ニールの明日

第二百四十八話

 朝――。ニールと刹那がシャワーを済まし、着替えて食堂に行くと。
 パーン パパーン!
 クラッカーが鳴った。二十四世紀のこの時代、火薬のないクラッカーは既に出回っている。ニールは目がちかちかした。クラッカーを鳴らしたのは、スメラギ・李・ノリエガとクリスティナ・シエラであった。
「な……何だぁ?」
「にーるおにいちゃま、せつなおにいちゃま、おはようございます」
 ベルベット・アーデがスカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「ああ……おはよう、ベル……いい挨拶だね」
「とうさま、かあさま。にーるおにいちゃまにほめられたの」
「うんうん。ベルはいい子だからね」
 そう言って、アレルヤはベルベットの頭を撫でた。
「それより、何だ? みんな勢揃いして」
 ニールがきょろきょろと辺りを見回す。刹那は黙ったままだ。アレルヤが言った。
「刹那だったらわかるんじゃないかな。――今日はサプライズパーティーさ。アロウズとCBが停戦したお祝いなんだ。ご馳走も沢山作ったよ」
 なるほど。それでこの美味しそうな香りか。香辛料の香りも食欲を刺激する。
「そうか……アロウズが……」
 リボンズが姿をくらました今、アロウズにはCBと敵対する理由は、さしあたっては、ない。
「君達も呼びに行こうとしたんだけどね――いいところだったら悪いと思って。それに、君達にはのんびり休んで欲しかったし」
 アレルヤの言葉に、ニールが、「――まぁな」と答えた。昨日は誰も来なくて良かった。思う存分刹那と睦み合えたから――。
「さぁ、君達の分だよ」
 アレルヤがニコニコしながら骨付き肉の入った容器を持ってくる。刹那はどうも、と言葉少なのまま受け取った。ニールが目を丸くする。
「おお、豪勢じゃないか」
「まだまだあるからね」
「とうさま、にーるおにいちゃまとせつなおにいちゃまがかえってきてうれしいの。べるもうれしい」
「そっか。ありがとう、ベル」
 ベルベットに向かってニールが微笑むと、ベルベットはくすぐったそうに俯いた。
「ベルが恥ずかしがってるよ。ニール」
「ああ。――それにしても、こんなご馳走ばっかり作って、ラグランジュ3のエンゲル係数はすごいことになっていないか?」
「スポンサーは私でしてよ」
 ――王留美! グレンと紅龍も一緒である。
「今にもっと大きな組織にしてみせますわ。CBを」
「私はCBをそう大きくしなくてもいいんじゃないかと思ってるんですがねぇ……」
「お兄様は欲が無さ過ぎます!」
 王留美が、紅龍の前で地団太を踏んでいる女の子に見えて可愛いと思ったニールが笑みを深くした。
「ありがとうございます。お嬢様に紅龍」
「あ……ええと……」
 ニールの素直なお礼に、王留美は戸惑っているようだった。ニールは骨付き肉にかぶりつく。
「ニール……取り合えず座れ。行儀が悪いぞ」
「わかったよ、刹那」
 ニールと刹那は空いている席に座る。
「――けれど、君達が無事で良かった。……本当に、良かった……」
 ティエリアは感極まっているらしい。
「俺達もここに戻ってこれて良かった――」
 リボンズが姿を消したままという事実は不気味であるが、今は平和を享受しよう。例え、仮初めの平和でも。
「この骨付き肉はハレルヤが提案したんだ」
 ハレルヤ・ハプティズム。アレルヤのもうひとつの人格である。もう一人のアレルヤと言った方がいいであろうか。
「べるね、はれるやおにいちゃまもだいすきなの。けれど、はれるやおにいちゃまはべるのこと、きらいだって――」
「ハレルヤ……あの男の言うことは真に受けない方がいい」
 ティエリアが無表情のままベルベットを慰めた。――ニールもそう思う。
「まぁ、根は悪い奴じゃないんだよ。――多分」
 アレルヤの応えははっきりしない。ティエリアが言った。
「ハレルヤ・ハプティズム……僕はあの男はどうも苦手だ――少し話しただけでも、意見が合わないのはわかったよ」
「でも、アレルヤと付き合うんだったら、ハレルヤも受け入れないとダメなんじゃないか?」
「うぐ……ニール・ディランディ、他人事だと思って――」
 ティエリアが眼鏡の奥からニールを睨んだ時だった。ライル・ディランディとアニュー・リターナーが食堂のドアを開けた。この二人も昨夜はいい思いをしたのであろうか。ライルがひくひくと鼻を蠢かす。
「いい匂いがするじゃないか。お腹が鳴ってしまいそうな匂いだ」
 ライルが舌なめずりをする。アニューが幸せそうにくすくす笑う。
「おう、ライル。これ食うか?」
「肉か。いいね。腹減ってたところなんだ」
「ライルとアニューの分はあちらにもありますよ」
 アレルヤが様々な料理の載っている大きな机を指差す。
「すごいな――これ、アレルヤが全部ひとりで作ったのか」
「まさか。皆が手伝ってくれたんだよ。ハレルヤにも知恵を借りてね」
「だから、あの男の話はするなと――」
 ティエリアが不機嫌そうに言った。ベルベットがアレルヤやアニューやライル達の足元をちょろちょろする。アレルヤがベルベットを捕まえる。――アレルヤは、コック長にも手を貸してもらったらしい。コック長に礼を言っている。
「かあさま。はれるやおにいちゃまきらいなの?」
「――あまり好きではないね」
「でも、はれるやおにいちゃまも、とうさまとおなじなの」
「同じ――か」
 ティエリアは髪をいじりながら呟く。ライルが冗談ぽく軽いノリでこう言う。
「教官殿。教官殿は手伝わなかったんでしょう? ――教官殿はなぁんにも手を加えちゃいないですよね? ね?」
「ティエリアが手伝うと今頃面倒なことになってただろう――」
 刹那がライルの言葉を引き継いで口を挟む。ティエリアは刹那の言葉に何も答えられないようだ。刹那の言う通りだからである。ティエリアも自覚しているのであろう。でも、地味に傷ついてはいないだろうか。
「ティエ、心配しなくても、君のご飯は一生僕が作るよ」
「――本当だな」
「本当、本当」
「べるもてつだう」
「ベル譲ちゃんは、料理の腕に関しては教官殿よりアレルヤに似た方がいいなぁ」
 ライルはにやにやし出し、ティエリアにきっ、と睨まれた。
「大丈夫だよ、ティエリア。最初は火を使わない料理を教えるからね」
「アレルヤ……」
 ティエリアの頬に朱が差す。まるで乙女だな――とニールは思わずにはいられなかった。ティエリアはアレルヤに夢中だ。こんなやり取りを聞かなくても、それがよくわかる。

「はーい、皆のアイドル、ネーナ・トリニティがやってきたわよ~!」
 また食堂の扉が開いた。明るい声の主は――自分でも名乗っているように、ネーナ・トリニティである。
(あちゃ、こいつらもいたんだった――)
 頭が痛くなって来そうなニールであった。ネーナは刹那にキスを迫っている。ミハエルが止めた。
「おいおい、ネーナ。そんなヤツよりもっといい男が傍にいるだろ?」
「えー? ミハ兄とのキスは飽きた」
「ミハエル、ネーナ。キスは構わんが、それ以上のことはしないように」
 学校の先生よろしく、ヨハンが真顔でたしなめる。
「はーい。ヨハン兄」
「わかってるよ、兄貴」
 このトリニティ・チーム、悪い奴らではないのだろうが、まかり間違っていたら敵対する輩になっていたかもしれない。ミハエルとネーナはともかく、ヨハンは有能なので、CBは助かっている。
「さぁ、皆さん。食事会を始めましてよ」
 王留美が取り仕切る。ニールは骨付き肉の骨をしゃぶりながら、もう始まってるよ、と心の中で呟く。
「あのね、べる、くっきーをもりつけたの」
「まぁ……とっても綺麗に出来てるわよ。ベルちゃん」
 フェルト・グレイスの言葉に、ベルベットはえへへ……と照れ笑いをした。その隣ではソーマとセルゲイ、アンドレイとルイス・ハレヴィが談笑している。沙慈・クロスロードとリンダ・ヴァスティはまめまめしく働いていた。コック長達を手伝っての後片付けである。その他の男連中は、まず働いている沙慈達の存在に気が付かない。だが、沙慈は働くこと自体を楽しんでいるようだ。
 ――アロウズも、CBと和睦出来そうである。……あのホーマー・カタギリの目の黒いうちは。
 イアン・ヴァスティとラッセ・アイオンがダブルオーライザーをぴかぴかに磨き上げている。それぞれに労いの言葉をその機体にかけてやりながら。――世界は新たな変革を迎えようとしていた。朝日の昇る如く。

後書き
ニル明日、第二部終わったー!
第二部がやたら長かった(笑)。まさかオーライザーが喋る(?)とは(笑)
でも、1stガンダムも喋るらしいですから。
今度は第三部です。これからどうなるか私も楽しみです。
この話は00ファンの風魔の杏里さんに捧げます。 2018.08.04

→次へ

目次/HOME