ニールの明日

第三百五十一話

(……来るな、あいつらが……)
 若草色の髪の少年に見える男――リボンズ・アルマークが心の中で呟いた。
(刹那・F・セイエイ。僕が育てた……だから、僕が引導を渡すべきだ)
 リボンズはすらりとした機体に乗り込んだ。
(今度こそ、息の根を止めてやる。刹那・F・セイエイ――!)
『リボンズ! あたしも力になるよ』
 ヒリング・ケアであった。
『ヒリング……聞いてたのか……』
『まさか。今のリボンズの心の声はガードが固過ぎてあたしには聴こえないよ』
『そうか。そうだったな――』
 リボンズはふうっと息を吐いた。
「刹那・F・セイエイ――お前は僕が殺す!」

『――ん?』
『どうした? 刹那』
 ニール・ディランディが刹那に訊く。
『今……リボンズの声がした』
『ほんとか! と言うことは、こっちで正しかったと言うことか。ELSもなかなかやるじゃねぇか。――後、認めたくねぇけど、グラハムもな』
『ああ……今もグラハムが呼んでいるのがわかる』
『あんまり深入りすんなよ。俺は浮気は許さんからな』
『わかってる』
 ニールの冗談で刹那は思わずくすりと笑ってしまった。
『ダブルオークアンタ、出る!』
 刹那は声を上げた。機体が刹那に協力を誓ってくれたのがわかった。
(ガンダムは鉄屑じゃない。俺の、神だ。きっと俺達を守ってくれる)
 刹那はガンダムを信じていた。
『――刹那』
「……わっ!」
 刹那は珍しく驚きの声を上げた。手のひらサイズのティエリアが目の前にいたからである。
『驚くな。刹那。僕はティエリア・アーデの……いわば分身だ』
「分身……?」
『ああ。僕が現れた原理については、君にはわからないだろう』
 確かにこれはティエリアだな、と刹那も納得した。
『……僕は一種のホログラムだ。これだけ覚えておいてくれ』
「わかった」
 刹那が頷いた。
 ELSのことも訳がわからないながらもまるごと受け入れた刹那だ。当然、ティエリアのホログラムのこともそのまま受け入れた。
 刹那は頭が悪い訳ではないが、わからないことはわからないこととして割り切っている。世の中不思議なことが多過ぎるから全部を理解しようとすると、頭がパンクしてしまうだろう。
『何だありゃ……』
 モニターの向こうのニールが顔面蒼白になっている。赤と白を基調とした機体が待ち構えていた。
『リボンズのモビルスーツだ。リボーンズガンダムだ』
 ホログラムのティエリアが説明してくれた。
「ああ、あれがリボンズの最終兵器……!」
 勝てるだろうか――いや、勝たなきゃ困る。リボンズに勝てなければ、彼を救うことだって出来やしない。
 いや、リボンズを救うと言うのは刹那の持っている上からの視点で、本当は彼が怖いのかもしれない。
 ――リボンズ・アルマークは刹那の恩人なのだ。
(俺はリボンズは殺さない。――リボンズを殺せない)
 リボンズがいたからこそ、今日までの自分があって、愛しい恋人ニール・ディランディにも会えたのである。
 運命は人にいろんなことをさせる。
 刹那はリボンズに恩があるのだ。恩は返さなければならない。今のリボンズは間違った道を行こうとしている。道は正さなければいけない。それが何よりの恩返しであるのだから。
「行くぞ、クアンタ!」
(――ようそろ)
「今……クアンタの声が聴こえた?」
『刹那。お前の能力は日々進歩している。その気になれば森羅万象の存在の声が聴こえるはずだ』
 ホログラムのティエリアが喋った。
「それはそれで厄介だな……」
 刹那は言った。誰しも、切り倒されるマングローブ林の木々の悲鳴など聞きたくないだろう。
『お前は自分の力をコントロール出来るはずだ』
「それはそうだが……」
 力を持つ者は時として道を間違う。例えば、身近な例でいえば、リボンズ・アルマークがそうだ。
『どうだい? 相棒』
「ニール……」
『勝てそうか』
「まだわからん。だが……リボンズは助けたい」
『殺したい、じゃないのか。俺はあいつは殺したいね』
「……リボンズがいなければ、俺達は出会うことさえなかったんだぞ!」
『そうか……じゃ、殺すのは見合わすか』
『少年、少年』
 今度はグラハムだ。
『いちゃつくのもいいが、ちゃんと仕事はやってくれ。私達のミッションは――あのリボンズ・アルマーク機構のイノベイター達の奪還だ』
「――イノベイター達はリボンズの人質なのか?」
『そう言うことになる。今、ELS達が調べている。ELSは私達の仲間だ』
 ELSと同化しているせいか、すっかり入れ込んでいるな――刹那はグラハムに対してそう思った。
 尤も、ニールに入れ込んでいる自分が言える立場ではないのだが。
 それに、刹那もELSは好きだ。その高潔な人格が。地球人に対する優しさが。
 リボーンズガンダムは身動きしない。何かを企んでいるのか、それとも――?
 刹那は交渉のチャンスだと思った。出来うることなれば、戦わずに説得したい。
(リボンズに連絡を取ってみるか――)
『刹那。妙な仏心を出すな』
 小さな妖精のようなティエリアに諭された
「――わかっている」
『大丈夫か……? お前は優し過ぎる』
(優し過ぎる……か)
 そう言えば、いつぞやニールからも似たようなことを言われていた。
(刹那……お前は情が深過ぎる)
 そう言って、ニールは刹那の黒い癖っ毛をくしゃっと乱した。
(ま、それがお前のいいとこなんだけどな――)
 つい、思い出に浸ってしまっていた。刹那はニールに言った。
「ニール……俺はリボンズを説得したい」
 ――ニールはしばらく黙っていた。刹那は、待った。待って、待って、待った。通信が届いた。リボンズからだった。画像が少し荒い。ジジ……と音がする。端正な顔のリボンズが口を開いた。
『久しぶりだな……刹那……F……セイエイ……』
『――待ってろ。今画像を直してやる』
 ティエリアが言った。一瞬で画面がクリアになったので、刹那は驚いた。
「ティエリア……お前、そんなことも出来るのか……」
『僕のことを呼んだかい?』
 ティエリアの本体が言ったのが聴こえた。どうにも同じ名前で紛らわしい。刹那の目の前にいるのはティエリアの分身らしいが。
「いや、こっちの話だ」
 刹那はふるふると首を横に振った。
『そうか。刹那が言ったのは分身の方か……刹那。これからも僕の分身を頼む。大事にしていてくれ。クアンタに僕の分身を組み込んだのはイアンもアレルヤも了承済みだ』
 イアンはわかるが、何故ここでアレルヤの名前が出て来るのだろう。アレルヤが悋気を起こすと困ると思って、あらかじめアレルヤに説明しておいてくれたのだろうか。確かにアレルヤはやきもち焼きだ。ティエリアも大概だとは思うが。

2023.1.7


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