ニールの明日

第二十二話

「ティエリア!ティエリアやったぞ!刹那に会えたんだ!」
端末の向こうから、ロックオン・ストラトスこと、ニール・ディランディの声がする。
「……それは、良かったな」
ティエリアは、ずれた眼鏡を直す。
「ニール、代わってくれ」
「刹那……」
ロックオンと刹那が並んでいる光景が目の前に浮かぶ。映像つきの端末なのだ。
「おめでとう、ロックオン、刹那」
「ありがとう、ティエリア」
「おまえも早くアレルヤと会うことができるといいな。もちろん、俺達も会いたい」
「そうだな……」
「それから、俺もモレノに会ったよ」
「良かったな、刹那。急にそちらには行けないが、宜しく伝えてくれ。……リヒテンダールとクリスティナも元気だぞ」
「ロックオンから聞いた。子供も生まれるんだってな」
世間話を二、三分ほどした後、ティエリアは電話を切った。ふぅ、と溜息をつく。その心には憂いがあった。
「聞いたか?アレルヤ」
ティエリアはアレルヤの写真に話しかける。
「刹那が見つかったってさ。……君は今どこにいるんだい?」
シャンパンを開ける。ひとつは自分に、もうひとつは行方不明の友、アレルヤに。
「今日は君にも飲んでもらうぞ。……乾杯」
グラスの触れ合う音がした。

「ニール……今まであったこと、少しずつでいいから話してくれないか」
「その前に……やることがあるだろ」
ニールは汚れた灰色のシーツに押し倒した。
「ニール……こんな時に!」
「こんな時だからこそ、慰めてもらいたいんだよ。俺の……刹那」
エロスとタナトスは仲がいい。ニールもいつもより心が昂ぶっていた。
刹那はニールの眼帯に手を伸ばす。するっとなぞった後、指が離れる。
「目の傷……治らないのか?」
「少なくとも今は治らないって、モレノから言われたな」
「痛まないのか?」
「時々疼くことはあるけど……多分平気だ。まだ狙い撃つこともできるしな」
「おまえは……強いな」
刹那が微笑んだ。ニールはごくりと生唾を飲み込んだ。
ニールの口づけを刹那は黙って受け入れた。

砂漠の朝日は雄大だ。ニールは扉を開けて、オレンジ色の陽射しを入れた。刹那が燃えているように見える。
「ん……」
全裸の刹那がもぞもぞと起き出した。下着を着けるとニールの傍に来た。
「ああ、朝か……」
刹那は黒髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
「おはよう、刹那」
ニールは愛しくて堪らなくて、優しい声で挨拶した。
「ん……」
ニールの傍に刹那がいる。昔は当たり前だったその光景。一体いつから当たり前でなくなったのだろう。こうした朝を迎えるのは、何ヶ月ぶりだろう。
ワリス達は気をきかせてニールと刹那に二人用のテントを宛がってくれた。ニールは、刹那の艶姿を久々に拝めたそれだけでも、ワリスに感謝してもしきれない。
(ありがとう)
ニールは胸の奥で礼を言った。
「ニール……あんたとここで出会えて、嬉しい……」
「俺もだ」
ニールが刹那にキスをする。
「ジョーとボブが見つけてくれなかったら……俺は今でも宇宙空間をさまよっていたな……刹那、おまえは何でこんなところにいた?」
「じっとしているのが辛かった。後、おまえを探そうと思った。こんなところにいるかどうかの自信はなかったが……」
「ちょっと待っていれば、もっと早く会えていたかもしれなかったのにな」
「悪かった」
「いいさ」
ニールは刹那の髪を梳いた。
「それに……俺達が変えようとしたこの世界がどう変わったか、この目で見てみたかった」
「それで、どうだった?」
刹那は浮かない顔で首を横に振った。
「世界は変わっていない。むしろ、前より悪くなった」
「そうだな……」
内戦、国と国との戦い。アロウズの台頭。恐怖政治の復活……。情報はグレンや、時折端末で連絡を取っているティエリアから入ってくる。齎されるデータには、ニールにも頭の痛いことが多過ぎる。
「ニール」
刹那が真顔になった。
「ソレスタルビーイングに帰らないか?あそこには……ガンダムがいる」
「待てよ。グレンとダシルには言っておかなければ」
刹那は睨むようにニールを見遣った。
「わかってる」
今のは……嫉妬か?
ニールはますますこの少年が愛おしくなった。
「妬くなよ、刹那、俺にはおまえだけだ」
ニールは刹那にじゃれついた。
「なあ……もう一戦」
「……馬鹿。人が来るだろ?」
「構わない」
「俺が構う」
「……じゃあ、我慢する。それでいいだろ?刹那」
「ああ」
刹那の顔がさっきから赤くなっているのは、決して太陽のせいばかりではないだろう。
落ち着いたらまたうんと可愛がってやろうと心に決めたニールであった。

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