ニールの明日

第三百二十話

 リボンズ・アルマークがいなくなっても、この世から争いがなくなることはなかった――。
 いや、それどころか、ますます激化した。
 砂漠地方では小国同士の小競り合いが起こっていた。無論、マイスター達も心を痛めていた。
 だが、心痛だからと言って、何もしない訳にはいかない。彼らは戦わねばならなかった。――途中でその戦いから降りた王留美の為にも。
 王紅龍は、戦士達に戦いの心得を朗々と語った。
「――逃亡した敵兵は追うな。敵であろうと、救える命は救え。何なら、MSからの逃亡に手を貸してやってもいい。無駄な殺生はするな。以上。これはこの王紅龍、ならびに元CB当主、王留美の意志であると思え。行け!」
 ニールは、ダブルオーガンダムに刹那と走り寄りながら、
(紅龍も大変だな――)
 と、考えていた。ニール達が行く先は、民族紛争で荒れ果てている小さな国だった。一見、何の役にも立たない戦闘のように見えるが、紅龍にとってはここが最重要地域と見ているらしい。
 ――世界一、紛争が激化している国だ。そして……。
 ニールは苦い唾を飲んだ。
(あそこは、俺達の故郷だ――)
 ニールの双子の弟、ライル・ディランディも同じことを考えているに違いない。けれど、家族と仲の良かったニールと、家族から少し離れて冷めた目で見つめていたライルとは、自ずと心の距離感が違って来る。
「兄さん……」
「――ん」
「俺は大丈夫だけど、兄さんは?」
「大丈夫じゃないね。嫌な仕事だ」
 ニールはライルをあっさりいなした。
「でも、兄さんは強いから……」
「強いけど、オーライザーのように鋼鉄で出来てはいねぇぜ」
 ジョークのつもりだった。刹那が聞いたら起こるであろう。それに、ガンダムにだって意志はある。――それはニールもよく知っていた。好いた女もいるみたいだし。
 絹江・クロスロード。沙慈の姉である。沙慈の話を聞いていると、どうも、ガンダムエクシアは絹江に恋心があるようにしか思えない。絹江が、エクシアに惚れたように。
(――ったく、機械の癖によぉ! やるじゃねぇか!)
 ニールが刹那の後に続いてダブルオーに乗ろうとした時だった。
「ニールの兄貴!」
 快活な叫び声がした。だが、ニールはその声を聞いただけでうんざりしてしまった。
(またか――)
「どうしたんスか? 兄貴」
 まだ若い、赤毛の明るい男――パトリック・コーラサワー。通称、不死身のコーラサワー。
 この男は死なない。そういう噂でもちきりである。エクシアが現れた時、イナクトでエクシアと戦った男である。因みにコーラサワーは軽い怪我で済んだ。模擬戦でもトップの成績だったらしい。
 ニールは、この男を甘く見ていた。
 だが、コーラサワーの運命は彼に味方している。今まで生きて来れたのが証拠だ。
「これで手柄を立てたら、大佐は喜んでくれるっスかねぇ」
 大佐とは、カティ・マネキン大佐と言う、女性である。勿論、能力は男性にひけは取らないが。
 リボンズ・アルマークが行方不明になった後、アロウズはCBと手を組んだ。
 コーラサワーは、ニールを何故か「兄貴」と呼んで慕っている。
「何故だ」
「は?」
「――お前は何故、俺のことを兄貴と呼ぶ?」
 第一、実の弟にも心配かけっぱなしのニールである。コーラサワー程の運の強い青年に兄貴と慕われるのは悪い気はしない。だが――。
(これが刹那だったらなぁ……)
 もしかして、コーラサワーと己は似たもの同士なのではあるまいか。そんなことまでつい考えてしまう。
「あー、それはですねー。俺は不死身だけど、ニールの兄貴は一旦死んだじゃないスか。それに何度も死にかけたって聞くし――死の淵からよみがえって来たなんて、いくら俺が不死身でも敵わないっスよ~」
「待て。……俺は死んでたのか?」
 あの時、やっぱり、死んでたのか……?
「あれー? 噂になってんの知らないんですか~? 俺なんかそれで兄貴のこと尊敬しているのに……」
 ――大方、噂の出所はELSだろう。今まで実験台にされなくて良かったと、ニールは己の僥倖に感謝した。コーラサワーから幸運も頂いているのかもしれない。
(ま、こいつも今は仲間だ。大切にしてやろう)
 ニールは並んで格納庫に向かっているコーラサワーの頭を撫でた。ニールに取ってみれば、一応、親愛のしるしである。コーラサワーもそう受け取ったらしい。
「いやぁ、帰ってくれば大佐は待ってるし、ニールの兄貴には祝福されたし、これで戦闘で勝てないなんて嘘ですよね」
「マネキン大佐は簡単には靡かんぞ」
「いやぁ、わかってますって。ニール」
 コーラサワーはへらりと笑った。明るくて、単純で……でも、こういうキャラが意外と一番幸せになれてしまうものなのだ。ニールも刹那と一緒にいて幸せであるが、コーラサワーはとにかく軽い。
(ま、コーラサワーがマネキン大佐と仲良くなれば、文句はねぇよな)
 ニールもなんだかんだ言ってコーラサワーのことを『愛い奴』と思っているのである。それに、コーラサワーは人気者だ。本当に不死身の男として尊敬している少年兵も多い。その少年兵とコーラサワーが、ニールの中でオーバー・ラップした。
 疲れている時はうるさい、と思うこともあるけれど――。
(何か、ほっとけねぇんだよな)
 ――カティ・マネキン大佐も同じような意見であるようだ。けれど、案外アロウズはこの男で持っている気もする。コーラサワーは希望の象徴だ――マネキン大佐が言った言葉である。コーラサワーは残念ながらその場にはいなかったが。
「何をしている。ニール」
 戻って来た刹那が真顔で訊いた。コーラサワーとじゃれ合っている場合ではなかったのだ。けれど、コーラサワーは、ニールの心を軽くしてくれた。
 死ぬのは怖くない。あの世ではアリーとニキータ父娘――そして夫婦である二人と彼らの息子が待っている。彼らのことだから、もう既に次の子が出来ているかもしれない。
 自分達双子の父や母、エイミーだってそこにいるだろう。
 だから、何にも心配はいらない。
「何だ。刹那、妬いてんのか?」
「――誰が」
「あ、俺は大佐一筋ですからね」
「わぁってるよ。お前の恋が実ること、応援しているぜ」
 ニールはそう言ってウィンクをした。
「刹那……ニール兄貴は、いい男っスね」
「知ってる」
 それだけ言って刹那はダブルオーライザーに向かう。
「あれ? 何か変なこと言ったかな」
「気にしなくてもいいぜ。パトリック。刹那はいつもああだ」
「そっスね。――死なないでくださいよ。ニール兄貴」
「お前もな。パトリック」
「俺を誰だと思っているんですか。俺は不死身のコーラサワー。スペシャル級のパイロットですよ」
「取り敢えず、お前は俺達の班だ」
 ニールは無視して話を進める。
「敵を後方から攻撃だ。わかったな」
「了解っス」
 さしものコーラサワーも、おどけている場合でないことに気づいたらしく、ニールに向かって敬礼する。コーラサワーは後方から攻撃なんて――とか言う文句を言わなくなった。マネキン大佐の説得もあったのかもしれない。
「大佐、生きて帰って来ますからね」
「――俺は大佐じゃない」
「不死身のコーラサワーと死の淵から還って来た男。俺達が揃えば無敵っスよね!」
「そうだな」
 ニールは生返事をした。刹那の兄貴にだったらなりたいニールだったが。
「兄さん、何してんだよ。早くしろ。また刹那にどやされるだろうが」
「悪い悪い」
 刹那に続いて呼びに来たライルがニールに注意をした。
(それじゃ、ご武運を。――グッドラック)
 ニールはオーライザーに乗り込んだ。
「あー、あっつい。それに埃っぽいぜ。相棒のハロもいねぇしよぉ……」
『愚痴るな。我慢しろ』
 そう言ったのは、モニターに映った刹那だった。
「少しは労ってくれたっていいじゃねぇか」
『そう言うのは無事帰って来てからだ』
『兄さん。二時方向に敵影!』
「ライル。お前は今は何もするな。コーラサワーが良いようにしてくれる。しかし、ああ、あれだ。お前のところにも敵のMSが来たら――」
『狙い撃つぜ』
 ライルは、ニールの口癖を真似した。ライルはしょっちゅうニールのこの口癖の真似をする。ライルはライルなりにニールのことを尊敬しているのだろう。ニールにとってもライルは分身で、可愛い弟だった。

2021.04.24


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