ニールの明日

第二百四十六話

「リボンズ……」
 コーヒーの残り香がまだ漂っている部屋の中――。
 刹那はリボンズの変わりように、刹那が呆然とする。席から立ち上がったリボンズが自分を指差して咆哮する。
「あの男はこの僕を慰み者にしたのだ! 下等生物のくせに! あの男が死んだ時は愉快だったね!」
「彼を――リボンズを止めてください。この部分は記録には残しませんから」
 カティ・マネキンが落ち着き払いながら言う。
(――無駄じゃないのかねぇ……この話し合いは、イノベイターには筒抜けらしいしな。――尤も、イノベイターを慰み者にしたと言うんで、アレハンドロ・コーナーに怒りを抱いた者もいるかもしれんが)
 な、刹那――という風に、ニールは刹那に頷きかける。刹那も首肯する。
 それにしても――あのアレハンドロ・コーナーは趣味が悪い、とニールは密かに考える。リボンズが聞いていようがいまいが、そんなことはどっちでもいい。
 確かに、リボンズは美少年には見えるのだが、かなりな年齢である可能性も否定出来ない。――それはニールの考えであるかもしれないが。
「まぁ……少し気持ちを鎮め給え。リボンズ」
 窘めたのは、意外なことに、ビリー・カタギリだった。リボンズも一過性の興奮が冷めたらしい。
「あ、ああ……済まない」
 そう言って、リボンズはまた座った。
「済まないと言うのはこちらの方だ。リボンズ・アルマーク。……嫌なことを思い出させて、悪かった」
 刹那も謝る。
 でも、本当に嫌だったのだろうか――。
 ニールは心の片隅でひっそりと思う。リボンズのことだ。アレハンドロ・コーナーを操る方法は他にいくらでも考えついただろう。リボンズの悪魔的な知能で。
 アレハンドロ・コーナー……少し調べてみたが、彼はそう思慮深い男ではなかったらしい。彼はそう見せたがったかもしれないが。彼の信者はまだ少数は存在しているが、ニールは密かに(気が知れない……)と思った。
 リボンズ・アルマーク。アレハンドロ・コーナーを支える振りをして操っていた男。アレハンドロ・コーナーのお小姓であることは、当時から有名であった。
(それが嫌で嫌で堪らなかった――と)
 けれども――もしかしたら、リボンズはアレハンドロ・コーナーに期待していたのかもしれない。自分達が信頼を寄せる人物であることを。
 だが、それは裏切られた。
 アレハンドロ・コーナーは自分の地位と名誉だけを重んずる、凡百の輩に過ぎなかったと。それが、コーナー家の悲劇でもあった訳だ。
 そして、リボンズはますます確信する。――イノベイターこそが最強だ、と。
「リボンズ。お前は人間を憎んでいるのか? 恨んでいるのか?」
 ニールの言葉に、リボンズは鼻を鳴らした。
「人間は――最低だ。人間は愚物だ」
 この『人間は』のところに、『アレハンドロ・コーナーは』と言い換えてもいいような気がして来た。リボンズの表情が固い。
 アレハンドロ・コーナーは美少年好きだったらしい。だから、リボンズも自分の色香で彼を落とそうとした。だが、あの男には、そうやって堕落させる価値もなかった。
「アレハンドロ・コーナー……あの男は僕を天使だと言っていた。悪魔の方が近いと、見破ることも出来ずにな……もう少しマシな男だと思っていたんだが」
「リボンズ。一連の発言はこの会議に相応しくありません。――記録をやめますよ」
「カティ・マネキン。――それはもう手遅れだ」
 リボンズの言葉に、ニールも首を縦に振った。
 この会議をイノベイター達が見聞きしているのであるならば――。刹那が言った。
「イノベイター達は、この会談を興味深く見守っている。――いろんな意味でな」
 いろんな意味――と言うのは、アレハンドロ・コーナーとリボンズ・アルマークの二人のことについてもだろう。ビリーは肘をついて、溜息を吐いた。
「リボンズ。君がアレハンドロとどんな関係であったかもどうでもいい。アレハンドロが男色家だろうが、そんなこともどうでもいい」
 ――ビリーは極めてノーマルな男らしい。
「うむ。私もビリーに賛成だ」
 ホーマー・カタギリもビリーと同様らしかった。
「それでは――アロウズはイノベイターの味方をするのか?」
 ミスター・ブシドーが言った。
「ああ……私は人間だが、次の世代はイノベイターのものになるのかもしれない。私は旧世代の男として、人間達の末路を見守っていくよ」
 ホーマー・カタギリが呟いた。それは、全世界の人間達の気持ちを代弁しているようなものだった。
「ホーマー・カタギリ。これからはイノベイターと人間が手を携えて共に歩んで行く時代だ」
 刹那が言った。
「反対だ」
 ――今度は静かにリボンズが反駁する。
「何故だ」
 刹那が気色ばむ。彼の表情は動かないままだったが。
「その訳はさっき言った。人間は愚かだ。世界はイノベイターのものだ」
「けれど、人間と争い合うなら、イノベイターだって、充分愚かではないのか?」
「――口の減らない男だ」
「私は刹那・F・セイエイに賛成だ」
 ミスター・ブシドーが声明する。
「グラハム……」
「ビリー、あの男はグラハムではない。グラハム・エーカーは死んだ。あの男はミスター・ブシドーだ」
「……叔父様、グラハムを勝手に殺さなくても……」
 ホーマー・カタギリの言葉にビリーは口をへの字に曲げる。ミスター・ブシドーがくっくっと笑う。
「相変わらずだ。ビリー。だが、こんな茶番はもう終わりにしよう」
「同感だ。ミスター・ブシドー」
 リボンズが頷いた。ホーマー・カタギリが改めて自分の考えを発表する。
「それで、私としては――アロウズをCB・カタロン同盟と一時停戦させる」
「ふふん。自分が傀儡と知らずに」
 そう言って――リボンズは席を離れ、手に持っていたスイッチを押した。会場が爆発する。
「リボンズ……!」
 爆弾は会場の一部を破壊しただけで済んだ。煙が晴れると、リボンズはいなくなっていた。会場にいた他の人間――ホーマー・カタギリ以下数人は全員無事だった。カティ・マネキンも――。
「リボンズが逃げた! 出入口を固めよ!」
「ようそろ」
 ホーマー・カタギリの命令にニールが答え、走り始めた。刹那もついてくる。
「刹那――どう思う?」
「リボンズはアロウズからも孤立した。……しばらくは何も出来ん」
「そうであればいいがな――」
 アロウズの人員もリボンズ・アルマークを探したが、当然のことながら、彼はどこにもいなかった。
「――リボンズは本気ではなかったらしい」
 刹那は自分の考えを口に出した。
「どうしてそんなことがわかる?」
「本気だったら俺達を全員殺しにかかるだろうからだ。あいつは猫とおんなじだ。ねずみをいたぶりながら殺していく――」
 ニールはそれを聞いて、ぎりっと奥歯を噛んだ。
「刹那……それでもリボンズを救おうとするのか?」
「当然だ。ますますその決意が固くなった」
「とんだお人好しだ――」
 だが、そんなところ、嫌いじゃない。――ニールはそう思いながら、刹那の頭を撫でる。刹那は訝し気にニールに撫でられた頭を擦った。
「この会議にリボンズが出席したのは、CBを追い詰めること――いや、CBを追い詰めようと考えるイノベイターを増やすこと。それに尽きる」
「な……人間対イノベイターというのは、リボンズにとってはマジだったのか!」
「彼らにとって、俺達は敵でしか有り得ないだろう……」
 彼らと言うのは、対人間派のことである。
「だが、俺にとっては、人間もイノベイターと同じくらい愛しい。例え、リボンズ・アルマークにとってはどんなに愚かに見えようともだ――人間には人間の良さがある」
「刹那……」
 ニールは刹那を抱き締めた。
「何をする……ニール……」
「お前が、好きだ。イノベイターであろうと、人間であろうと、俺は、刹那・F・セイエイが大好きだ――」
「こんな時に何を言って――」
「聴こえるか? 俺の胸の鼓動を……どんな存在であろうと、この胸の太鼓の鳴り続ける限り、俺達は生きていく。それならば、愛しい者と一緒にいた方がいい」
「ニール……」
 刹那はうっとりと言ったが、やがて、ばっとニールを押しのけた。
「おい――」
 いいところでおあずけを食らわせられて、ニールは怒るというより慌てた。――ダブルオーライザーが目の前にあった。というよりも、いた。
「ダブルオーライザー……」

2018.07.15

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