ニールの明日

第二百四十一話

 シャーロット・ブラウンはまた窓の外を見ている。外は雨が降っている。濡れた土やアスファルトの匂いさえ漂ってくるように思える。
「また、窓を見ていたのかい? シャーロット」
 と、父のフランクリン。
「パパ」
「大丈夫だよ。これは驟雨だからね」
「驟雨?」
「どっと降ってすぐやむ雨のことを言うんだよ。――シャーロットはこの頃外ばかり見ているね」
「――あめのふる日がおおいの」
 シャーロットは、ベルベット・アーデが来る日を楽しみにしていた。――誰よりも、仲良くなれそうな気がした。友達に、なれそうな気がした。
「ほんとうにすぐやむの?」
「ああ――何だったら、一緒に見てようか」
「うん!」

 魂の触れ合う恋――。魂同士が結ばれた恋人。ニール・ディランディは生まれて初めてそんな相手に巡り合った。
 刹那・F・セイエイ。最初は困った坊やだと思った。何も、知らないで――そう思っていた。
 でも、付き合っていくうち、真っ直ぐさや高潔さに惹かれた。その中に潜む優しさも。気がついたら、恋をしていた。
 けれど、それはニールの独り相撲だと思っていた。だから、願いが叶った時は嬉しかった。
「――刹那、キス」
「さっきしたろう」
「あれは精神体だからノーカン」
「全く……」
 呆れて溜息を吐きながらも、刹那はニールのキスを受ける。嫌々ながらではなさそうだ。
「なぁ、刹那。魂の恋を知ってるか?」
「――知ってる」
「その相手が、俺だと嬉しいんだけどな」
「…………」
 刹那がニールを見て、目を伏せた。答えはイエス、だな。ニールはそれがわかった。心を読まなくても、それが感じられる。ニールと刹那の魂は繋がっているのだから――。
 ニール達が行ってしまう。そのニュースはコロニー内にすぐに伝わって、ニールと縁のあった人々が集まって来た。ニールは嬉しく思い、出て来た涙を拭った。尤も、このコロニーは狭いとも言えない。それで、ニールの知らない者もいたが。
「でも、ニールのお別れ会にこんなに来るとはなぁ……」
「なぁに、パーティーの予行演習だと思えばいいさ」
「もうすぐ行かなくちゃ……時間になっちまうぜ」
 ニールは地球時間を表す時計を見て言った。刹那も、
「そうだな……」
 と、呟いた。
「そういう訳だから、皆さん、お元気で。ジョー、ボブ、ダニエル。お前らには特に世話になったな」
「まだ時間はあるじゃねぇか」
「でも、このところバタバタしてるからな。ニール達が長居をしないという選択をしたのは、賢明だと思うぜ」
「――寂しくなるな」
 ジョーがニールに手を差し出した。ニールはその手をぎゅっと握る。それから、ジョーは刹那とも握手を交わす。
「ここは楽しかった。また来ていいか?」
「勿論さ。またニールと来るんだろ?」
「ああ!」
 刹那が微笑む。ああ、その微笑みは俺だけのものだと思っていたのにな――ニールが心の中で歯噛みをするが、
(まぁ、刹那も成長したんだろう)
 と、思って気を取り直した。
 ――ジョーがニールに耳打ちした。
「お宅の坊や、かなりイケてるぜ。取られんよう、気をつけな」
 それは嫌という程わかっている。ニールは苦笑いをした。ライバルもきっと大勢いる。
「ニールさん、刹那さん――良かった、間に合った」
「アドニス……」
「あなた達のおかげで、いろいろ新鮮な体験が出来ました! ありがとうございます! 僕、これからは自信を持って胸を張って生きて行けそうです! あなた達のおかげで!」
「……それは良かったな」
 刹那の目つきが優しくなった。弟分が出来たような気分なんだろう。
「どんな体験だよ。教えてくれよ、アドニース……」
「いてて。――ボブさんには教えません……」
「ちっ、わかったよ。でも、いい出会いだったんだろ?」
「うん……」
 アドニスは今度は素直に返事をした。
「俺も、またお前さん達に会えて嬉しかったぜ」
「ジョー……ランスは?」
「涙を見られたくないんだと。ふふ、あの先生も可愛いとこあるよな」
「はは……」
 ランスは只者ではない。泣くところを見られたくない――それが方便だとしても構わない。ニールも、ランスを見かけたらまた泣きそうになるかもしれなかったから。
「皆さん、ニールの面倒を見てくれてありがとう」
「何だよ、刹那。――面倒を見たのは俺の方だぜ」
 ニールは軽口を叩く。ジョーは反駁した。
「いーや、俺がお前を世話してやったんだ。そうだろ? ニール」
「ああ。実はそうなんだ」
「何だよ――やけに素直じゃねぇか」
「だって……宇宙から俺を引き上げてくれたじゃねぇか――あれがなかったら、俺は今でも宇宙を彷徨い……刹那とも会えないままだった」
 宇宙規模の恋か……うん、俺達にはお似合いだな。ニールが心の中で独り言を言う。
「じゃ、またな」
「今度はパーティーに参加しろよ」
「はは……勘弁してくれよ」
 ニールは困ったように笑う。ニールと手を繋いだ刹那が言った。
「じゃ、行くぞ。ELS、力を与えてくれ」
(――わかりました)
 ニールと刹那の姿が消えた。話で聞いていたとはいえ、ジョー達もかなり驚いていただろう。人間二人が目の前から消えたのだから。

「わっ!」
 どすん!とニールは人の上に落ちた。
(済みません、ニール――座標の計算を間違えてしまって……)
 意外と人間じみたところもあるELSである。
(いてて。それはいいが、相手の人が……)
「――ニール・ディランディ?」
 聞き覚えのある声。この声は――。
「ビリー! ビリー・カタギリ!」
「何だい! ここに遊びに来てたんならそう言ってくれればいいものを! 水臭いぞ!」
 ニールはビリーと楽し気に踊っている。刹那はじとっとニールを見遣っていた。
「ニール……そいつはビリーか……久しぶりだな。ビリー」
「ああ。ビリー・カタギリ――俺の友達だ。……と、わざわざ紹介しなくても、お前も前にビリーに会ったことはあるんだったな、刹那」
「そうだね。でも、嬉しいなぁ、ニール――僕のことを親友と言ってくれるなんて」と、ビリー。
「勝手にランクを上げるな。ビリー。……だが、面白いヤツだな。ニールと友達になれるだけあって変人ぽいけれど」
「どういう意味だよ……刹那……」
「そんな変人と付き合っている君も相当変人だと思うけど?」
「お前は?」
「――僕もさ」
 そう言って、ビリーはニールと刹那をじっと見つめた。こんな風にビリーに凝視されたのは初めてのような気がする。ビリーは眼鏡を落としたらしい――澄んだ目をしている。これが、アロウズ司令官ホーマー・カタギリの甥、ビリー・カタギリか……と改めて見直す思いをニールは持った。
 刹那も似たような思いを抱いたらしい。刹那が続ける。
「ビリー・カタギリ。我々は遊びに来た訳ではない」

2018.05.26

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