ニールの明日
第二十五話
人を乗せた馬二頭の後をジープがついて行く。
「おーい、長老とやらのいるとこはまだかい?」
ジョシュアがきく。口に砂が入りでもしたのだろう。ぺっ、と唾を吐いた。
「もう少しですよ」
ダシルが答えた。しばらくしたところで指をさす。
「あっ、ほらそこです」
なだらかな下り坂の向こうに村落らしい場所がある。あそこに長老がいるのか、とニールも納得した。
「ここが、僕とグレン様の育った村ですよ。懐かしいなあ」
「あまり帰ってきてやってなかったからな」
ダシルもグレンも忙しかったのだろう。ニールにもいろいろあったのだし。
「あれがおまえ達の故郷か……良いところだ」
馬のそばに横付けしたジープからその村を見た刹那は感嘆したようだった。
「へへっ、でしょ?」
ダシルが得意そうに指で鼻の下を拭う。
「まあ、俺達が育ったところだからな」
グレンも上機嫌なのを隠さない。
「長老のところへ案内してくれ」
刹那の言葉に、
「わかりました!」
と言うダシルの言葉が返ってきた。
ジープを降りて村に入ったニール達は辺りの家々を眺めた。だが、それは24世紀に何でこんな古めかしい建物があるのか、ニールでなくとも首を傾げるような代物ばかりだった。
(まるでタイムスリップしたようだな)
だが、それも趣があっていいと思った。この地域の人間は、昔から連綿とこういった住居で暮らしていたのだろう。
科学の進歩が必ずしも人間を幸せにするわけではないしな……と、ニールは思った。むしろ、それは不幸を齎す時もある。
彼は羨ましさすら覚えた。グレンに。ダシルに。まだ見ぬ長老に。
(ここが、グレンとダシルの育った土地……)
あの二人はどうやって成長したのだろう。手に手を取り合って仲良く過ごしたのだろうか……。ニールはそんなことを考えてほっこりした。
その時、鳥の鳴き声が聞こえた。丸々と太った鳥が物陰から現れた。
「待ちなさーい」
おかみとおぼしき女性の声がする。ニールは反射的に鳥を抱き上げた。
「ああ、ありがとう。白い人」
言葉は通じるようだ。ニールも暇な時にこの地域の言葉を勉強していた。それがこんなところで役に立つとは思わなかった。
白い人……か。
違いない。ニールは思わず笑いが込み上げてきた。
おかみは人の良さそうな笑みを浮かべ、小首を傾げている。
「どうぞ。今度は気をつけて」
「はい」
おかみは人の良さそうな顔に笑みを湛えた。
「おや、そこにいるのはグレンとダシルかい?」
おかみの言葉に、二人は、ああ、そうだ、とか、久しぶりです、などと、他愛ない会話を交わす。
「グレン、この不良息子。いつまで戦いごっこをしてる気だい?長老が心配なさってたよ」
戦い……ごっこだって?
ニールにも、グレン達が真剣だと言うのはわかるのだが。
「今度の戦では何人殺したんだい?ええ?」
「リムおばさんこそ、一体今まで鳥を何羽殺してきたんです?」
グレンも負けてはいない。
「ダシル、グレンに何か言ってやってちょうだい。そこの白い人でもいい。あたしゃあんたらが心配なんだよ」
「でも、グレン様はこうと決めたらてこでも動かないしさあ」
「同感」
ダシルとニールがリムおばさんに答えた。
「まあ、そのことは今はいいけどさ、随分とグレンに似た子もいるじゃないの。……あんた、名前は何て言うの?」
「刹那だ」
「そっちの白い人達は?」
「ジョシュア」
「ニール・ディランディ」
「ああ、さっきは世話になったね。ニールさん。怪我しているのかい?」
右目の眼帯のことを言っているのだろう。
「いや、まあ……」
「まさか、グレン達が巻き込んだせいじゃないでしょうね」
「それだけは違います」
グレンの名誉の為に、ニールは、はっきり宣言した。
「ニールさん……セツナさんもジョシュアさんも、泊まっていくんだろ?今夜」
「特には決めてませんでしたがね」
「じゃあ決まりだ。とっておきの料理を御馳走するよ」
リムおばさんはニールの手を取った。余程彼が気に入ったらしい。
「グレン、ダシル、あんたらは戦争から手を引いたら食べてもいいよ」
「そんな……冗談でしょ?」
ダシルが世にも情けない声を出す。
「何が冗談なもんか……と言いたいところだけど、長老はあんた達の肩を持っているからね。長老も物好きだこと……ま、今夜は客人の方々の為にもうんと腕をふるってあげるとするさ」
リムおばさんの浅黒い顔に笑顔が点る。口ではグレン達を戒めているが、悪い人ではないらしい。思ったことはぽんぽん言うが、腹は綺麗そうだ。
「じゃ、俺達、長老のところに挨拶に行くから」
ダシルがリムおばさんに手を振った。
「ああ、そうしてちょうだい。きっとお喜びになると思うよ。ゲリラ兵なんか辞めたら、もっとお喜びになると思うがね」
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