ニールの明日

第二百四十九話

「ソーマ・ピーリス。話がある」
「何でしょう、スミルノフ大佐――いえ、もっと近い存在でしたわね……あの、セルゲイと呼んでも構わないでしょうか――」
 恥じらいながらソーマが言った。
「ああ、これからはセルゲイと呼んでくれ。ソーマ・ピーリス……こんなところで何だが――私と結婚して欲しい」
「……ああ、セルゲイ!」
 ソーマはセルゲイ・スミルノフに抱き着いた。皆はわっと囃し立てた。けれど、皆悪気はないのだ。
 ――便乗して相手を抱きしめるカップルもいる。ニールと刹那もそのカップルのひとつだった。……刹那の匂いとボディソープの香りの混じった快い香気がする。
「良かったな。セルゲイ」
「うん、うん――」
 ようやくセルゲイも素直になったと、ニールは心の中で祝福していた。そして――刹那と公然といちゃつける口実を作ってくれたことをセルゲイとソーマに感謝をした。

 地上に戻ったCBのメンバーは、セルゲイ・スミルノフとソーマ・ピーリスの結婚式に参加をした。アロウズの同僚や上司、部下たちも――。
 白い教会。ベルがカランカラーンと鳴る。爽やかな風の吹く季節。ジューン・ブライド。コンフェッティの飛ぶ中を二人は駆ける。ソーマのウェディングドレス姿は光り輝くばかりだった。ニールは王留美とグレンの結婚式を思い出していた。
「大佐――俺達もいつか……」
「調子に乗るんじゃない。パトリック」
 カティ・マネキンがパトリック・コーラサワーに肘鉄を食らわす。それでも、コーラサワーは、
「大佐にファーストネームで呼んでもらえたー」
 と、嬉しそうにやに下がる。――全く、懲りない男である。
 ニールも、パチパチと手を叩く。
「ニール・ディランディ……」
 ニールに声をかけたのは、セルゲイ・スミルノフとホリー・スミルノフの息子、アンドレイ・スミルノフである。
「やぁ、アンドレイ」
「今日は、来てくださってありがとうございます。その――」
「――何だ?」
「あの時、騒ぎにしてしまってすみませんでした。俺、ハレヴィ准尉のことでとち狂ってて――正式にお詫びをしたことがなかったと思ってたから……」
「いいぜ、もう」
 ニールだって、アンドレイの立場だったら、どう思ったかわからない。――沙慈とルイスのことを。表には出さないかもしれないが、面白くは思わなかったかもしれない。――だが、ニールは沙慈が友人として好きだ。ルイスと幸せになれたら、それが一番いいと思う。
 例え、アンドレイが失恋したとしても――彼にならいい相手が、きっと見つかる。
「訊いてもいいですか? ――ハレヴィ准尉に恋人はいますか?」
「いるよ」
 ニールは簡潔に答えた。嘘をついても仕様がない。アンドレイは柔らかい笑みをその顔に浮かべた。
「そうですか。――准尉に幸せになってください、と言ってください」
「――わかった」
「自分で言え。アンドレイ」
 すぐ傍に控えていた刹那・F・セイエイがそう言った。アンドレイが頭を掻く。
「いやぁ……言われてしまったな。刹那には」
「ニールはお人好し過ぎるんだ。自分の気持ちを正確に伝えたかったら――自分で言うのが一番だ」
「そっか……そうだね……」
 ルイスの姿を見つけたらしいアンドレイは、彼女の名を呼びながら走った。ルイスは沙慈と一緒にいる。沙慈達もアンドレイの気持ちは知っている。きっと素直なアンドレイは驚くことだろう。
「――大人になったな。刹那」
「ふん。いつまでも子ども扱いするな」
(わかってる。本当に大人になったぜ。――あっちの方もな)
 脳量子波でニールが言う。刹那は恥ずかしそうに俯いた。
(馬鹿――……)
 恥じらう刹那も可愛いと、ニールは微笑った。
「ねぇ、おにいちゃまたち、どうしたの?」
 ベルベット・アーデが訊く。アレルヤ・ハプティズムとティエリア・アーデの娘だ。
「何でもない――」
「ニール……ベルベットに変なことを吹き込んだら――ただじゃおかないからな」
「わかってるよ、刹那。だから、何でもないと言ったんだ」
 ティエリアはどこの女よりも今日一番綺麗に見えた。――ソーマ・ピーリスを除いて。ニールはそのことをアレルヤとベルベットの為に心の中で寿いだ。
「ねえ、かあさま。そーまおねえちゃまがきていたどれす、べるもきてみたい」
「そうだな。大きくなったらベルベットも着られるかもな」
「本当?!」
「ああ、本当だ――保証する。ベルベットは綺麗な花嫁になれる」
 アレルヤは海の方を見ている。こんな時、普通ならアレルヤはベルベットを褒めちぎるものだと思っていたのに――。
「マリー……」
 ザァーン……。アレルヤの声が海の音にかき消えた。
「アレルヤ……」
 ティエリアの声が切なく聞こえた。だって、ソーマ・ピーリス――いや、マリー・パーファシーはアレルヤの初恋の人だったのだから――。
「とうさま」
「ん?」
 ――ベルベットの声にアレルヤが我に返ったようだった。
「とうさま、しあわせ?」
「もちろんさ!」
 アレルヤはベルベットを抱き上げた。ベルベットは「きゃー!」と嬉しそうな声を出す。
「だって、こんな可愛い娘と綺麗な奥さんがいるんだからね」
「アレルヤ……誰が奥さんだ、誰が。それに、ベルベットはいずれ彼女の生まれた世界に帰って行くのだぞ。あまり――情を移すな。後が辛いぞ」
「ティエリア――もう手遅れだよ。君だってそうだろ?」
 ティエリアは厳しい顔をする。
「手遅れじゃなかったら――こんなに悩みはしない」
「かあさま、なやんでるの?」
 ベルベットが不安そうに訊いた。そして、ぎゅっとティエリアの手を握る。まだミルクの匂いのするベルベット。いずれ才色兼備の女性になるだろう。娘にラブラブのアレルヤでなくたってそう思う。ニールだって――。
「君が帰って行ったら、寂しいかもな」
 そう言って、ティエリアはベルベットの手を力強く握り返す。
「かあさま、いたいの――」
「ああ、済まん」
「ぺんだんとのむこうのとうさまとかあさまにもきょうのこと、はなしていい?」
「いいけれど、基地に帰った後だな」
「わあい」
「――僕は地上は嫌いだったが……考えを変えたよ」
「ティエリア……」
 アレルヤがティエリアの方を向いている。ティエリアはアレルヤの顔から目を離さない。自然、二人は見つめ合う格好となった。
「何か……いいよな」
「――ん」
 ニールと刹那が話し合う。たったこれだけの台詞を交わしただけで、二人は満ち足りた気分になった。
 セルゲイ・スミルノフとソーマ・ピーリスは、とっくに式場を後にしていた。招待客も三々五々、散らばっていく。
「僕達も行こうか」
 アレルヤが穏やかに言う。
「そうだな。別の場所にご馳走が用意してあるからな」
「ごちそう?!」
 ティエリアの言葉にベルベットの目が輝いた。
「ははは。教官殿の娘さんは今はまだ花より団子みたいだな」
 笑ったのは、ニールの双子の弟、ライル・ディランディであった。ニールが眼帯をしていなかったら、どこからどこまでそっくりな二人である。ライルの言う教官殿とは、ティエリアのことである。
「それでいいんだ。あまり早くに色気づいて、君みたいな男に引っかかると困る」
「それはないでしょ。教官殿」
 ティエリアが冗談を言っているのはわかるが、ライルにだって言い分はあるだろう。
「俺にだって、アニュー・リターナーという恋人がいるんですからね。花の香のするアニューという女が」
 ライルは釘を刺すように同じことを繰り返す。そして、ライルはアニューの方へと飛んで行く。ほっとしたようにティエリアが息を吐く。
 ニールは……いつかこの海辺の教会で刹那と結婚式を挙げたいな、と思った。アレルヤとティエリアも同じ気持ちだろう。その時は、ベルベットがリングガールになるのかな、と考える。

2018.08.14

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