ニールの明日

第三百八話

 アレルヤとティエリアが帰って行き、クリスティナ・シエラはソラン達の面倒を見ると言って部屋に連れて行った。
 ――今、ニールと刹那は二人きり。
「刹那……」
 ニールは刹那にキスしようとした。刹那は顔を背けた。
「何だよ。――酒の臭いがまだ抜けてないって言うのか……?」
「それもあるけど……今はソランがいるから……」
「ソランに気兼ねしてるのか? なら心配はいらねぇよ。アレルヤとティエリアを見ろよ。ベルがいると言うのに、ラブラブじゃねぇか。公然といちゃついてるじゃねぇか」
「む……それもそうだが……」
「怖くなったか。母親になるのが」
「――ニール。お前は俺の過去を知っているだろう? 俺は……沢山の人を殺して来た。
「俺だってそうだよ。でも、だからって、幸せになっちゃいけない法はねぇだろう? 俺達が幸せになることが、殺した人間達への慰霊だって」
「…………」
(……刹那。俺は待ってる。お前が、過去のことへのこだわりをなくすことを――それまでは……)
 だが、刹那からのキスが、ニールの物思いを覚ました。
「刹那……?」
「幸せにしてくれ。ニール――俺が殺した数々の人間の魂の為に」
「ラジャー」
 そして、二人を官能の波が押し包んだ。

「……しかし……結局これで、いいんだろうか……」
 ピロートークの時間、刹那が呟いたのはそんなこと。
「いいんだよ」
 ニールが刹那を抱き寄せる。
「刹那、お前は考え過ぎだ。――少し寝ろ」
「ん……」
 刹那はすうっと寝てしまった。ニールはふうっと大きく溜息を吐く。ニールの双子の弟、ライル・ディランディなら、ここで一服しただろう。喫煙の習慣はニールにはなかった。
 煙草があったら、少しはこの手持無沙汰の心を癒せたかもしれないが――。
 いや、でも、とにかくダメだ。ニールはニコチンを摂取出来るようには出来ていない。ライルから、ふわりと煙草の香りがするくらいなら平気なんだが。
 ニールはしばらく、刹那の柔らかい癖っ毛を梳いてやっていた。
 ――ソランが現れたのはきっと良い兆候のような気がする。子育てに追われれば、刹那も罪悪感を紛らわすことが出来るだろう。
 本当はもっと刹那のことを抱き潰してやりたかったのだが――。
(……俺も寝るか)
 ニールは刹那と寄り添って眠った。

「あーあっ。退屈」
「仕方ねぇだろ。ネーナ」
 地上に降り立ったネーナ・トリニティと、彼女の兄のミハエル・トリニティは、経済特区・日本の街中を歩いていた。因みに、ミハエルは沢山の荷物をネーナから持たされている。
 けれども、シスター・コンプレックスの気のあるミハエルは、可愛い妹が頼りにしてくれているので嬉しいらしい。
「ヨハン兄もいないしさっ」
「ネーナ……ここには視察に来てること、忘れんな……!」
 ミハエルは案外真面目である。それとも、ネーナがヨハン・トリニティに取られたようで悔しいのか――。
 だとしたら、ミハエルは嫉妬深い男である。
(ミハ兄もかっこいいんだけどねぇ……)
 ネーナは、ミハエルはミハエルでかなり好きなのだ。ミハエルとネーナは仲がいい。ヨハン兄も、なんだかんだ言いつつ、ネーナに甘いので、今はネーナはやりたい放題である。
 ……ソレスタル・ビーイングの調査員と言う仕事がなければ。
(おっかしなもんだよねぇ……)
 ネーナは心の中で独り言つ。今や、あのソレスタル・ビーイングの為に働いているのだから。
(刹那はかっこよかったな~。うん! やっぱりあたし、刹那とだったら結婚してもいい!)
 ネーナはスキップしながら歩いて行く。待ってくれよ、ネーナ……とミハエルがだらしない声を出す。ネーナは、兄のミハエルは男なんだから、女である自分の荷物を持つのが当然、と思っている。
「ミハ兄、ヨハン兄のこと、あたしが気にしてるからって妬かないの」
「う~っ」
 どうやら図星だったらしい。
「ねぇ、ミハ兄……ルイス・ハレヴィのこと、どうしたらいいだろうね……」
「ん?」
 荷物に潰されそうになっていたミハエルが顔を上げた。
「珍しいな。ネーナが女のこと、気にするなんて」
 ルイス・ハレヴィは沙慈・クロスロードの事実上の婚約者である。
「だってさ、ルイスのいとこ殺したのってあたしじゃん。なんとなく、ギクシャクしてるんだよねぇ……。別に、あんな女、どうでもいいんだけど……」
「ネーナ……お前、優しくなったな」
「ミハ兄、人の話聞いてる? あたしはルイスのことなんてどうでもいいんだけどさぁ……今になって思うの。もし、ヨハン兄やミハ兄が殺されたら、あたしだったら許さないなって思って……」
「いい子だな。ネーナ」
 ミハエルは穏やかな顔をしていた。アレハンドロ・コーナーの軛から自由になってから、ミハエルも生き生きして来ているような気がしている。
 今までの自分達は道具だったから――。ヨハンが何を考えていたかは知る由もないが。
 ネーナは身震いしたい気持ちになった。
 そんな運命を変えてくれたのは、ソレスタル・ビーイング、そして――ガンダムだった。
 ガンダム00。ネーナは詳しくはわからないが、わからなくてもいいと思っている。
(あたしはネーナ・トリニティ。あたしの行く道はあたしが決める)
 そして、昂然と頭を上げた。
 ネーナは刹那・F・セイエイが好きだ。例え、ゾンビだろうが、何だろうが――。ニール・ディランディのことは頭痛の種ではあるが。けれど……この頃何かいいことが起こりそうな気がして、わくわくして仕方ないのだ。
 新しい恋の予感だろうか。ベタだが、そうも思ってみる。
「あ、ヨハン兄から連絡だ」
 ネーナが端末を取り出す。ミハエルは端末を取り出せない。
『ネーナか。聞いてくれ。……ニールと刹那の息子が現れた』
「何だって? ヨハン兄貴」
「ん……何かね……ニールと刹那の息子が現れたみたい」
「げー。マジか。俺ら、ベルだけでも持て余してんのに……つか、男同士でガキなんか作るなよ」
「あの人達、イノベイターらしいから何でも出来るんじゃない?」
 ネーナはさくっとミハエルを片付ける。
『これが、ニール・ディランディと刹那・F・セイエイの息子の動画だ』
 画面に映ったのは、可愛い白猫。
「やーん。可愛い~」
 ネーナの声が一オクターブ高くなる。ネーナは猫が好きなのだ。自分に似ているからかもしれない。気まぐれで美しくてしなやかで――ネーナは自分の美貌や気性をよく弁えていた。
 ネーナは自分の赤みがかった髪を撫でる。
『……で? ヨハン兄。これがニールと刹那の子供?』
『そうだ』
 ヨハンが真顔で答える。
『――あたし、ヨハン兄が冗談言えるなんて知らなかったな。ミハ兄がうつったの?』
「どう言う意味だよ。ネーナ……」
 不満そうなミハエルをネーナは無視する。
『冗談ではない。この猫、ソラン・ディランディは、キスをすると人間に戻るのだ』
『へぇ、まーたまたー。本当にそうなんだったらやってみせてよ』
『ああ……ちょっと待て』
 画面にニールも映る。ニールがソランを抱き上げてキスをした。そうすると――。
「?!」
 ネーナは声にならない声を上げた。何と、今まで綺麗で可愛い子猫のソランが人間に戻ったのだ。これは、知っていても驚く。誰だって驚く。ネーナはそう思った。イノベイターでも何でも、刹那達は猫ではなかったはず。
『あの……ヨハン兄? いくらニールや刹那がイノベイターでもこれはちょっと……』
『……まぁ、俺もそう思った。ネーナ、これからはお前も退屈してる暇などないぞ』
『あ、わかった? あたしが退屈してるの』
『お前が退屈してると、碌なことにならないからな。しばらくソランの面倒を見てやるんだな』
 ネーナは元気良く「はーい」と答えた。これからソランにはキスしまくることが出来るのだ。嬉しくもなろうと言うものではないか。やはり、自分の勘は当たったと、ネーナは思う。

2020.08.02

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