ニールの明日

第三百五十話

「沙慈……沙慈ーっ!」
 ルイスが沙慈に抱き着いた。
「えっえっ、ルイス……こんな、皆の前で……」
 沙慈・クロスロードはあたふたと慌てている。ディランディ兄弟はニヤッと笑った。
(ライル……ルイスは完全に昔のルイスに戻ったな)
(……ルイスは昔はあんな少女だったんだね?)
(――そうだな)
 ニールとライルの双子は、脳量子波で喋っている。双子なだけあって、波長も合う。――声に出して言ってもいい話題だったが、ニールはライルの発する波長を感じていたかった。
(……ま、それにしても、ライルが脳量子波で話すことがわかった時は驚いたね)
(何だい? 兄さん。……急に話題を変えて……)
(いや、何でもねぇ)
 そう言ってニールは長めの茶髪を細い指で掻き揚げた。銃を自由自在に扱う繊細な指だ。刹那を何度も泣かせた、形のいい長い指だ。
「ニールさん……?」
「おお、済まん。……沙慈に整備やってもらってな」
 びっくりしたニールがそう言った。
「当然ですよ。僕達の守護神ですからね。ガンダムは」
 沙慈はデュナメス2号を眺めながら言う。
(どこかで聞いた話だな。――ああ、そうか。刹那からか……刹那にとっても、ガンダムは守護神だろうな)
 そう思うと些か忸怩たる思いがするニールであった。
「さてと、エクシアは誰が乗るんだ?」
「――私が乗る」
 グラハム・エーカーが勇んで宣言した。
「いいな。沙慈・クロスロード」
「はぁ、まぁ、僕は戦いは不得手ですから、グラハムさんが替わってくれたなら言うことないですが……」
「私は戦いは得意だ。背中は任せたぞ。少年」
「嫌だ」
 刹那は言下に断った。
「な……何故だ……少年……!」
「何故なら、俺の背中はニールに預けているからだ」
「刹那!」
 ニールは思わず嬉しさで飛び上がりそうになった。
「俺も、刹那に背中預けてるぜ」
「よし、それじゃあ行こう」
 エクシアとグラハムの相性は悪くない。搭乗テストも既に終わっている。
「済まないが、パトリック・コーラサワー。今回は君は留守番だ」
「はいはいっと。グラハムの御大が出て行くより、俺が活躍した方がいいと思うけど……何たって、俺は不死身のコーラサワーだからな」
「コーラサワー。いずれ出番も出てくるかもしれない。だから、ここはグラハムに任せてやって欲しい」
 刹那が言った。
「わかったわかった。俺からはたった一言だけ――」
「――何だ?」
「……さっきのジンクスは信じるんじゃねぇぞ」
「わかってる」
 刹那がくすっと笑った。ニールにはその笑顔が世界で一番尊いものに思えた。
「少年……」
 グラハムも見惚れていた。
「くっ。ニール・ディランディにはあんな可愛い顔をして――ニール・ディランディ。悔しいがお前は三国一の幸せ者だ。……私にもそう言った、心から愛する者が欲しい。――運命の恋人が欲しい」
「どうも」
 ニールはグラハムの言葉にスマートに返した。
「俺もエクシアには乗れるんだがなぁ……機械の考えていることなんて、俺にはわからないからなぁ……」
 コーラサワーの呟きに、ニールはぎくっとした。――ガンダムにも思考能力があることを、コーラサワーは多分知らない。
 ――それはコーラサワーをみくびっていることになるかもしれないが。
「なぁ、パトリック」
「んー?」
「お前、脳量子波って知ってるか?」
「聞いたことあるけど、よくは知らねぇなぁ……」
 ――やっぱりね。
 コーラサワーに関しては、ニールが考えた通りかもしれなかった。それでも、コーラサワーは超一流のパイロットなのだった。『不死身のコーラサワー』の名も伊達ではない。
「なぁ、パトリック。手を出してくれ。……アンタの悪運を俺にうつしてくれ」
「えー? 何だよ。悪運て……わかったよ。そら」
 ニールはコーラサワーの手をぎゅっと力強く握った。
「ニール……痛いぜ……」
「あ、済まん」
「まぁ、いいさ。刹那、お前とも握手すっか?」
「是非とも」
 コーラサワーが刹那と笑顔で握手を交わす。アレルヤやティエリア、ライルとも。
 グラハムは、含みありげに笑っている。
「グラハム、アンタとも握手するか? 俺と握手した男は死なないんだぜ」
「――まぁ、遠慮しておくよ。少年とだったら喜んで握手するけれど」
「ふん、このホモ」
「何とでも言え」
 同性愛者と言ったら、自分もそうかもなぁ……と、ニールは思った。女も好きだが、刹那に敵う相手はいない。
「ニール、無事でな」
「刹那……お前こそ……」
 ――イアン・ヴァスティがごほん、ごほんと咳ばらいをする。そういえば、この男もいたのだったと、ニールはイアンの存在を今まで忘れていたことに気付いたのだった。沙慈がこんな嬉しいことを言ってくれた。
「ニールさんも刹那さんも、無事で帰って来ますよね」
「――沙慈、少なくとも、ニールの兄貴は死なないよ。兄貴は死んだのに生き返った男だから」
「……は、そりゃ、まぁ……」
 宇宙を漂っていた時の記憶は、ニールの中には既にない。時々フラッシュバックが起きるくらいで――。
(生きてて良かった。本当に――)
 アレルヤとティエリアも互いに握手を交わす。この二人も、互いに愛し合っている者同士だ。
「健闘を祈るぜ。兄貴達」
 軽い感じでコーラサワーが言った。しかし、くるりと向きを変えたコーラサワーの頬に、涙が一筋伝うのをニールは見逃さなかった。思えば、コーラサワーには随分助けられた。
(ありがとう、パトリック・コーラサワー……)
 それから、沙慈だ。沙慈・クロスロードにも、世話になった。
「……沙慈は、行かなくていいの?」
「……いざと言う時は、君を守るよ」
 ルイスの言葉に沙慈が答える。
「へぇ、言うようになったじゃないか。沙慈。俺がアニューを守るように、沙慈はルイスを守ってやってくれ」
 ライル、お前も言うじゃないか――ニールは心の中で呟いた。
「アニューには会わなくていいのか? ライル」
 刹那がライルに訊く。
「ん……。会えば後ろ髪引く思いが芽生えちまうからな……」
 会えば未練が残る、か。思えば、刹那と共に戦える己は弟ライルより幸せかもしれない。ニールとライルの視線が合った時、ライルは意味ありげに、にやりと笑った。
「心配すんなよ。兄さん。アニューと俺はぶっとい赤い糸で結ばれているから」
「そう、大佐と俺のように」
「ん~、パトリックとマネキン大佐はどうかなぁ……」
「何だよぉ、ライル!!」
 コーラサワーがポカポカとライルを殴る。ライルは「いて、いて」と言いながら笑っている。
「おい、そこまでだ。パトリック・コーラサワーにライル・ディランディ。我々は行かなければならない。我々の無事を祈って――敬礼!」
 グラハムが仕切る。ニール達ガンダムマイスターがコーラサワー達に向かって敬礼をする。沙慈とコーラサワー、そしてイアンも敬礼で返した。

2022.12.15


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