ニールの明日

第六話

「僕はホテルに泊まるつもりですが、ロックオン、貴方はどうします?」
「刹那を探す」
即答であった。
一日伸びれば、それだけ刹那が遠退く。
「一晩でいいから、ゆっくりして行ったらどうですか?」
「俺は刹那に会いたい」
「そうですか」
「ティエリア、お前さんはアレルヤを探さないのか?」
「待ってます。彼は生きている」
確信に満ちた答えだった。
「貴方に会うまで……正直不安だった。でも、今は信じている。彼の生きているのを。貴方が希望の灯なのですよ、ロックオン」
「希望の灯っつわれてもなあ……」
ニールは面映ゆそうにぽりぽりと頬を掻いた。
「何か照れるぜ」
「貴方には感謝してますよ」
こいつ、表情が柔らかくなってきた気がする…と、ニールは思った。明るくもなった。今までは人形美人だったのに。アレルヤはティエリアにどんな魔法をかけたのだろうか……?
(まるで、俺が刹那によって変わったように)
ニールは今まで家族の復讐と戦争根絶の為に戦っていた。しかし、刹那によって愛を知った。
そして、刹那も変わった。
強くなった。優しくなった。ニールの心の中には、今も刹那が息づいている。
(……刹那。俺の半身。今、どこでどうしてる?)
会ったら一生離さない。二人で明日を共に生きてやるんだとニールは誓った。
どんなことがあっても乗り越えていける。二人ならば。
「俺は、一刻も早く刹那に会いたい。刹那の顔が見たい」
「わかりますよ」
ティエリアが小さな口の端を微かに上げた。……笑ったのだ。
「王留美のところに行くのでしょう?これから」
ニールの目が見開かれた。
「よくわかったな。おまえ」
「貴方はわかりやすいですから」
ティエリアの声にも明るさが点っている。
「自前の夕食が駄目なら、レストランにでも行きませんか?美味しいフランス料理を食べさせる店があるんですよ。とりあえず残った荷物運んでください」
「そうだな」
「食事の時にゆっくりとその後のソレスタルビーイングやトレミーの乗組員達のことを教えますから」
「おお、そいつは願ってもないことだぜ!」
ティエリアと食べた晩餐は美味しかった。だが、ニールの心の中には澱が残った。
(結局何も変わっちゃいない)
カップルの間をすり抜けながらニールは思った。彼らは右目に眼帯をしているニールを不審そうに見ていた。
ティエリアとはさっき別れた。
ニール達マイスターズ以外のトレミーの乗組員達も全員死地の中から生還できたと言うのは嬉しいニュースだった。だが人々はこんなにものんきで、こんなにも無責任だ。クリスマスソングが流れている。人々も流れている。
(よお、おまえら、満足か?こんな世界で……)
ふと、意識を手放す前の自分の台詞が蘇る。
(俺は、嫌だね……)
そして、青く光る地球に指で照準を合わせた。
(こんな世界の為に、俺達は戦ってきたわけじゃない)
きっと刹那も同じ気持ちだろう。戦争については双子のように同じ考えを持つ二人である。
(ライル……)
ニールには本当に双子の弟がいる。だが、精神的には刹那の方がより彼に近い。近いなんてものじゃない。刹那はニールの半身なのだ。
ティエリアはどうなのだろう。彼は今でも待つつもりだ。己が恋人、アレルヤ・ハプティズムを。
「僕は、アレルヤにとっての港でありたい」
先程、食事の席で話したティエリアのそんな台詞を思い出す。
「彼に会って僕は変わった。彼を愛している」
(俺も……刹那を愛している)
刹那・F・セイエイ。何と甘美な響きだろう。そう思うのは恋のなせるわざなのだろうか。
ソラン・イブラヒムはテロリストかも知れないが、刹那・F・セイエイは正義の為に戦うガンダムだ。
黒い跳ねっ毛、吸い込まれるような紅の瞳。いつもは無表情でも笑顔が可愛い。温かい抱きしめた時の体の温度。無感動なようでいて、実は人一倍熱いハートを持っている、刹那。
王留美のところに行かなければ。彼女のところなら、何か刹那に関する情報が得られるかも知れない。
「頼みますよ。お嬢様」
独り言を言うと、ニールはタクシーを拾って乗り込んだ。

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