ニールの明日

第六十六話

「おう、刹那。さっきは立派な挨拶だったな。おまえがあんなに口が上手いとは思わなかったぜ」
「口が上手いって……どういう意味だ」
刹那がまたいつもの無表情で答える。ニールは、
「あ、語弊があったか。ごめんな」
と言った。
成長してるんだなぁ……刹那も。そう思うとニールは刹那はかいぐりかいぐりしたくなる。
「どうした?ニール」
「いや……おまえがいじらしく思えてさ」
ニールがいない間、この少年は何を経験し、何を考えて生きてきたのだろう。
そのうち聞く機会もあるだろうか。

「えー、みんな。一気にこのような大所帯になったわけだが、今から飯にする。では、乾杯!」
イアンが乾杯の音頭を取る。
「かんぱーい」
皆はグラスを高々と上げる。
「ニール、刹那。古巣に帰った気がするだろう」
「まあね」
「リンダ、ミレイナ、ヨハン、ミハエル、マックス、ジーン1ことライル・ディランディ、それにアニュー。おまえらは今夜は客だ。大いに楽しんでくれ」
「あーっ!ひどい!イアンのおじさん、あたしをわざととばしたー!」
ネーナが抗議した。
『シャーネーナ、シャーネーナ』
「おっ、このミートボール旨いな」
ライルが舌鼓を打ちながら喋る。
「あの……それ、私が作ったんです」
アニューが控えめながら言った。
「へぇ……これ、アニューが作ったの。アンタ、いい嫁さんになれるよ」
「ありがとうございます。ライルさん」
アニューは照れたのか俯いた。その横でニールがにやにやした。
ライルはアニューを口説く。
「アンタがフリーだったら、俺が嫁さんにしてやってもいいけどな……」
「まあ……」
「友達から始めてもいいんだぜ」
「……そうですね」
「ほんと、ネーナの料理とは比べものになんないぜ」
ミハエルが珍しくネーナをけなした。
「ふーんだ。料理だったらヨハン兄が作ってくれるもん」
「ま、ネーナは可愛いからいいんだけどさ」
「……アレルヤも料理が上手だ」
刹那が呟いた。ニールにもその気持ちはわかる。
この場にアレルヤとスメラギ・李・ノリエガがいれば完璧だったろう。
必ず取り戻す!アレルヤハプティズム!
それにはスメラギの力が必要なのだが……。
刹那がきいた。
「何を考えている?ニール」
「ん?多分おまえさんと同じことだよ」
「アレルヤか……」
ティエリアはどう思っているのか読めない表情で魚料理を上品に切り分けている。
しかし、長い付き合いのニールにはわかる。一番辛いのはティエリアに違いない。
アレルヤが生きているということだけが救いだ。
「ニール・ディランディさんとセイエイさんはどこで再会したのですかぁ?」
ミレイナが幼い口調で言う。ニールが答える。
「砂漠のど真ん中だよ」
「砂漠?どうしてそんなところにいたんですかぁ?」
「ん?まず俺が飛行機事故に遭ってな……」
砂漠での出来事をニールはかいつまんでミレイナに説明した。モレノやジョシュア、グレンやダシルのことも。ただ、王留美のグレンに関する爆弾発言のことは伏せておいた。それでもミレイナは目を輝かせていた。
「すごいですぅ!映画みたいなのですぅ」
「そ……そうかな」
ニールはいささかこそばゆくなった。
刹那と会えなかった長い時間。だからこそ、刹那が愛しい。愛しさは一緒にいても、いや、一緒にいるからこそ日毎に増すばかりだ。
それにしてもアニューの料理の腕前はアレルヤと比べても何ら遜色はない。ニールの話が終わると、ライルはアニューにいろいろと声をかけ始めた。
それは仕方がない。ライルにとってアレルヤ・ハプティズムは、ニール達にとっての彼ほどには重要な人物ではない。それに、ニールだっていつもアレルヤのことを考えているわけではない。アレルヤのことよりも刹那のことを考えていることの方が多い。
(アレルヤ……すまん)
刹那可愛さでアレルヤのことを忘れていることもあるニールはその度に己をはじた。
一緒に戦ったこともある。深緑色の髪で片目を隠していることの多い青年。料理が上手で優しいティエリアの頼りになる恋人で……仲間だった青年、アレルヤ。その彼が……どうしてアロウズなんかに捕まったりしたのか。
後でマックスにきいてみようと思った。
この地球連邦がもたらした平和は偽りのものである。カタロンはそうだと言うし、ニールもそうだと思う。しかし、人々は真理より偽りの安寧を好むものだ。
真の平和を取り戻さなければならない。ガンダムによって、俺達の手によって。
それにはアレルヤの力が必要なのだ。
(明日、スメラギのところへ行く)
刹那がニールの耳元で囁いた。ちょっとしたくすぐったさが、そういう場合でないのにニールの官能を呼び起こした。
(わかった)
と、ニールは囁き返した。
リヒティとクリスは満足げに微笑み、フェルトはリヒターをあやしている。ラッセは黙々と目の前のご馳走を平らげていた。

2013.5.20


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