ニールの明日

第二百四十七話

「ダブルオーライザー……」
 ニールが呆然と突っ立っていた。ダブルオーライザーは雄々しい姿で現れた。砂埃に混じって。
『――飛ぶぞ』
 厳かなバリトンの声がした。ニールはダブルオーライザーの左手に、刹那は右手に捕まれた。
 これが、ダブルオーライザーの声……。初めて聞いて、ニールは思わず感激してしまった。
(刹那、ダブルオーライザーには自我はあるのか?)
(ある!)
 刹那は断言した。『あるらしい』でも、『あるようだ』でもなく、はっきりと――『ある』と。
 ダブルオーライザーは海の上を滑るように飛ぶ。潮の匂いがする。ウミネコがニャアニャアと鳴いた。――尤も、これは、ダブルオーライザーの主人達に対するサービスらしい。
『ダブルオーライザー、早くワープゾーンに入れ。我々もイノベイター化しているから、このままワープゾーンに入ってもきっと大丈夫だ。もう一度言う。――ダブルオーライザー、早くワープゾーンに入れ』
 刹那が冷静な声で命令する。
『――――』
 ダブルオーライザーは何かを言ったが、何を言ったかまでは聞き取れなかった。
 ニールは、この壮大な海の光景にただただ感動していた。やがて機体は地球から離れる。
『準備は出来たか? ――では、刹那・F・セイエイ。ワープゾーンに入る』
『同じくニール・ディランディ。以下同文』
 ――ワープゾーンに入ったダブルオーライザーは、宇宙へと消えて行った。

「ふぅ……今日は盛り沢山な一日だったな」
 ラグランジュ3に帰って来たニールは言った。
「お帰りなさいですぅ~」
「おお、ミレイナちゃん。――ただいま」
 ニールは可愛くてたまらないと言うように、シャンプーの香りがするミレイナ・ヴァスティの頭を撫でた。
(本当におやっさんの遺伝子入ってんのかな……)
 と、イアンに対して少々失礼な感想を持つ。
「兄さん。刹那」
「よっ、ライル」
「――無事帰って来たぞ」
「兄さんがいない間、こっちもいろいろあったんだぜ。アレルヤ達から聞いた方が早いかな」
「アレルヤと言えば……ベルベットもいるのか?」
「刹那。ベル嬢ちゃんが話をしたくて待ってる」
「ああ。俺も、ベルベットに訊きたいことがあったんだ」
 ところが――。
 集会場ではベルベット・アーデが健康的な寝息を立てて、すやすやと眠っていた。ニールが苦笑する。――やれやれ。
「ニール。このままじゃベルベットが風邪をひく」
「じゃあ、毛布を持ってきて掛けてあげよう」
 ニールはピンク色の毛布をベルベットに掛けてやった。「ん……」とベルベットが寝返りを打つ。ずれた毛布をニールは掛け直してやる。
「子供か……いいもんだな。俺も欲しくなったぜ」
「子供は一人じゃ出来ねぇよ。ライル」
 ニールは双子の弟にツッコミを入れた。
「俺がモテるのは知ってるだろ。兄さんとは同じ顔なんだし。それに、アニューも満更でもなさそうだしね……」
「両想いか……ついにアニューのハートもものにしたのか」
 ニールに対してライルは笑いながらちろりと舌を出す。刹那は小さな声で歌を歌ってやっていた。
「刹那。何だい? その歌は」
 ニールが優しい声で言う。――ライルを置き去りにして。
「マリナが……前に歌っていた歌だ……」
「そっか……」
 ニールは自分がこの上もない幸せ者だと思った。
 弟はいる。恋人もいる。そして、何より仲間がいる。
 ダブルオーライザーとだって喋ったし……。喋ったと言うより、声を聞いただけだったが――。
 後は、リボンズが捕まってくれたなら――。

 ライルの話では、地上からはリボンズ・アルマーク機構が建物ごとごっそりなくなっていたらしい。
 セリ・オールドマンやシャーロット・ブラウンのことが気掛かりだった。
(温かい人達だったな――)
 ニールは思い返す。一日でも早く、無事がわかれば――と祈る。ベルベットも、シャーロットと連絡がつかなくなってしまったらしい。
「しゃーろっとおねえちゃま、げんきかなぁ……」
 寝惚けてとろんとしている瞼のベルベットが言った。きっと、元気さ、とニールが己自身にも言い聞かせた。

「お帰りなさい」
「無事だったか?」
「アレルヤ、ティエリア」
 ニールはアレルヤとハグをする。ティエリアとは――遠慮がちに。ティエリア・アーデはアレルヤ・ハプティズムの恋人で、ニールには人のものを取る趣味はない。それに――今は刹那がいる。
「刹那。何か飲む?」
「アイリッシュ・コーヒー」
「すっかり染まっちゃったね。ニール・ディランディ色に」
 アレルヤが台所へ向かう。ぷるぷると震えている刹那を、ニールは可愛いと思った。刹那だって照れているのだ。そして――柄にもなくニールも。
(――カクテル飲んだら部屋に来ないか?)
 ニールはそっと耳打ちする。脳量子波で話すより、こっちの方が恋人って感じがするからだ。でも、鈍い刹那は脳量子波で答えた。
(それは、俺と寝たいと言うことか?)
(まぁ――そうだ)
(昨日もヤッたばかりだろうが!)
(俺は、お前を抱く度にお前のことが好きになる――だから……だけど……嫌だったら断ってもいいんだぞ)
 刹那がニールの肩に体重を預けた。
「嫌だなんて……言ってないだろ」
 可愛過ぎる刹那の反応に、ニールの心臓の鼓動が止まらない。
(刹那……俺の……刹那……)
 ティエリアとアレルヤの二人の目を盗んで、ニールは刹那の耳をそっと噛んだ。
 こういう、何気ない動作が、セックスよりも気持ち良く感じてしまう。お互いが、お互いを感じる程に、もう、体を介在する行為なくしても蕩けてしまうような気がする。
(――ま、こういうのも悪くねぇか)
 ニールとしては体の高ぶりも感じるが、刹那に無体なことはしたくない。でも、刹那も気持ちいいと思ってくれるなら、その時は――
(今夜も――いいか?)
(ん――)
 脳量子波で交わされる秘め事。自分達のセックスは、回を重ねるごとに気持ち良くなっていく――ニールはそう思っている。刹那も感じたらしい。頬を赤くして机に突っ伏している。
「はい。アイリッシュ・コーヒー……おや?」
 アレルヤが何かに気付いたようだ。
「刹那? どうしたんだい?」
「俺は耳を噛んだだけだ」
「どうしてそういう恥ずかしいことを堂々と――」
 体を交えるよりも良かったのか、刹那はまた突っ伏した。
「今日はいい夢見られそうだね。はい、これ。ニールの分」
「ああ――」
 おかげさんでな。ニールはアレルヤに対し、そっと呟いた。

 暗がりに喘ぎ声が高まる。ベッドサイドの灯りのスイッチが点っている。ニールに奉仕されながら、刹那は艶やかな声を出した。
「やぁぁ……ニール……」
 可愛い――ニールはそう思った。
(刹那は俺の命だ、灯台だ。絶対に手放すものか――)
 刹那に負担をかけないように、丁寧に前戯を施した刹那の体を、ニールは勢い良く突き上げる。何度も、何度も――。激し過ぎるのではないだろうかと、ニールはふと心配になる。自分は己の満足だけを求めているのではないだろうかと。けれど、絶頂に達した刹那の顔を見た時、そんなことはどうでも良くなってしまった。ニールと刹那は抱き合い、お互い深い口づけを交わした。
 ダブルオーライザー……俺と刹那の命――そして、明日をお前に賭けてみるぜ。ニールは脳量子波でダブルオーライザーに語り掛けた。はっきりとは聴こえなかったが、ダブルオーライザーが返事をしてくれたように思った。

2018.07.25

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