ニールの明日

第二十三話

「グレン、ダシル!」
ニールが二人に声をかけた。刹那がそんなニールの隣に控えている。
「あっ、ニールさん!」
ダシルが駆け寄ってきた。この少年は刹那より年下に見える。本当はどのぐらいの年齢なんだろうか、とニールは考えた。
「おはよう、ニール」
グレンがゆっくりと近付いた。
「で?昨日はどうだったんですか?」
からかうようなダシルの言葉に苦笑しながら、ニールは、
「どうだった、とは?」
と、わざと質問返しをした。
「ダシル!」
グレンは厳しい声で牽制した。
「すみません、グレン様」
ダシルが陽気に謝った。
「でもなあ、あんな声を夜中に出されちゃ、何があったかと、ダシルでなくても思うぞ」
寄ってきたワリスがにやにやしながらニールの肩を突いた。
「俺、アンタらに天幕貸したこと、後悔したほどだったよ」
「済まない、ワリス」
得意さを噛み締めながら、それでもニールは一応謝罪した。
「済まなかった、ワリス」
刹那も脇から謝った。
「なに、冗談冗談。いつものことだよ。尤も、昨夜は皆、そんな元気もなさそうだったがな。余力があったのはアンタ達だけで」
ワリスはすっかり元の調子を取り戻していた。或いはそう見せているだけかもしれないが。ワリスの態度は昨日よりぐっと砕けている。少なくとも、変な遠慮はしていない。
刹那の喘ぎ声が俺達の距離を縮めたという訳か。何かを噛み潰したような妙な感覚を覚えていたら刹那から、
「どうした?変な顔して」
と言われた。
(……ぎゃふん!)
ニールは心の奥で叫んだ。
「ニール、セツナ」
ジョシュアの声だ。
「ジョシュア」
ニールは昨日、ジョシュアの左目を見てしまった。ジョシュアの左目は……完全に潰れていた。
(俺は右目、おまえさんは左目か……)
ニールは複雑な感慨を持ってジョシュアを見た。
ジョシュアは左目の傷を治す気はないようである。過去の自分の愚かさの証として。
(愚かさね……)
戦いは果たして愚かなのだろうか。ニールは必ずしもそうは思わない。しかし、自らの傷ごと死者への魂の重さを担っていこうという考え方は同じのようだ。
「でも、良かったですね、ニールさん、セツナと会うことができて。ね、グレン様。でも、ニールさん達が行ってしまうと、グレン様寂しくなりますね」
ダシルは、グレンと刹那からぎろりと睨まれて焦った様子になった。
「グレン、刹那、勘弁してやれ」
年長者らしく、ニールが窘めた。
「グレン、俺達はソレスタルビーイングに戻るよ」
「そうか……」
グレンは吐息と共に言った。
「やはりそんな気がしてたんだ」
「また会えるといいな」
「そうだな」
グレンとニールが握手を交わした。世界を変えたい者同士の握手だった。
「ワリス。オリバーとプラウダも世話になった」
「ああ。餌は満足にやれなかったけどな」
「あれで十分だ」
グレンは首を縦に振った。
「ニール、セツナ。国境まで送ってやるよ」
ジョシュアが進み出た。
「悪いな、ジョシュア」
「おまえに対してお礼も兼ねてだよ、セツナ。今まで俺達とつきあってくれていたからな」
「ジョシュア……おまえはずっとここにいるのか?」
「そうだな……スティルとレイもいるし、しばらくここに留まるよ」
「ソレスタルビーイングに来ないか?」
刹那のとんでもない一言にニールは目を丸くした。
だが…。
「セツナ、おまえのジョークは笑えるな」
ジョシュアは片頬笑みをした。
「やはりわかるか?」
冗談だったのね……と、ニールは取り敢えず安堵した。
けれども、刹那は誰でもソレスタルビーイングに誘うわけではない。これは、と思う人物にだけだ。ということは、ジョシュアも見込まれたのだろう。少しは本気ということか。
「ニール」
グレンが言った。
「オリバーに乗って見送ってやる。ダシルと」

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