ニールの明日

第六十三話

「ネーナ……それどころではないだろう」
ヨハンに軽く注意されたネーナは、
「はーい」
と、一応兄に従った。
(ヨハン・トリニティ……この中では一番食わせ者かもな)
ミハエルは大したことない……というより、強いかもしれないがそれだけの男だ。それがニールの見立てだった。
そして、ネーナ・トリニティ……。
刹那は渡さないぞ。
そう思いながら睨めつけると彼女はニールの憎悪を受け流すかのように笑った。この少女もなかなか侮れない。
「で、どうやってアンタらとマックスは知り合ったんだい?」
ライルの声にニールは、はっとなった。今までトリニティ兄妹のことで頭がいっぱいだったからだ。
「どうしてそれをきく?」
と、刹那。
「うーん……説明するのは難しいんだけど……うまく繋がらないんだよ。オートマトン技師にガンダムスローネ……こう思うのは俺だけかもしれんがな」
「どちらも人殺しの道具だ。大して変わらん」
「兄さん……」
「ニール……」
「俺達はたくさんの犠牲者を出した」
「ニール……おまえ、変わったな」
「刹那、おまえは?」
「俺も今のところ人殺しの域を出ない……だが、いつか、必ず……」
刹那は拳を握った。
「刹那は変わっていない」
ティエリアが口を挟む。
「ああ、俺は、ガンダムになる」
「ガンダムになる、だって?」
ミハエルは大声で嘲笑った。
「言うに事欠いてガンダムになる……あっはっはっはっ!」
「笑うな!ミハエル・トリニティ!」
「は……」
ミハエルを止めたのは意外にもマックスであった。ミハエルは動きを止めた。
「私は……オートマトンで無機物を排除するように人の命を奪うより……その行為に何らかの意志が存在すると考える方がまだしもだと考えるが……」
「ガンダムだって無機物だろ?」
「でも、そこには少なくとも意志がある」
マックスは立ち上がって刹那に向かって言った。
「君が立派なガンダムになれることを祈っている。今はこれしか言えないが」
「マックス……ありがとう」
「おーおー。刹那は素直だなあ。でも、まずは第一段階突破ってところか」
ライルがパンパンと手を叩いた。
「ライル……貴方は私に何をききたいのだ?」
マックスが質問を発する。
「俺か?俺はアンタがカタロンにふさわしいかテストしてるんだよ」
(そうなのか?)
(そうなんだろ)
刹那とニールはアイコンタクトで会話する。ネーナは面白くなさそうだった。
「確かに我々……つまりこのトリニティ兄妹と私を仲介した者はいるが……今はそれは言う気はない」
「言ってんのと同じだろ?おっさん。そこまで明らかになりゃ調べはだいたいつくんだから」
ミハエルの言う通りだ。CBだって無能ではない。
「ティエリア、おまえ、知ってるか?」
「一応、な」
壁に背をもたせ掛けたまま、ティエリアは刹那の疑問に答えた。
「誰なんだ、それは」
「驚くなよ……」
ティエリアが言う前に、マックスが口を開いた。
「さ、でぃ……さ、でぃ、クロス……」
「沙慈・クロスロードか!」
マックスは頷いた。
「ああ、そんな名前の……日系人だ」
それを聞いたニールは口をあんぐり開けて、それから言った。
「沙慈と言ったら刹那、おまえ……!」
「ああ、マンションの昔の隣人だ」
「何ですって?!」
マックスの方が驚いている。
「なんだ、知らなかったのか?」
「沙慈は昔の話はしたがらないんだ」
「そうか……」
刹那は溜めていた息を吐いた。
「俺は沙慈のことを何にも知ってはいなかった……」
刹那なりの感慨を込めた台詞であろう。
俺だって、おまえのことは何も知らない。ニールは思った。
刹那。おまえは……俺の生涯かけて紐解く為の謎だ。俺は……おまえの為に生まれてきた。だが、秘密を追えば追う程……また巨大な秘密が立ち塞がるんだ……。
それはわくわくするほどスリリングではあるが、どこか虚しい。……虚しいというより、釈迦の手の平で足掻いているような……。
「マックス。沙慈はどこにいるんだ?」
今度はニールがきいた。
「……途中ではぐれた。生きているか死んでいるかもわからない。けれど、彼はこう言っていた。……『刹那・F・セイエイという男を探してください!』と」
「と、言うわけだ。僕も今までぼかしてきたが……」
ティエリアはくいっと眼鏡のブリッジを直した。そして、ニールの視線の先にいる、煉瓦色の瞳を持つ跳ねた黒髪の青年を指し示した。
「彼が沙慈・クロスロードの探していた刹那・F・セイエイだ」

2013.4.12


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