ニールの明日

第六十八話

朝。
愛しい恋人が傍にいるのに手を出せないという蛇の生殺し状態が一晩中続いたニールは、大きな欠伸をしながら当の恋人刹那と部屋を後にした。
イアンの部屋からも双子の弟ライルが大欠伸しながらイアンとマックスと共に出てきた。
「ライル」
ニールがさりげなくライルに近づいた。酒臭い。
「ライル……一晩中飲んでたのか」
むさ苦しい男達と……とはさすがに言わなかったが、そういうニュアンスを込めてきいた。
「ああ。俺はアニューのところに行きたかったんだけどイアンさん達に引き止められてね……」
それを聞いてニールはにんまりと笑った。
「お互い、禁欲生活大変だな。……刹那もさ、アレルヤを助けるまではその気になれないんだと」
「兄さん……嫌われたんじゃないか?」
「馬鹿を言え。この俺に嫌われる要素がどこにある」
「自分じゃ気付かないものだよ……求め過ぎるとか?」
「それこそ馬鹿言えだ。ゆうべは俺、大人しく引き下がったんだぜ」
「じゃあ、何か他に原因が……あ、アニュー」
ライルの想い人、アニュー・リターナーが薄菫色の長い髪を揺らしながら微笑んで、
「おはようございます」
と、綺麗な声で挨拶した。
「やあ、アニュー……」
ライルの頬が赤くなったように感じたのは気のせいだったろうか。アニューが通り過ぎると、ライルはぼうっとなったまま、
「いいよなぁ、アニュー。綺麗だよ。輝いてるよ」
と呟いていた。
ニールもそれはわかるが。
(恋する男丸出しだな、ライル)
勿論、ニールも人のことは言えない。刹那のことに関しては恋に狂っていると言われても文句は言えない。しかもそれが嬉しいときているのだから、末期だよなぁ、俺も……とニールは心の底で呟いた。
(アレルヤ助けたら、めいっぱい可愛がってやるからな。刹那)
「ニール」
刹那が振り返る。成長して美しくなった刹那にニールの胸は高鳴った。
「朝食後にスメラギ・李・ノリエガのところに行こう」
ニールはわざとおどけて、
「了解!」
返事をした。

小型飛行機が空を飛んでいく。搭乗者は刹那とニール。ティエリアも行きたかったみたいだが、用事があるらしい。
「何やってるんだろうな、ティエリアの奴」
「さあな。ただ、悪いことではないのは俺が保証する」
刹那の言葉にニールは頷いた。
飛行機から降りると、二人はバイクをレンタルしてスメラギ・李・ノリエガと名乗る女のいるところ、ビリー・カタギリのいるところまでやってきた。
ビリー・カタギリはアロウズの幹部。つまり、ここからはアウェイということになる。
ニール達二人が来たのは閑静な住宅街だった。
「ふぅん、随分普通のところに住んでるんだな。本当にここなのかよ……あ、おい。刹那……」
刹那はずんずんとカタギリ邸に近づく。ニールも急いで後を追った。
刹那がベルを押した。
きっ、とドアを開ける音がする。赤毛で豊満な胸の美女、スメラギ・李・ノリエガだ。
「刹那……!」
押し殺した声は悲鳴に近かった。
刹那が口を開いた。
「スメラギ・李・ノリエガ。ソレスタル・ビーイングはアンタを迎えに来た」
「刹那…」
「ソレスタル……ビーイングだって?!」
スメラギの後ろで震える言葉を発したのはビリー・カタギリだ。いつ見ても妙な髪型をしている、とニールは思った。だが白衣は板についているし、仕事はできそうだ。
「君は……ソレスタル・ビーイングと……カタロンの仲間かい」
「え……?」
「知らなかったのか?スメラギ。ソレスタル・ビーイングはカタロンと手を結んだ」
刹那は淡々と説明した。
「そんな……」
「リーサ・クジョウ。君は僕に嘘をついていたのかい?!」
「そうではないわ。そうではないの……ね、ビリー落ち着いて」
スメラギはビリーに駆け寄りなだめようとした。
「君は僕を騙していたんだね!」
「ビリー……」
「触るな!」
背を向けたビリーに拒まれたスメラギは二人の闖入者を睨みつけた。
「帰って!私はもうソレスタル・ビーイングのスメラギ・李・ノリエガではないの。ただのリーサ・クジョウなの」
「……けれど、ソレスタル・ビーイングの戦術予報士はアンタだけだ」
「私は戦術予報士は辞めたのよ……何よ。私を騙す為にロックオンの偽物まで連れてきて……」
「いや、俺は……」
本物なんだと言おうとした時、刹那が遮った。
「スメラギ、ロックオンの偽物を連れてくるメリットなどないのはアンタにだってわかるだろう」
「…………」
「スメラギ。アレルヤがアロウズに捕まっている。夜まで待つ。その間までに来なかったら俺達は帰る。ティエリアは……多分作戦を練っている。けれど、あの男は戦術予報士ではない。アンタの帰りを待っている。ここが連絡先だ」
刹那は名刺大の紙を彼女に投げて寄越した。
「信じるか信じないかはアンタ次第だ。行こう。ニール」
「あ、ああ……」
結局出番がなかったな、とニールは残念に思うと同時に刹那のことを頼もしく感じた。
木漏れ日が光る小道を歩きながら、ニールは言った。
「スメラギは来るかねぇ」
「来る」
刹那から返ってきたのは確信に満ちた答えだった。
「でも、あんな風に本当のことをぺらぺら喋んなくても良かったんじゃねぇの?それに、戦いには駆け引きってもんがあるって前にも俺が言ったばかりだろう」
「嘘をついても仕方ないし、おためごかしは苦手だ」
「まあねぇ……おまえさんのそういうところが好きなんだけど」
「待って……ねぇ、待って!」
女の声がする。聞き慣れた……と思ったのも道理、それはスメラギ・李・ノリエガだったのだ。

2013.6.14


→次へ

目次/HOME