ニールの明日

第二百三十一話

 そして、こちらは僻地のスペースコロニー。刹那が起きた後の、ニール達のいる部屋――。Dr.ランスの医務室である。ひんやりしていて、薬品の独特の臭いがする。ランスが訊いた。
「体調はどうかね。ニール」
「ん。別に異常はなさそうだぜ」
「そうか。それは良かった」
 ランスが顔をくしゃっとさせる。――笑ったらしい。
「へぇ……ランス。アンタの笑顔は珍しいな」
「……まぁ、いつも仏頂面じゃからのう。わしは」
 ランスが、今度は苦笑いをしたようだった。
「ランス。笑った方がいいぜ。そうすると、好々爺って感じがして、好感が持てる」
「ふん。ジョーとか、あんな奴らに好々爺とも思われても仕方ないじゃろ」
「――そうか……まぁ、そう言う気持ちはわかるな」
 刹那はベッドに腰をかけている。そうして、ニールとランス、二人の顔を交互に見ている。
「ニール。Dr.ランスはアンタの知り合いか?」
「恩人だよ」
 そう言って、ニールは刹那にウィンクする。ランスはぶつぶつと呟く。
「恩人という程大したもんでもないがな……」
 それでも、ニールには、ランスが嬉しそうにしているのを見逃さなかった。これもイノベイターの能力とやらなんだろうか。
(ありがとう――ランス)
 ――その時、聞き覚えのある声が頭の中でした。
(ニール……)
 ――この声は!
「アレルヤ!」
 ニールは思わず叫んでいた。
「ニール……お前もアレルヤの声を聴いたか」
 と、刹那。ランスが質問する。
「アレルヤ――お前さんの友達か?」
「ああ……うん。いつも世話になってる……大切な仲間だ。……とても大切な……言葉に出来ないぐらい……」
 ニールの瞳から、涙がぽろり。刹那が立ち上がって、大丈夫だ、と言ってニールの背中を撫でる。――それだけで、ニールは元気が出て来そうであった。アレルヤ達は、まだラグランジュ3だろうか。アレルヤの爆発しそうな感情が届いた。
(ニール……! 刹那も無事かい?!)
 アレルヤの脳量子波である。
(ああ。俺達は二人とも無事だ――だから、心配すんな)
(良かった――)
 アレルヤが安心したのが声のトーンでわかる。アレルヤも今頃涙を滲ませている頃だろうか。
「ニール!」
 刹那がニールの唇を彼自身のそれに重ねた。ランスは目を丸くしているようであった。――けれど、ニールはそんなことには構っていられない。せっかく刹那からモーションを駆けて来たのだ。
 ――二人は深いキスをした。
「あー、ごほん」
 ついに耐えかねたらしいランスは咳払いをした。刹那がニールから離れる。
「わしに見せつけんといてくれ。わしはじじいじゃからの。――刹那。お前のことは聞いている。お前さんはニールの恋人だってな」
「ああ」
 迷いを見せずに刹那は答える。恋人の返事にニールは感激している。
 ――そうか。刹那。お前は俺に心を開いてくれたんだな……。そして、ランスにも。
「邪魔をして悪かった。いつまでも仲良くいたまえ」
「ありがとう。ランス」
 ニールも言った。
「しかしねぇ……男同士なんてな……そういう時代か……」
 ランスは時代のせいにする。けれど、ランスに自分達に対する嫌悪感がないのはニールにはわかっていた。そんな偏見を持つには、ランスはあまりにも考えが自由過ぎる。
 ランスと話をしていると時の経つのも忘れる。しばらくして、ノックの音と共に、ジョーが入って来た。
「ランス――モニタールームから連絡が……」
「おお、あのおんぼろモニター、まだ作動出来たんじゃな」
「それが……ラグランジュ3から……」
「それはまた、遠くからじゃな」
 ――ランスがのんびりと答える。このランスは、自分が慌てふためくところを見られるのが死ぬほど嫌いらしい。
「ニール。アンタを呼んでる。――ランスも来てくれ」
「若い者はせっかちじゃのう」
「来い! ニール!」
 ジョーがニールの袖を引っ張った。せっかく再会できたのだから、もっとゆっくり喜んで欲しかったが、事は緊急事態らしい。
「待ってくれ」
 刹那がこの急展開についていけなかったらしい。ジョーを呼び止めた。ジョーが言った。
「ああ、もしかして、アンタが刹那・F・セイエイか?」
「俺を知っているのか?」
 刹那が驚いているようだ。もしかしてこの男もイノベイターか? そう言いたげだった。
「刹那のことはニールから聞いて知っている。人相もニールから聞いたしな。――なるほど。考えていたのより美人じゃねぇか」
「どうも」
「――取るなよ」
 ニールが気色ばむ。
「馬鹿言うな。俺は女の方がいい」
 このやり取りに刹那の口角が上がった。笑っとる場合じゃないぞ、刹那――と、ランスが注意する。ニールもにやけた顔をしていたが、ふと、顔を引き締めた。――モニタールームに着いた。
「ボブ!」
「おお、ジョーか」
 ニールは、この二人の仲を疑ったことがあるが、ボブも女好きらしい。ニールは、それがわかった時に、(ごめん)と、ボブに謝った。自分達も同性愛者と言われても仕方ない存在であるのに、ボブもその仲間だと思っていたことを済まなく思ったのだ。
 尤も、ニールも刹那も、根っこは正常な男である。それでも、ニールは刹那が好きで、刹那もニールが好きだ。それを愛と呼ぶのであろうか。
「イアンさん、連れて来ましたよ。ニールを。それから――アンタ、刹那だろ? 俺はボブだ」
「初めまして」
「だろ? ニールの恋人の刹那だろ? やっぱり俺の思っていた通りだな。一目でわかったぜ。――雰囲気というか、においが似ているよな。ニールと」
 ボブの台詞に、ニールがははっ、と少々得意になって笑みをもらす。
『おお、やはり刹那もそっちにいたか』
 イアンの聞き慣れた胴間声がする。――ランスがモニターを占領した。
「お宅はどなたじゃね? 相当の地位の者とお見受けするが」
『イアン・ヴァスティ。CBの総合整備士だ。宜しく』
「わしはランス。この開発中のコロニーの医師だ。こちらこそ宜しく頼む」
『――ほう。その不便そうな場所で働いているのには何か訳でもあんのか?』
「おやっさん!」
 ニールが窘めるように叫ぶ。ランスは気を悪くした様子を見せない。
「まぁまぁ。正直な男じゃないか。確かにここは辺鄙な場所じゃ。――どうしてニールと刹那がここにいるのがわかった? イアンとやら」
『ELSが教えてくれた――それから、アレルヤも』
 ニールと顔を見合わせた刹那は首肯した。そして刹那は言った。
「アレルヤはともかく、こんな場合でもELSが力になってくれるとはな」
『ELSはお前達とも仲良くしたいらしい』
「聞いてる。ELSは俺達の仲間だ」
 刹那が淡々と話すが、彼は感情を出すのが苦手なだけだ。綺麗な音色が脳裏に響く。ELSが笑っている――ニールがそう思った。
『単刀直入に言う。アロウズから条件が出た』
「ふん、あいつらか――」
 ランスが面白くもなさそうに答える。
「何とかいうガキに牛耳られていると噂の団体じゃな――そのガキというのは大層な美少年らしいが」
「ランス――どうして知っている?」
 ここは情報が届くのは遅いはずじゃないか――そんな意味も込めてニールが訊く。
「こんな僻地にも噂は届く。まぁ、この話は最近ここに流れてきたものじゃがな――アロウズの最高司令官はそれなりにまともだとも聞いている。それより、そのアロウズがどんな条件を出した? どうせ不可能な条件にちがいないがな」
 モニターの中のイアンの表情が強張る。
『――18時間以内にニールと刹那にアロウズに来いと言っている』

2018.02.15

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