ニールの明日

第二十七話

「ジョシュア、話がある」
グレンがジョシュアを呼ばわった。
「ジョシュアを借りてくぞ、ニール、セツナ」
「ああ」
「別に構わないぞ」
「そっか、じゃあな」
ジョシュアがひらひらと手を振る。
「ダシルは置いていく。ダシル、ニール達の案内頼む」
「わかりました!」
グレンの命令にダシルは頷いた。
刹那と二人きりになるチャンスだったが、ダシルがいてもニールは特に不満を感じなかった。ニールはダシルが好きだからだ。勿論、友達として。
ダシルは優しくて、人に気を配れる少年だ。ユーモアも持ち合わせている。グレンに対しては子犬みたいに可愛い。しかし、芯の強さを秘めた性格でもある。グレンとは似ていないようでどこか似ていた。
「こっちです。ニールさん、セツナさん」
黒い煙が少し離れたところから見えた。ニールと刹那は話をしていた。
「あ、そうだ。刹那、ティエリアに会った時、あいつ、おまえと連絡つかないって言ってたぞ」
「だろうな」
刹那はいつもと同じ涼しい顔で答えた。
「だろうなって……何でだよ。俺の端末は充分通じたぞ」
「済まない。端末を持って来なかったんだ」
「はあ?!持ってけよ!常識だろ?!ああっ、もうっ!」
「忘れたんだ、もう許せ」
「許すけどさぁ……」
ここまで苦労してたどり着いたのは何だったのだ、という気がニールにはしてきて、脱力した。刹那が端末を持っていたなら、簡単に通信ができたものを……とニールが考えた時、ふと何かが引っかかった。
この辺りでは端末が繋がるのだ。ティエリアとも話が通じた。この村でも、多分、端末は繋がる。試してはいないが。
「なあ、ダシル」
「何です?ニールさん」
「どうしてここでは文明から切り離されたような生活してるんだ」
もちろん、ニールはそれを悪いことだとは思っていない――むしろ好ましく思っていたのだが、ダシルが珍しく怖い顔をしてこちらを見遣った。しまった、という想いと、「馬鹿!」という刹那からの小声の叱咤が同時に来た。
「ここにも文明はありますよ。ニールさん達のとは違うだけで」
「ダシル……」
さっきの鋭さは無くなったが、まだ機嫌が治らないのを隠しもしない少年にニールは、
「悪かった」
と謝った。今度は自分が謝る番だと思ったからだ。
ダシルは背中を見せ、深呼吸をし、振り向いた時にはいつもの彼だった。
「この村の皆はさ……必要以上の贅沢な暮らしはしない。だから、この村はこれでいいんです」
「……この村ではガンダムはどういう位置づけがなされている?」
気になるのか、刹那が質問した。
「未知数……だと言ってました」
「俺もガンダムパイロットだった」
「へぇ、そうなんですか。俺も見たことがありますよ」
「世界中飛び回っていたからな」
「何て言う名ですか?」
興味を持ったようにダシルがきいた。
「エクシアだ。……ガンダムエクシア」
刹那はどこか懐かしさと愛しさを噛み締めるように言った。ニールが軽く嫉妬を覚える程に。
「俺にはよくわかんないですけど……長老はガンダムに好意的でした」
ダシルの口元が綻びた。
「何故だ?ガンダムは自然のものではないぞ」
刹那がまたきいた。
「質素な暮らしをしていても、俺達は決して科学の進歩を否定しているわけではないですよ」
「おまえらは自然至上主義ではないんだな」
「そうだと思っていましたか?」
「ああ」
「暮らしぶりから見たら、そう思われるのも無理ないかもしれませんが」
「ああ、だがここは好きだ」
「嬉しいです」
刹那の台詞にダシルが微笑みを見せた。
「俺もだ」
ニールも応えた。ここを気に入ったのは本当だ。そして思った。
(そうだ……刹那は、自然至上主義者達のアジトのことを連想したんだろう……でも、ここはそうではないみたいだな)
自然至上主義者達は、ガンダム本体にはかすり傷ひとつ負わさないが、国連での発言力はある程度はある。彼らの立場もわかるし、彼らにも生きる権利がある。ガンダムは、彼らの存在理由自体左右しかねない。
彼らにとって、ガンダムは戦う鉄屑だ。確かグレンもそう言ったではないか。彼らはガンダムを認めない。グレンは彼らとは違うのだろうか。
……ああ、そういえば、グレンはソレスタルビーイングという組織自体を憎悪していたようだった。
風が通り過ぎた。
グレンはニールと過ごすうち、徐々に態度を軟化させていった。
「俺はガンダムより、ソレスタルビーイングが憎い」
そう心情を吐露されたこともあった。
ガンダムという機体よりも、その後ろでうごめく組織ということか。
「ダシル、おまえはガンダムが……ソレスタルビーイングが憎くないのか?」
ニールが尋ねる。
「憎くないと言ったら嘘になるけど……」
ダシルが答える。
「でも、そんなこと言ったら、俺達、死と隣り合わせですし……それに俺、人を憎みたくはないんです」
好悪の情の激しいグレンを思い出して、ニールは、あの激情家の少年には確かにダシルがいて良かったんだな、と納得した。
罪を憎んで人を憎まず。言うのは容易いのに、何故人は憎しみに躓くのだろう。
俺もそうだった。ニールは思い返す。
あれは……確かに復讐だった。
父さんと、母さんと、エイミーの為に。そして何より自分の為に。
だから……神は一時期ニールから刹那を奪った。結果的にはそうなる。
これがライルだったら……どういう行動に出ただろうか。ニールは詮ないことを考える。
ニール達はさくさくと歩く。時折、世間話めいたことをしていたが。
「おーい。ダシル。そっちは客人がたかい?」
突飛な服を着たダシルと同じ年格好の少年がダシルを呼ぶ。
「そうだけど?」
「ああ、ねぇ、お客さん、何か買わない?」
少年は今度はニールに声をかけた。アクセサリーなどを売る露店をやっているらしかった。

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