ニールの明日

第七話

人波が流れていく街並みに見知った二人を見つけた。
「おい、そこ止めてくれ」
ロックオンがタクシーの運転手に呼びかけた。
「早くしてくださいよ。今は混雑しているからね」
「わかってるよ」
後でチップを弾んでやろうと思い、それから日本にはそういう習慣がないのを思い出して、ニールは薄く笑った。それに、チップをやる余裕もない。ただでさえ日本のタクシーは料金が高いのだから。
「リヒティ、クリス」
カップルは自分達を呼び止めた人を見て、目を見開いた。
「ロックオン……」
まるで幽霊でも見たように……いや、幽霊の方がまだ現実感を帯びていただろう。だが、次の瞬間、二人は破顔した。
「ロックオン!あはは!ロックオンだ!ロックオン!」
嬉しそうにロックオンの名を連呼し、はしゃぎながら、リヒティはニールをハグした。
リヒテンダール、ツェーリ。クリスティナ・シエラ。共にトレミーで戦った仲間だ。
「生きてたのね、ロックオン!」
クリスは目尻に涙さえ受かべていた。
「そう簡単にくたばってたまるかってんだ」
刹那に会うまではな……と、ニールは密かに心の中で付け足す。
「でもクリス、俺が生きていたこと、泣くほど嬉しいんだな」
「ち……違うわよ。目にゴミが入ったのよ」
「あ、まさかクリス、ロックオンと浮気する気じゃないだろうな」
「そんな!そんなことあるわけないじゃない!赤ちゃんもいるのに!」
赤ちゃん……?
「もしかして、クリス妊娠してるのか?」
「えへ、あはははは」
「今三ヶ月なのよ」
「いやあ、その、ねえ」リヒティは笑ってごまかす。
「おめでとう!やるじゃないか!リヒティ!クリス!」
ニールが腕を伸ばして二人を改めて抱きしめた。……いや、正確には三人か。
「ありがとう」
リヒティが言った。気が済むとニールは抱擁を解いた。
「結婚は?」
「二ヶ月前に」
「出来てから結婚したのか」
「珍しいことじゃないでしょ?それに……私、リヒティのこと愛してるから」
「前は『好みじゃない』なんて言ってたくせに」
リヒティが妻をからかう。
「私、男を見る目が育ってきたから」
「今の俺はお目がねに叶ってる?」
「もちろん!」
とめどない惚気にニールは呆れた。と、同時に羨ましく思った。
(刹那に会えたらな……)
刹那は子供を産めないけれど、自分とだったらラブラブになる自信があった。もともと恋人同士だったのだから。
「ロックオンは今、何してるっすか?」
「俺?俺は刹那を探してる」
「やっぱり!まだ刹那のこと好きなんすね!」
「当たり前だろ?嫌いになる理由なんてないんだから」
「俺、応援してるっす!がんばってください!」
「ありがとう」
ニールは、今の自分はさぞかし笑顔になっているだろう。
「私達ね、またソレスタルビーイングに戻ろうと思うの」
「今までは辞めてたのか……」
「思うところがあってね。ロックオンもいないし」
「クリス、おまえやっぱりロックオンのこと……」
「あん、昔のことよ!」
「昔!昔に何があったんだよ!」
「ちょっと憧れていたの。それだけよ」
「かーっ、やっぱり!どうせ俺はロックオンみたいな男前じゃないっすよ!」
「ヤキモチ妬かないでよ、子供みたいじゃない」
そう言いながらも、クリスは満更でもなさそうだった。
「それはともかく、また皆と働きたくてさ、真の平和はまだ訪れてないっすからね!俺達まだまだがんばるっす!」
リヒティの瞳は輝いていた。
「子供達の為にもね」
クリスの頬の輪郭が前よりふっくらしているように見える。もうすっかり母親の顔でお腹を撫でる。まだ悪阻はひどいかも知れないが。
「元気な赤ちゃん、産めよ」
パーッ!パッパッ!
クラクションが鳴った。
「お客さん、そろそろ乗ってください!」
「……と、悪い。タクシー待たせてるんで」
当座の金はティエリアから借りた。それで王留美のところまで行くつもりだ。
「また会おうなー」
「了解っすー」
ニールとリヒティ達は手を振り合った。

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