ニールの明日

第三百五十五話

「何をする! ティエリア!」
 刹那はホログラムのティエリアに怒鳴った。ティエリアは澄まして言った。
『君が優柔不断にうじうじしているからだ。恩を着せるようだから言いたくはないが、僕が攻撃しなければ死んでいたのは君の方だったんだぞ』
「む……」
 刹那は言葉に詰まったが、それでも、
「その方がまだ良かった……」
 と、囁くような声で呟いた。
『一生ニール・ディランディに会えなくなってもか!』
 ティエリアの言葉に、刹那はびくっとなった。刹那は涙を堪えながら、ぐっと歯を食いしばった……。
「それは……嫌だ……」

 リボーンズガンダムはバラバラの破片となり、リボンズ・アルマークは宇宙に投げ出された――。
 それをモニターで観ていたニールは思った。
 リボンズは、まだ生きている――。
 リボンズの今の姿が、ジョーとボブに拾われる前の自分に重なった。尤も、自分ではその姿は見られなかったのであるが――。
 ニールは思わず叫んでいた。
「早く、早く! リボンズをトレミーへ!」
『了解!』
 涼やかな声で答えたのは刹那だった。
『ダブルオークアンタ、帰投する』
「ああ……」
 答えてからニールは一気に疲労が増した。
『構いませんか? あのリボンズ・アルマークをトレミーに連れて行って』
 それがELSからの質問だった。このELSは人間並みの、いや、それ以上の知能がある。
「構うこた、ねぇだろ。一応俺と刹那を引き合わせた大恩人だ」
『そうですか……』
「それに、こいつはこいつで使い道があるかもしれないからな」
『何故だ、兄さん。そんなヤツを助けるつもりなのか?!』
『何でその場でやっつけない!』
 ニールの双子の弟ライルと、今は仲間であるパトリック・コーラサワーが殆ど同時に言った。
(こいつら案外気が合うんじゃねぇか?)
 ――とニールが思う程に。
『パトリック。こいつは俺が連れて行く』
 刹那が静かに言った。
「俺も賛成だな」
 と、ニール。ニールには刹那に反対する理由がない。
『……わかった』
 パトリックは引き下がった。
『兄さん……』
「大丈夫だって。ライル。何か起こったらその都度対応すりゃいいんだし」
『全く、兄さんはのんき者で――』
「アイルランドの農民は皆のんき者さ」
 ニールがそう言うと、ライルが口笛を吹いた。
『――違いない』
 ニールは、戦争が終わったら刹那と一緒にアイルランドで農民として暮らしたいと常々話していた。その時はライルも一緒だ。ライルの恋人、アニュー・リターナーが傍にいてくれてもいい。
(――早く、人間とイノベイターが手を取り合って生活することが出来る環境を作りたいな……)
 ニールも平和が一番だと思う。
 それには、どうしても目の前の人に手を差し出さなければいけないと思う。
『でもまぁ、こんなことになるなんて思いも寄らなかったよ……』
 ライルは首を横に振る。
『敵わないなぁ、兄さんには』
「帰投しよう。――ELS、無事か?」
『無事です』
 綺麗な声が届いた。ELSの声はまるで天上の音楽だ。
『私達には死と言うものはありません』
「そうか……」
 しかし、イノベイターもいずれは死ぬ。ニールは目を閉じ、しばし感慨に耽った。
 あの時、コロニーの若者達がニールを見つけなかったら、ニールは宇宙空間を漂っていたままだったのだ。刹那にも会えずに……。
(刹那……)
 お前と出会えて良かった――ニールはそう思った。刹那がいるから、また新たに戦う力が湧いて来たのだ。
 そして、ソラン。
(ソラン。お前のことは俺が――いや、俺達が護るよ)
 嬉しそうな思念を感じたように思った。

「お帰りなさーい」
 フェルト・グレイスとベルベット・アーデがニール達を出迎えてくれた。刹那はリボンズを抱き上げてここに来た。
(そこまでサービスしてやんなくていいって、思ってたんだがな――)
 リボンズは眠っている。
「刹那おにいちゃま、その人は……?」
「ああ、リボンズ・アルマークだ」
「リボンズ……」
「俺のベッドに寝かしつけてやろう」
 刹那がそう言ったのを聞いて、ニールは幾分しょっぱい顔になった。
「どうした? ニール」
「だってなぁ……大切な俺の刹那のベッドにこいつを寝せるなんてなぁ……」
「人生何が起こるかわからない。そうだろ?」
「そうだけどよぉ……」
「兄さんて案外嫉妬深いな。リボンズにまで嫉妬するなんて――」
 ライルが苦笑した。
「ライル、お前も恋人がいるんだ。わかるだろ……」
「まぁ、確かに兄さんの気持ちはわからなくもないけどね……」
「でも、今のリボンズは医務室の方がいいんじゃないか?」
 ニールは我ながら名案、とばかりに言った。
「俺も行っていいっスか?」
 コーラサワーが訊く。刹那が何も言わずに頷いた。コーラサワーは、ちょっとニールが鼻白んでいるのをよそにぺらぺらと喋りながらキャットウォークでニール達と一緒に移動した。
 医務室に着く。彼らの他には誰もいない。
「しかし、今回も無事に帰れて良かったっスね」
「――そうだな」
 今回も大ピンチに遭ったのに生きて帰ってこれたのは、コーラサワーの理力もあるかもしれない、とニールは思い始めていた。
「あ、じゃあ俺、大佐に報告して来るっス」
「どこへ行く、コーラサワー」
「誰もいないところっス。ほら、俺、マネキン大佐のこと口説きたいし――」
「……わかった、好きにしろ」
 何となくコーラサワーに親近感を覚えたニールであった。
 リボンズは生命維持カプセルの中で昏々と眠り続けている。
(このまま死ぬんじゃねぇだろうなぁ)
 でも、生命のパルスに異常はない。
(リボンズ……本当にこいつが全部悪いんだろうか。俺達は、自分達の罪をこの男になすりつけようとしただけではないのだろうか――リボンズに非がないとは言えねぇが、果たしてこいつが全部悪かったのだろうか)
 リボンズは、悪の華として散った方が、彼の人生の終焉として正しかったのかもしれない。それだけのことを彼はしている。
 その時であった――リボンズの瞼が開いたのは。

2023.5.18


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