ニールの明日

第二十六話

「ただいま、長老!」
ダシルが元気良く飛び込む。
「おう。ダシルか。久しいのぉ」
「ただ今帰りました」
グレンが片膝をつく。
「グレンよ。そう固くなる必要はない」
「けれど……」
「そちらさんは客人達じゃな」
「私はジョシュア。友人のニールに刹那だ」
友人……?いつの間にそういうことになっていたのか。ニールの心を読んだように、ジョシュアは笑いかけた。
「宜しく、長老」
「おぉ、ご三方。お主達はどうやら奇遇な縁で結ばれておるようじゃの。ニールとジョシュア。お主達は死んでもおかしくない運命じゃった」
「俺はタクラマカン砂漠でね」
ジョシュアが答え、
「俺は宇宙でだ」
ニールが続けた。
「何と言う運の強い者達じゃ。何者かの手が働いているとしか思えん」
長老の黒目がちの瞳が光った。
「この男どもには強い加護が働いているんだよ。特にジョシュア、長老はおまえとまるきり縁のない人物ではない」
「……?」
グレンの言葉に、ジョシュアは首を捻る。
「その通り。わしの名はバルナバと言う」
「バルナバ!」
ジョシュアが大声を上げた。
「バルナバか。聞いたことがあるな」
と、刹那。
「聖書に書いてあるだろうが。慰めの子という意味だ。パウロと伝導旅行をしていた男だよ」
ニールはなけなしの聖書の知識を披瀝した。
「ああ」
刹那は頷いた。
「だが、バルナバはパウロと喧嘩したんじゃなかったっけ?」
「そこまで知らんよ、俺は」
ニールは乱暴に長めの茶色の髪をかきむしった。
「俺の名は両親がつけてくれたのです、バルナバ様」
あれ、下手に出てるよ、ジョシュアの奴。
ニールには、それが何故だか少し可笑しかった。尤も、ジョシュアでなくとも、このバルナバという男には逆らえない雰囲気かある。
「……バルナバでいい」
多少煩わしそうに長老は答えた。
「俺達は長老って呼んでいるけどね」
「ダシル、少し黙ってろ」
「はあい、グレン様」
ダシルはすごすごと引き下がったようであった。
「こんなところでクリスチャンに会えるとは思いませんでした、バルナバ」
ジョシュアが嬉しそうに腕を広げた。
「……わしは、クリスチャンではない」
「では、何を信仰しているのです?まさかその名前でアラーの神をですか?」
「神は生きとし生ける者の中に住んでいる。わしはイスラムも仏陀の神も尊き教えだと思っておるよ」
「つまりまぜこぜなんですか……」
「神とは人間ひとりひとりの中にいる信仰心の表れであると思っておるよ。そこの少年がガンダムを神と思ったところで、何もおかしなところはありはせん」
長老は刹那を真っ直ぐに指差した。
「……この世界に神はいない」
刹那の言葉にニールも頷いた。そのことでだったら、ニールも同意見だからだ。
「そうじゃな、いないと言えばいない。じゃが、ニールやジョシュアのような存在が生きていることについてはどう説明するかね?」
「……ただの偶然だ」
違う、そうじゃない!
ニールは叫び出したかった。
でも、神がいるとすれば、どうして父さんや母さんやエイミーは死んだ。
だが、神がいないとしたら、多分まだ元気に暮らしている双子の弟ライルや、自分のような存在が生きながらえているのだろうか。
神はいるともいないともどちらともいえなくなるではないか。両方とも事実だとしたら。
ニールが神についてああだこうだと考察していると……。
「刹那や」
「はい」
「おぬしの力は神の領域に入るかもしれんぞ」
「はあ?」
いきなり言われてびっくりしたらしい。彼には珍しく、間抜けな声を出した。
「ニールを助けたのも、おそらくおぬしの力だ」
「な……何だって?」
「ニール・ディランディは既に死んでいるはずじゃった」
このじいさん、俺のフルネームを言い当てた!
「なあ、長老って、何者なんだよ」
ニールは比較的口の軽そうなダシルに小声で尋ねた。だが、ダシルは、
「長老は長老だよ」
とあくまでてんとしている。
それにしても……俺が死んだってどういうことだ?
確かに、こんな世界は嫌だった。だから変えようと思った。
ああ、俺は死ぬんだ、宇宙で……とあの時思った。だから、刹那に……最愛の少年に全てを托そうと思った。
あの時と、飛行機事故の時だけだ。本気で死ぬと思ったのは。
でも、刹那が守ってくれた。事故の時は。だから、宇宙でも彼の力が庇ってくれたのだろう。
そういえば、ジョーの奴、俺の体が光に包まれていたって……ランスから間接的に聞いてたが。
「おぬし達に生きて欲しかった存在の想いが、おぬし達を生かしているのじゃろう。命は大切にな。他人のも……自分のも」
「はい」
ニールとジョシュアが殆ど同時に返事をした。

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