ニールの明日

第六十五話

「私もここに残る」
そう言ったヨハンに見送られながら、ニール、刹那、ライル、ミハエル、ネーナがイアン・ヴァスティの後を追ってキャットウォークに飛び乗った。紫ハロもついてくる。
『シャーネーナ、シャーネーナ』
と電子音で喋りながら。
「おい、こいつ何とかしろよ。耳障りだ」
「なぁによ、ミハ兄。可愛いじゃん」
ネーナがミハエルに反抗する。
「俺にはネーナの方が可愛いぜ」
……シスコンめ。
ニールは密かにうんざりした。赤毛のネーナは確かに可愛いかもしれない。こういう女が好きな男も多かろう。けれど、ニールはどことなく彼女を好きになれない。刹那に迫ってくるのも面白くない。まあ、ネーナは本気ではないだろうし、刹那も好みのタイプではないだろうが。ついでに言うと、ライルのタイプでもないらしい。
それにしても、ネーナの『可愛い』はわからない。紫ハロのことだ。毒々しい色に赤い吊り目。
(どこが可愛いんだ、あんなの)
ニールには相棒の黄色いハロの方がよっぽど可愛く見える。
「わからんな」
刹那がぼそっと言った。
(……やはり刹那にも謎なんだな……)
おかしさが込み上げてきて、ニールの口の端が上がる。
ミハエルは言った。
「でもよぉ、ネーナが来るとは思わなかったぜ。女は嫌いだろ」
「そうよ。アタシ、アタシ以外の女はだいっきらい」
「じゃあ何で来るんだよ」
ライルが少々邪険に言う。
「敵情視察よ」
「んなことしなくてもネーナが一番いい女だって」
こいつらほんとに兄妹か?ニールは一瞬うたぐった。
いや、そう変なやり取りではないかもしれないが、傍から聞いていると恋人同士の会話みたいに聞こえる。
妹を亡くしたニールには、少し羨ましく思えたのかもしれない。エイミーとあんな会話をすることは想像つかないが。
(変な奴らだ)
それがニールの結論だった。しかし、ニールと刹那の熱々っぷりも相当なものである。ノーマルな男性……イアンやライルには理解できないだろう。
「俺の女房と娘は、ネーナ、アンタにゃ悪いが、アンタの数倍美人だぜ」
「ふーんだ。これだからオジサンって嫌い。どうせ自慢の奥さんや子供も大したことないんじゃない?あ、オジサンに似てたりして」
イアンにそっくりの妻子……。
無骨なイアンに似た彼の妻と娘を想像して、思わずニールは吹き出しそうになった。おかしくはあるが、一種の悪夢でもある。
「夢に出てきそ……」
ライルの声が聞こえた。どうやら同じことを考えたらしい。さすが双子。関係ないが。
「くそっ、おまえらおちょくってんじゃねぇ!リンダとミレイナを見たら腰ぬかすからな!」
リンダ……そういえば、リヒティとクリスの子供が娘だったら、リンダにしようと思ってた、という話を聞いていた。
イアン達は広間に出た。
三人の女性が現れた。
「おい、あれ……」
「嘘だろ……?」
ニールとライルが指差してひそひそ語り合う。刹那は全く同じない。
「パパー!」
茶色い巻き毛をツインテールに縛った目の大きな女の子がイアンに向かって手を振った。そのそばで、母親らしき美しい女性が、
「あなた」
と声をかけた。
「リンダ!ミレイナ!」
イアンが妻、娘の順に抱きしめた。
「ミレイナはちょっと大きくなったな」
「パパ。子供扱いしないでくださいですぅ。ミレイナはもう大人ですぅ」
「そうだったな……リンダ」
「はい」
甘い声だった。ニールにも好感が持てた。
「ああ、そうだ。おまえら。これが私の妻と娘だ」
「リンダ・ヴァスティです」
「ミレイナ・ヴァスティですぅ」
リンダは人好きのする美人だし、ミレイナは舌っ足らずだけど可愛い娘だ。
「いやあ、おやっさんに似なくて良かったですね」
「どういう意味だ」
つい軽口を叩いたニールにイアンの鋭い一瞥が。
「……まぁいい。アニュー」
「はい」
その時。
ライルはぽかんと口を開いていた。
薄菫色の長い髪。優しげな微笑み。白い肌。そして服の上からでもわかる抜群のプロポーション。
「アニュー・リターナーです。これからお世話になります」
「あ、ああ……」
ライルは口がきけないようだった。ミハエルとネーナが何か言いたそうに互いを肘で突き合う。
(ライルの奴……惚れたな)
双子の兄弟だ。だが、好みも違わないのには驚いた。刹那がいなかったら、ニールもアニューに惚れていただろう。
何となく刹那の方を見遣る。刹那の長い睫毛が浅黒い肌に影を落としている。どう出るかな、と観察していると……。
「リンダ・ヴァスティ、ミレイナ・ヴァスティ、アニュー・リターナー。初めまして。俺達は……」
と爽やかな弁舌で自己紹介を始めた。
こんなに滑らかに喋る奴だとは思わなかった……と、後にニールは語った。

2013.5.9


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