆さんは途端に口をへの字に曲げた。
「それはいい名前ですが、長老の意見も聞かないと――」
「そうね……」
 留美は空返事をした。
 留美がテントから出てくると、グレンとダシルが駆け寄ってきた。出入り口近くで待っていてくれたらしい。留美はグレンとダシルと共にテントに向かった。
「おお! 今までよく見ていなかったけれど、この子はすごく顔立ちがいい! それにどうだい、この聡明そうな表情は! 可愛らしい、それに丸々と太っていて――」
「グレン様、グレン様は子供を食べる狼じゃないでしょう」
 ダシルが呆れたように突っ込んだ。
「でも、この子は食べてしまいたい程可愛いからなぁ……。まぁ、何でもいいじゃないか。ほら、俺と留美の息子だ。頭が良くて顔も良くて――将来が楽しみだ」
「性格はどうでしょうかねぇ……」
 ダシルがニヤニヤ笑っている。
「む。何が言いたい。ダシル」
「いいえ。別に……」
「ダシル、私は貴方にシャールの教育係をお願いしたいの」
「それは光栄ですが、でも、どうして?」
「だって、私とグレンとでは、つい甘やかしてしまいますもの。きっとね」
「ははぁ……それはあるかもしれませんね」
「今だって、ダシルはグレンの教育係的なところもおありになられますし――」
 留美の言葉にダシルがあっはっはと大声で笑い、グレンが少しムッとした。
「俺は単なるグレン様のお付きですが、グレン様の子供の教育係となるとねぇ……いえ、嬉しくはあるのですが。俺だったらいつもグレン様と一緒にいますし」
「おい、留美。今、この子のことをシャールと呼ばなかったか?」
 ダシルを無視しグレンが訊いた。
「ええ。呼びましたよ。私はこの子が腹にいた時から、シャールと呼んでましたもの。頭の中で。貴方がいる時は……そうそう、グレンはおかしかったわね。いろんな名前で呼んでらしてましたし」
「――その子の名はシャールにするつもりか?」
「ええ。そうよ」
「まぁ、待て。長老にも訊いて来なくては……」
「――レダと同じことを言うのね」
「ここでは長老が最高責任者だからな」
「では、長老のところまで行きましょう。赤ちゃんは寝かせておいてあげてくださいね。きっと、やっとこの世に生み出されて疲れていると思うから。それから、これからはもっと疲れることが待っていると思うから」――留美はにっこり笑った。
「……了解」

「さてと。グレン。流石に長老のところへ行くのに迷子にはなりませんわよね」
「何を言う、留美。何万回も通った道だ。ここから東の方に長老の天幕が……」
「夕陽が沈む方に向かってどうするおつもり?」
「う……」
「大変ですねぇ、留美様も。俺は慣れてるからいいですが……この方向音痴だけは赤ん坊に似ないで欲しいですね」
 ダシルが苦笑しながら言った。雄大な夕陽が沈もうとしている。この世は美しく、また、発見がいっぱいだ。シャールの世界が、平和で汚れなきものになるように、留美は祈った。――留美は、自分の出産を唯一の血縁である紅龍に早く報告したいと思った。

2021.05.06


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