ニールの明日

第二十八話

「こら、リャド」
「何だよ、ダシル」
アクセサリー屋の少年はリャドと言うらしかった。ダシルとは悪友というか、そういった感じだった。
「ねぇ、お客さん、何か買ってってよう」
「客人方に馴れ馴れしくするな」
リャドをダシルが牽制する。
「それが久々に会う友人への態度?」
リャドがダシルにちらりと一瞥をくれる。
ニールが微笑みながら、
「いいじゃないか。どれか買ってってやるよ」
と、言った。
「お兄さん、いい男ッ!名前何て言うの?」
「ニール・ディランディだ」
「宜しく、ニール。そっちの可愛い少年は?」
「刹那・F・セイエイ」
ニールは刹那を褒めてもらっていい気分になりながら答えた。恋人を良く言われるのは悪い気分ではない。
「あ、あー、もしかして」
リャドが刹那を指差す。
「アンタ達恋人同士じゃない?」
刹那は無表情のまま立っていた。
「おい」
ニールはダシルに密かに囁いた。
「おまえの友達、もしかしてこれじゃないか?」
ニールはカマを表すジェスチャーをした。ダシルが首を捻っていると、ニールは続けた。
「つまり、男が好きとか」
「ああ」
ダシルは得心がいったようだった。
「ちょっとそういうところはありますね。あいつ、女にもちょっかい出しますけど」
「……両刀使いか」
「ちょっと!何内緒話してんのさ」
「な……何でもないよ」
ニール達はお互いぱっと離れた。
「そ、それよりどれ買おうかな」
ニールはごまかそうとリャドの店のアクセサリーを物色し始めた。
皮のブレスレット、綺麗な石のネックレス。大きな白い飾りのついたピアス。そして……。
輝く宝石らしい光るものをあしらった指輪。
それを見てニールが思った言葉。
婚約指輪。
「リャド」
「はいっ!」
ニールが声をかけると、ダシルと言い合いをしていたリャドはぴんと背筋を伸ばす。
「これ、いくらだ?言い値で買おう」
「ありがとうございます!」
「……刹那。これ嵌めてみてくれ」
「あのう、ニールさん?それ女ものなんすけど」
「指のサイズはわかってる。ぴったりなはずだ」
「……わかりました」
リャドは、ニールの刹那への愛に少々苦笑しながらも快諾した。
刹那は何も言わず手を出す。
太陽の照り付ける中、ニールは刹那の細いしなやかな指に指輪を嵌める。ニールが予言した通り、大き過ぎもせず、小さ過ぎもせず、ちょうどいい大きさのリングだった。
「いいねぇ、ああいうの」
リャドは溜息混じりに感嘆した。そして、
「アンタもやんなさいよッ!グレン様とッ」
と、ダシルの肩をどやす。
「だーかーらー。グレン様と俺はそういう関係じゃないと何度言ったら、わかるんだよッ!」
「あら、違うの?」
「全然違う!そんなことを考えるのは、グレン様に対する冒涜だ!」
「あのー」
「あっ、ニールさん」
リャドが我に返ったようだった。
「これ、いくらするんだ?」
ニールの質問に、リャドは値段を教えた。
「高くないか?」
ダシルは不満そうだ。
「高い?これでも勉強してるんだよ」
リャドが唇を尖らせる。
「その石だってガラス玉のくせに」
ダシルが応酬する。
「いいのよ!愛を示せれば!」
「まあ、まあ」
ニールが二人の間に割って入る。
「言い値で買おうと言ったのは俺なんだし」
「ニールさん、やっぱりいい男だなあ、どっかのガキとは違って」
リャドの言葉に、ダシルはふんっと鼻息を飛ばした。ダシルの年相応な姿をニールは見た気がした。何となく和んでしまった。
ニールがくすっと笑う。
「じゃ、いただくよ」
ニールは金額を払った。随分安かった。ダシルは高いと文句をつけていたが。
「ほら、あれが大人の男の態度ってもんよ」
「ニールさんがいい男なことぐらい、俺だって知ってるよ」
リャドとダシルがそれぞれに言う。
「ありがとう、リャド」
「どういたしまして」
ニールが礼を言うのに、リャドが笑って応じた。
刹那は指輪を弄っていた。
「刹那、気に入ったか?」
「……ああ」
「それ、婚約指輪だからな」
「わかってる」
刹那が大切そうに撫でているのを他の者達は笑顔で見守っていた。わけても、ニールはそんな恋人を愛しく眺めていた。
(ティエリアから借りた金で買えてよかった……)
刹那と再会する前、ニールはまたスナイパー稼業で働いていたのだが、血に塗れた金で刹那への婚約指輪を買いたくはなかった。
それが自己満足なのはわかっている。ニールの手が血で染まっている事実にも変わりはない。
だが、刹那には綺麗でいて欲しかった。
瞬間、キラッと恋人が日の光に照らされて輝いた。
ニールは目を眇めた。

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