ニールの明日

第三百五十四話

 コックピットの小さなティエリアに、刹那も頷きかけた。
「トランザム!」
 刹那が叫ぶと――刹那とリボンズは異空間に飛ばされた。二人とも、生まれたままの姿になっている。色とりどりの綺麗な光が二人を彩っている。
「どうした、刹那」
 リボンズがアルカイックスマイルを浮かべる。
「お前を助けに来た」
「――誰から?」
「お前の本当の姿を引っ張り出したい。お前は何を考えている」
「ふふ、見ての通り、人間どもを滅ぼしにだよ」
「嘘だ!」
 刹那は叫んだ。
「嘘じゃない!」
 リボンズも声を張った。
「ヤツらは僕を――慰み者にした。特にアレハンドロ・コーナーもだ!」
 ――刹那には、リボンズの心の中の涙を知ったように思った。
「アンタは……アレハンドロ・コーナーを信じていたのか……?」
「まさか」
 リボンズは冷笑した。
「あんな愚かな男は見たことなかったね。知りたいかい? ヤツと僕との痴態を……」
「いや、別に――アレハンドロは死んだ。だが、お前は助けたい」
「そうか……馬鹿だな。お前も」
「馬鹿でも構わない。俺達と一緒に来ないか?」
「ふぅん……」
 リボンズは考え込んでいるようだった。
「お前はアレハンドロと人種が違う。手を取ってもいいとも思う。しかし――僕は極度の人間不信でね。人間側についたお前を心から信用することが出来ない。……人間は、勝手なもんさ」
「俺も昔はそう思っていた。でも、今は違う」
「そうだな。お前は立派なイノベイターになった。僕の目に狂いはなかった。けれど、仲間になることは出来ない」
「――お前がそう思っているうちはな。だが俺は……」
 刹那は口を噤んだ。イノベイターであるリボンズ・アルマークの苦しみ、悲しみが頭の中に流れ込んできたからである。
「どうだ……これが人間どもの仕業だ!」
「…………」
 刹那は黙っていた。涼やかな音が刹那の心に響く。ELSも、リボンズとの戦いに力を与えてくれているようだ。
「俺は……人間を憎んだりはしない。お前のようにはならない」
「じゃあ、死ぬか? 僕はお前を殺すことも出来るぞ」
「それは不可能だ。お前も戦闘力を増しただろうが、俺も強くなっている。俺達が死を望まない限り、俺達は死なない」
「……純粋種の僕に敵うと思うのかい?」
「お前は純粋種ではない」
 刹那は厳かに言う。
「ただ……いつかは純粋種になるだろう。お前のことは始末しなければ面倒になるが、俺はお前を殺さない」
 リボンズは眉をぴくっと動かしてからこう訊いた。
「――何故だ」
「お前を殺しても決着はつかない。俺はお前を救いに来た」
「……無駄なことを。この偽善者め……!」
 偽善者か……。刹那はふっと微笑んだ。
 いつだったかハレルヤがアレルヤに言っていた言葉だ。偽善者……そうかもしれない。だが、アレルヤはこう言った。
「偽善でも善だ」
「…………」
 今度はリボンズが黙る番だった。刹那は本気だった。リボンズも、刹那の運命だった。ニール・ディランディに会えたのもリボンズのおかげだ。
 ニールは、刹那にとってなくてはならない存在だ。だから、刹那は恩返しとしてリボンズを助ける決意をした。
 ――これがニールだったら、問答無用でリボンズを打ち負かすだろう……と刹那は思ったが、いいや、と思い直した。
(ニールは俺の命を助けたではないか)
 そしてニールは今は刹那にとってなくてはならない存在になっている。――やっと、リボンズが口を開いた。
「そんな偉そうなことを言っても、どうなるものでもない。お前は僕のことを下に見ている。救ってやるだなんて、口だけだろう」
 そうか――と、刹那は思った。
 リボンズはまだ、アレハンドロのことを忘れられないのだ。
「お前は……アレハンドロを愛していたんだな」
「違うね。あれはタダの道化だ」
「……けれどお前は……せめてあの男には信じるに足る存在であって欲しかったんだろう……」
「ふふふ……」
 リボンズは含み笑いをした。
「刹那・F・セイエイ! お前だけは殺す! 殺してやる!」
 そして――トランザムが解除された。リボーンズガンダムからの思念には殺意だけが詰まっていた。
 ――リボンズは傷ついて、でも、アレハンドロだけは違うと思っていたのだろう。信じていたのだろう。
 けれど、アレハンドロも、リボンズにとっては今までの男と同じだったに違いない。
(協力してくれ。ニール……)
(あいよ)
 ニールが脳量子波で答えた。
(俺は、どうすればいい?)
(そこで俺の無事を祈っててくれないか)
(そんなこと――いつも祈ってるよ。愛している。刹那)
 ニールの言葉で、刹那は胸が熱くなった。
 せめて、アレハンドロがニールのような男だったら、世界は――いや、宇宙は変わっていたかもしれない。
 刹那がアレハンドロへの錯綜した想いを見抜いたので、リボンズは刹那を殺そうと決意したのかもしれない。けれど、刹那は嘘を言うことが出来なかった。
(リボンズ、お前を殺したくはない)
 それは、刹那も一歩間違えたらリボンズと同じ立場になっていたであろうから。けれど、同じ立場になっても、刹那は相手を殺さない。
 刹那は、愛を知っているからだ。それは、ニール・ディランディのおかげでもある。
(ニール、ありがとう)
 刹那は、ニールにはわからないように心の中で呟いた。
『刹那……さっき、リボンズを殺すチャンスがあったのに、殺さなかったな』
 ティエリアが言う。コックピットのティエリアの方だ。
「……まぁな」
『何故だ』
「リボンズも愛を見失っている。――実は俺は、アレハンドロ・コーナーは殺すにも値しない人間だと思っている。リボンズには少々勿体ないあの男は自分で自分の首を締めたのだ」
『……君は、どうなんだい?』
「俺は――ニールに会えて良かったと思っている」
『――そうか。それが愛と言うものか』
「そうだ。きっと、本体のティエリアもわかっていると思う」
 そんなことを言うとティエリアに怒られそうだがな――と、刹那はひっそり己の中で思う。
 刹那はニールと。ティエリアはアレルヤと。
 お互い、幸せな世界を築きたいと思っている。そして、傷ついた小鳥は癒してやりたいと思う。
 リボンズは、愛を見失った可哀想な小鳥だ。
 リボーンズガンダムの攻撃を受け流しながら、刹那はそんなことを考える。愛さえあれば、人は死んでも幸せなのだ。
『とどめだ!』
 リボンズが叫んだのがモニター越しに聴こえた。
「刹那! 後でお前に憎まれてもいい! これが僕の答えだ!」
「ティエリア!」
 ホログラムのティエリアの台詞に、刹那は悪い予感を覚えた。このホログラムはただのホログラムではないのだ。
 ――リボーンズガンダムが爆発して撃沈した。
「リボーンズッ!!」
 刹那は声も枯れよと絶叫した。

2023.4.14


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