ニールの明日

第二百四十話

「旨いか? 刹那」
 ニールが訊いた。
「――まぁな。この味付けはなかなかだ。香りもいい」
(だが、アレルヤの料理の方が旨いな)
 脳量子波で刹那が言ったので、ニールは吹き出した。
(刹那もそう思うか。――俺もそう思ってたんだ)
(――まぁ、アレルヤ以上の料理人は滅多に存在しないだろうな。アニュー・リターナーを除いて)
(そう言われたら、アニューも喜ぶだろうな)
(アニューと言えば、ライルの彼女を見る目は何だか熱っぽいぞ)
(刹那もそういうことに興味を持つようになったか。ライルは惚れてるんだろ。アニューに……気持ちはわかる。俺も刹那がいなかったら、ライルとアニューの取り合いしてただろうな。俺には刹那がいて良かったよ)
(――食事に専念しろ)
 脳量子波でニールと刹那がそんな会話をやっている時、ジョーが近付いた。
「ニール」
「何だ? ドッキングの準備とやらをしなければならなかったんじゃないか?」
「そうなんだけど――お前らもパーティーに出席しないか?」
「パーティーはいつだ?」
「明日の夜だ」
「なら、参加するのは難しい。――アロウズと話し合いをしなければならないからな」
「終わったらでいいぜ。すげぇ美人の群れが来るんだからな」
 そして、ジョーはウィンクした。
「興味ないな。俺には刹那がいる――それに、話し合いが無事済むかもわからねぇし」
「そうか……残念だな。アンタらいい男だから、さぞかしモテるだろうになぁ……」
「済まんな」
「いやいや。ニールにはニールの都合があるだろうさ。また機会もあるだろうからさ――刹那も女には興味ないのかい?」
「…………」
 刹那はじろりとジョーを睨む。ジョーは慌てた。
「おっと。ボブが待ってるんだった。もう行くぜ。お二人さん」
「ああ。――せいぜいパーティーとやらを楽しむんだな」
 ニールは去っていくジョーに手を振った。刹那はサラダを突いている。それから、スープを一匙飲む。そして、ふぅっと息を吐いた。スープを平らげると満足したらしい。かちゃりとスプーンを器に置いた。
「刹那――お前は本当に女には興味ないのか?」
「……お前まで馬鹿な質問するんだな。ニール」
「だって――刹那は俺がさらったと同然だし――いいんだぜ。刹那。無理しなくても。俺は、お前が誰を想おうと、お前のことが好きだからさ」
(……俺もだ。ニール。俺はアンタが好きだ)
 刹那が脳量子波で答える。ニールは刹那を抱き締めたいのを我慢した。その代わり、想いで刹那を抱き締める。
(――刹那。俺の刹那……)
(ん……)
 刹那は目を閉じた。ニールは刹那に接吻したつもりになった。
(ニール……俺はお前が思うよりも――お前のことを愛している)
(――マリナ姫は?)
(確かに女の中では一番好きだが、お前には敵わない。それに、マリナには――紅龍がいる)
 ニールはこくんと頷いた。
(そうだな――あの二人も幸せになればいいな)
(それはどうだかわからないが――俺もあの二人を祝福したい)
 刹那はとても優しい。マリナや紅龍のことまで気を回しているなんて――刹那がくすっと笑った。優しいのはお前もだろ。……そんな声が聞こえてくるようである。ニールは光栄だな、と思った。
(王留美はあの二人のこと知ってんのかねぇ)
 ニールはそれが気懸りだった。
(さぁな。王留美の気持ちは読んだことないからな)
(王留美にはグレンがいるし、紅龍が幸せになれば嬉しいんじゃねぇかな)
 そう言うニールに、刹那は微笑む。
「あ、また脳量子波で話してたな。そんなこともいらねぇのにな――」
「いや。恋愛の話は、声に出しちゃまずいだろう」
「だな。プライベートなことだもんな。刹那の言う通りだぜ」
 刹那はコーヒーカップを空にした。
(コーヒーも……ラグランジュ3で飲んだものの方が美味しい――これも口に出して言ったら流石に角が立つな)
(刹那……お前さんもそんな軽口言うようになったか)
(それよりも――俺達はいつ地球に行けばいい?)
(そうだな……もう案内したいところはあらかた案内したな)
(ニール……このコロニーは楽しかった。いいヤツらばかりだしな)
 ニールは、心の中で刹那にありがとうを言った。
 皆に聞かせたら、きっと、喜ぶ。皆、もっと刹那が好きになる。――まぁ、そうなったらそうなったで、複雑な想いを噛み締めることになるだろうが――と、ニールは思った。
 皆、刹那を愛してるんだ。
 刹那の顔つきが優しくなった。アロウズとの会談が待っているというのに。――ニールの想いが伝わったのだろうか。それはそれで、多分、いいことなのだろう。
(ありがとう)
 今度は刹那の声で、その言葉が聞こえた。ニールは刹那と顔を見合わせ、そして、ふふふ、と笑った。
 やはり刹那は――優しい。
 リボンズでさえ救おうとしている刹那なのだから――。
 刹那・F・セイエイ。お前に会えて良かった――ニールはたゆん、とした心の中でそう思った。
「もう少し、ここにいないか?」
 刹那が言うので、ニールも付き合ってやることにした。
(刹那……俺な、パーティーに出られなくて良かったって思ってる。――ジョー達には悪いけどな。お前が来たら、女達の刹那争奪戦が始めるだろうからな)
 ニールが脳量子波でそう言うと、刹那が溜息を吐いた。
(同じようなこと、俺も思ったぞ。――全く、お前は……人の気も知らないで)
(マジか! 俺とお前は繋がっているんだな。心の絆っていうものかな?)
 それにしても、刹那はいい男になったと、ニールは思った。何度でも言う。刹那・F・セイエイは、宇宙で一番、いい男だ。
 でも――
「刹那……。髪、伸びたな。切ってやりたいな」
「そうだな。お前は髪切るの上手いからな」
 刹那の唇が動くのを、ニールはじっと見つめた。
「――どうした?」
「いや……綺麗な唇をしているなと思ってさ」
「ニール……俺もお前に対して同じ気持ちを抱いたからな……ニールの唇が綺麗だと思った……」
「ここを出たら……」
(キスしていいか?)
 刹那は目を見開いて――それからはにかむように頷いた。
 そんな刹那は――可愛い。こんな可愛い刹那を恋人に出来るなんて、俺は幸せ者だな、果報者だな――と、何度も思い返した。刹那も、俺と同じくらい、俺のことを想ってくれているといいのだけれど――。
(ニール……俺がお前のことを愛していることはさっき話したろう。――もう忘れたのか? 俺もお前が俺を想うのと同じくらいお前のことを愛しているぞ)
(刹那……)
 ニールの心が肉体から離れる。刹那の心も――。そして、二人の心は交わり、キスを交わす。美味な口づけだった。
(刹那……)
(ニール……)
 そして――ニールは我に返る。刹那が言う。
(ここを出てからキスをするんじゃなかったのか?)
(不可抗力さ――それに、誰も見てないだろ?)
 皆、食事や軽い会話に夢中になっている。誰も、ニールと刹那を見ている人はいなかった。
(確かに――……)
 刹那も納得したようだった。
(それに、実際に接触した訳じゃないから、ノーカンだろ? ここは男が多いからな――男同士で恋しているヤツらもいるんだぜ。俺達みたいにな)
(俺はお前が男だから恋した訳ではない)
(知ってる。俺も、お前が男だから恋した訳じゃねぇぜ。刹那が、刹那だから好きなんだ――きっと運命だな)
 刹那は赤くなりながら机に突っ伏した。何故そんな恥ずかしいこと平気で言えるんだ――そんな声が聞こえて来た。脳量子波だ。刹那も負けず劣らず恥ずかしいこと言ったくせに――とニールはニヤニヤ笑いながら返事をする。

2018.05.16

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