ニールの明日

第二百三十九話

「ふあー……」
「ふ、宜しくされたってさ。俺の息子が――ところで、カクテル飲まねぇか? テキーラベースの。俺、得意だからな。ま、好みでジンも入れるな」
「ダメよ。赤ん坊の前で」
 険しい声でニキータが言った。その声を無視して――
「新しくロングアイランド・アイスティーの作り方を覚えたぜ」
 と、アリーは話を止めない。
「うーん。刹那は飲み物の好き嫌いが激しいからなぁ……おい、どうだ?」
 そう言いながらニールは隣の刹那の肩をとんとんと叩く。――刹那が言った。
「――アイリッシュ・コーヒーなら好きだ」
「へぇ……話は変わるが、ニール。お前はアイルランドで採れたんだよな」と、アリー。
「ああ、まぁな」
「ニールは、刹那と好みが会うんだな」
 ふむふむ、という風に、アリーが己のふさふさの髭に覆われた顎を撫でる。
「こいつは俺の半身だから」
 そう言ってニールが刹那を抱き寄せる。
「かっ! 言ってろ!」
 アリー・アル・サーシェス。
 この男はかつて敵だった。でも、そんな男と十年来の親友のように語り合えるのが嬉しい。――アリーが笑ってくれるのが嬉しい。勿論、刹那の笑顔の方が断然ニールの好みではあるが。
「そいじゃ、後でお前らにアイリッシュ・コーヒーでも作ってやるとするか。天国でも酒ならすぐに揃えられるからな」
「アリー……ありがとう」
「んー?」
「アリー、お前の作っているところを見ていいか? 俺だとどうしても上手く作れない」
「そいつは構わねぇが、俺の作るアイリッシュ・コーヒーがお前の好みかどうかは保証出来かねるぜ」
「俺は、刹那の作ってくれたアイリッシュ・コーヒーが一番好きだ」
「ニール……」
 ニールは刹那と見つめ合う。
「おうおう。若いねぇ。二人とも」
「私達もまだ若いでしょう? アリー」
 と、ニキータ。アリーが長いあごひげを弄りながら答えた。
「ちげぇねぇや――」
 そこから先の会話は覚えていない。何だか視界がぐるぐるしてくる。覚醒の予兆だ。ここから離れたくない。けれど、離れなければならない。――ニールと刹那にはまだやることがあるから……。

 ――ニールが目を覚ます。部屋の灯りが日光に思えた。ニールがゴシゴシと目を擦る。――そして、ふと手を止める。
「ん……」
 ニールが時計を見る。
「ふぁ……もうこんな時間か……いい夢見たな……おい、刹那、刹那」
「……何だ? ニール……せっかくいい夢見てたのに……」
「お前もか。――もしかして、アリー出て来なかったか?」
 冗談半分にニールが訊いた。すると、起き上がった刹那が、こくん、と頷いた。
「もしかして、アリーのガキ、見なかったか?」
 刹那、またしても、こくん。
「もしかして、俺はお前と一緒にニキータのピザ、食わなかったか? 旨くて香ばしいヤツ」
 刹那は勢いよくこくこくと何度も頷く。
「そうか――俺もだぜ。俺も、アリーに会って、アリーの家でニキータのピザを食った……俺達、同じ夢を見たのかもな」
「――……お前と同じ夢を見られたのなら、俺は嬉しい……」
「……俺だってさ。……キスしていいか?」
 刹那の方からキスをして来た。この青年と夢を共有できた自分は、何と幸せ者だろう――ニールは刹那とのキスに酔った。もう一戦やりたいところだが、刹那が、
(今はそういう気分ではない)
 と、脳量子波で訴えてきた為、ニールはこの青年を抱くのを諦めた。
(そうだな。腹も減ってることだしな)
 ニールが簡単に引き下がった理由はそれもある。
「食堂行くか? 刹那」
「そうだな」
 その時、刹那のお腹がく~っと鳴った。
「……可愛い音だな」
「……揶揄うな……」
 そのすぐ後に、大きな「ぐ~っ」と言う音が。ニールが笑う。
「あ、今のは俺だ。――腹が鳴るタイミングまで一緒だなんて、やっぱり俺達は体も繋がってるんだな」
「ふん」
「まず先に服着よう」
 しかし、CBの制服は思いの他着づらい。かっこいいことはかっこいいのだが。――確かにあの時、制服を作ることに賛成したのはニール自身だし、デザインは愛しの刹那がやってくれたのだが。刹那は制服を器用に身に着けていく。
「……どうした?」
「刹那の着替えるところさ、エロティックだなぁと思って」
 刹那が怒ると予想した上での発言だったが、刹那からは思いもよらない言葉が返って来た。
「俺は――お前の方がいい体してると思う」
 ――ニールは感激した。
「何だよぉ、俺の体見て欲情したことがあんのか?」
「……うん」
「――今日はやけに大人しいな」
「アリーのことも、あるのかもな。――あんなに楽しそうなアリーを見たのは、初めてだった。夢でもいい。あいつらには幸せになってもらいたい」
「ん」
 ニールも同じ気持ちだった。だが、アリーのことについては、刹那の方がよく知っていると思う。共寝した仲だというし。
(刹那……)
 アリーを愛せなかった刹那も、愛してもいない刹那を抱いたアリーも、どちらも気の毒だ、とニールは思った。以前はアリーのことが憎かったが。やっかんでもいたのかもしれない。
(でも、きっと最後は――)
 きっと最後はめでたしめでたしで終わる。亡き母にそう聞かされていたニールは、母を悼みながらも、その言葉を信じ続けて来た。
 だが、不幸な者は確実に存在する。
 リボンズ・アルマークだってそうかもしれない。――刹那からの返事はなかった。
 着衣し終わったのは、ニールが先だった。
「刹那。一緒に行こうぜ」
「ああ。ちょっと待て。――終わったぞ」
「こっちだ」
 ニールと刹那が食堂へ向かう時、ジョーとボブに会った。
「やぁ、ジョー。ボブ」
「――おはよう」
「やっ、昨日はお疲れさん」
 ジョーが意味深な台詞を吐いた。刹那が、(どうにかしろ)と脳量子波で訴えた。
「いんやー、ゆうべすんげーいい夢見ちゃってさー」
「傍らにかわい子ちゃんがいるからだろ? モテる男は辛いねぇ。俺達はドッキングの準備しなきゃならねぇ。女達が続々来るぞ」
「あっそ」
「冷たい反応。そんなに男がいいかねぇ」
「刹那が好きなだけさ」
 コロニーでは何か月かに一度、女性達のいるステーションとドッキングする。もうそうなれば無礼講。男女入り混じってのお祭り騒ぎだ。――ほんの子供は参加することはできないが。
 ――というのが、ニールが聞いた話であった。
 実はそのパーティーというのは参加してないからよくはわからないのだ。
「アンタも大変だろうが、ニールの相手、頑張ってくれ」
 手を肩にかけるジョーに、刹那はこくんと頷いた。
 朝食には、ニールの好きなワカメサラダも出た。ごま油の匂いが香ばしい。刹那も黙々と食べていた。
 ここのコックは星二つだな――ニールは心の中で呟いた。星三つは、勿論、アレルヤ・ハプティズムである。アニュー・リターナーもであろうか。
 ニールは、アレルヤの手料理が食べたいと思った。この食堂のコックの腕も悪くはないのだが――変に舌が肥えてしまったようである。

2018.05.06

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