ニールの明日

第二十一話

この気配は……まさか!
刹那の心臓が踊り狂っている。
振り向くのが怖い。でも振り向かなくては!
心が千々に乱れる。長い時間が経ったように思えたが、実際には一分もしなかったであろう。
刹那は思いきって後ろを振り向いた。
ずっと探していた男、ニール・ディランディがそこにいた。

(これは夢か……!)
ニールは思った。
夢なら覚めないでくれ。
まさか、目の前に刹那・F・セイエイがいるとは。
刹那……俺の愛した少年!
「刹那!」
呪縛から解き放たれたように、ニールは刹那に駆け寄って抱きしめた。
「刹那!刹那!もう放さない!」
ニールは泣いていた。
刹那もニールの腕の中で泣いていた。
モレノが拍手をした。
続いて、そこにいた皆が。グレンだけが何もせずにその場に立っていた。
「そいつがセツナか?」
二人が落ち着いた頃、グレンが声をかけた。
「そうだ。おまえに似てるだろう?」
グレンが刹那を凝視する。
「……そうだな。そう言われれば似てないこともないかもな」
「すみません、セツナさん。ニールさんのこと、もっと早く言うべきでしたが」
ダシルが謝った。
「謝らなくていい。俺達はこうして会えたのだから」
「何か今日はいろいろあり過ぎて……悲しんでいいんだか喜んでいいんだかわかんないや……」
ダシルは目元を拭う。
「行くぞ、ダシル」
グレンの口調に少し棘があるように聞こえたのは気のせいだろうか。
「わかりました。じゃ、後で」
「俺達も」
ニールが後に続こうとする。その前に、刹那の耳元で囁いた。
「話は後で……な」
刹那はこくんと素直に頷いた。
「済まないね。客人に手伝わせて」
ワリスが言うと、グレンは、
「いいんだ。俺達、仲間だろう?」
と答えた。
「俺だって仲間だ」
ニールは手当てを手伝いながら話す。
「ニールの仲間なら、俺にとっても仲間だ」
刹那も怪我人の患部に薬を塗る。
ジョシュアという男は他の兵の話を聞いてやっている。
「しかし、刹那。おまえさんにまた会えるなんて思わなかったぞ。それに、その鮮やかな手つき」
モレノに感心されて刹那の表情が和らぐ。
「まあ、いろいろあったからな」
「いい表情になったな。恋は人を変えるか」
「そんな……恋だなんて……」
珍しく刹那がオタオタしている。ニールは微かに笑った。
だが、すぐに落ち着いた刹那は、ニールの方をちらりと見遣る。そして声高に言った。
「ニール、手が留守になってるぞ」
「おっ、すまねえ」
二人のやり取りに患者はにやにやしながら、
「アンタら、お熱いねぇ。こっちまで熱波がびんびん伝わってくらぁ」
と囃した。
「よし、これでいいだろ」
包帯の上から刹那がしたたかに患部を叩く。
「いっ、てぇ~~~!」
「そいつにからかいはご法度だぜ」
ニールが気安く口を出す。
「人のこと言えるか?ニール」
「確かに。でも、俺は刹那のことなら何でも心得ているからな」
「言ってろ」
少し赤くなりながらも刹那は吐き捨てるように呟いた。
全く。素直じゃないんだから。
グレンは彼らから少し離れたところで黙々と治療を続けている。
こいつらともお別れかなあ、とニールは思った。グレン達はクルジスを取り戻せるだろうか。それを見届けたい気もニールにはあったが、彼には刹那がいる。
刹那がソレスタルビーイングに帰ろうと言うのなら、自分もついて行こうと思う。たとえグレンと敵味方になっても。
ジョシュアの台詞が切れ切れに聴こえてくる。
「ガンダムデュナメス……タクラマカン……撃墜……ランス……」
(デュナメス……デュナメスだって?!それにランスって……)
ニールはジョシュアに詰め寄った。
「聞きたいことが二つある。もしかしてタクラマカン戦に参戦してたのか?それからもうひとつ、ランスとは知り合いか?」
「タクラマカン戦でガンダムに撃墜されたところをランスさんに看てもらったんだ。スティル達に連れられてな」
「おまえの上司は?」
「教える必要があるか」
「じゃあ言おう。俺はガンダムデュナメスのパイロットだった!」
「ニール……!」
刹那の声が飛んだ。しかしニールは止まらない。
「ニール・ディランディは俺の本名だ。コードネームはロックオン・ストラトス」
「ロックオン……?」
「ガンダムデュナメスは宙に散った」
「そうか……」
ジョシュアはうなだれた。
「あんたを見た時、懐かしい感じがした」
「懐かしい?」
「今度は俺の質問に答えてくれ。ランスは今、どうしてる」
「……コロニー開発に従事してるよ。医者としてな」
「あそこは危険も多い。ランスさんは大丈夫だろうか……」
「あの医者は結構タフだよ。モレノに似ている」
「だろうな。ランスさんとモレノさんは仲が良かったらしいから」
「今でもいいぞ」
モレノが大声で割って入った。
「今でもいいとさ」
「…………」
ウィンクをしたニールにジョシュアは押し黙った。
「あ、あのな……」
ニールはぎこちなく切り出した。
「デュナメスで怪我を負わせて……悪かったな」
「いいさ。それが戦争だ。おまえだって負傷したろ?」
ジョシュアは微笑んだ。
「でも、俺達は……誰ひとり傷つかない世界を作ろうと……!」
「そんなことは無理だ。人間が人間である限りな」
今度はニールが黙る番だった。ジョシュアが続ける。
「むしろ俺はあんたに感謝している。あそこで撃墜されなければ、生き方は変わらなかった。スティルやレイにも会えなかったし、神にも会えなかった」
「神だって……?」
ニールは目を見開いた。
何を言うんだ?この男は。
神がいるなら、どうして俺は家族を失った?唯一残った肉親のライルとも離れ離れになった?裏稼業に身を落とすことになった?
「この世界に神はいない」
「……セツナと同じこと言うんだな」
ジョシュアに指摘されて、ニールは思わず刹那を振り返った。刹那はモレノの傍でさっきのとは別の兵士の火傷の治療をしている。
「おまえは神を見たことがあるのか?」
ニールは真剣な顔でジョシュアに詰問する。
「ない。でも感じるんだ」
「……馬鹿馬鹿しい」
「ロックオン……ニールでいいか?」
「何だ?」
ジョシュアがこれ以上世迷い言を言うなら、自分から声をかけておいて悪いが話を切り上げよう、とニールが考えていた時だった。
「グラハム・エーカーという男に会うことがあったら伝えてくれ。『世話になった、いろいろ済まなかった』と」
「グラハム……」
「かつての俺の上司だ」
ジョシュアはサングラスを外してニールを見据えた。

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