ニールの明日

第二百三十五話

「あ……あの……宜しくお願いします。ニールさんに刹那さん」
「しかし、こんな僻地にも、ガンダムマイスターを知っている人間がいたか」
「あの……俺、情報屋さんと仲がいいんです」
 ――それでか。にしても……。ニールはアドニスをじろじろ見た。
「な……何ですか?」
「いや、お前さん、見たことあったような気がして――ああ、そうだ」
 ニールがぽん、と手を叩いた。
「お前さん、以前、ここで泣いてなかったか?」
「あ、見てたんですか? ――あんなところを見られてたなんて……恥ずかしいです……」
 では、自分がこの少年を見かけたことを、少年自身は知らなかった訳だな。ニールは、何だかこの少年――アドニスが可愛く思えた。結構性のいい少年らしいし。
「地球を見たいか? アドニス」
 刹那が声をかけた。
「ええ――でも、俺はただの使いっ走りだから、モニタールームへは行けませんし、そもそも機械の使い方なんてわかりませんし、本当の地球の映像なんて――」
「ニール、あの少年に地球の映像を見せることは出来ないか?」
「さぁ……」
(ニール、さっき刹那とやったのと同じように、アドニスと手を繋いでください)
 ――ELSの声だった。
(そうか――俺がアドニスに触れた部分を通して、映像を流すという訳か)
(はい)
「アドニス。手を出して――」
 ニールはアドニスの手を取った。水の惑星、地球。軌道エレベーターが見える。宇宙から見ているビジョン。――そこからやがて海の映像が近付く。泳いでいる魚達――。
「すごい! 海の匂いまでしてくるようです!」
「いや……俺は、このビジョンは知らんぞ?」
(アドニスの力も影響したんです)
 ELSが教えてくれた。なるほどね。――ニールはそれで合点がいった。アドニスとニールの手の力が抜け、自然と放れる。
「アドニス……お前、もしかして海育ちか?」
「ええ……何でわかりましたか?」
「何となく――そんな気がしたんだ。今のはお前さんの故郷の海かな、そう思って」
「はい、はい――」
(アンタ達のことも喋っていいかな。ELS――)
(構いません)
「アドニス。ELSって知ってるか?」
「いいえ――初めて聞きます」
「俺も最近まで知らなかったんだがな――なぁ、刹那」
「――ん」
 ニールはELSの説明を一通りアドニスにした。アドニスは目を輝かせた。
「――僕、ELSに会いたいです!」
 ジョーとはえらい違いらしい。この少年は、本物の好奇心というものを持っている。将来、それがいい方向に働けばいいが――。この少年が情報という力を手に入れたら、このコロニーは、世界はどうなるだろう。ニールは自分がアドニスに期待を寄せているのがわかった。
「手を繋げばいいのかな」
 ニールはアドニスと再び手を繋ぐ。ニールは刹那に手を伸ばした。
「力を貸してくれ。刹那」
「ああ――」
 刹那にも、自分が何をすればいいのかわかったらしい。刹那もニールと手を握る。――ELSの映像が出て来た。アドニスがうっとりと目を瞑って呟く。
「綺麗……」
 人の評価は様々だな。ジョーは顔をしかめていたのに――ニールは面白く思った。
(ありがとうございます。アドニス――)
「――喋った?!」
 これにはさしものアドニスも驚いたらしい。――が、その後、喜びを声に表した。
「ELS! 僕はあなたと話せて嬉しいです」
(アドニス――あなたもイノベイターの素質を持っていますね。私達の声を即座に拾ったこと、無限の好奇心――)
(イノベイター?)
(――革新者ということですよ。地球でもイノベイターを持った人々が、次々に目覚めています)
(それが、僕――)
(ええ。――周りになかなか理解されずに泣いていたこともあったようですが――ニール、手を離した方がいいかもしれません)
(だとさ。おい、アドニス。ELSの言う通り、手を――離した方がいいか?)
 ニールが脳量子波で喋った。ELSの声がする。
(私はこの少年と話がありますのでね……大丈夫。アドニス。怖くありませんよ。そこに座ってください)
(はい――)
(ニール、刹那――貴方がたはここから去っても構いません。……二人きりになりたいのでしょう?)
 参ったな――ELSにはお見通しって訳か。ニールはアドニスからほどいた手でぽりぽりと頭を掻いた。
「ニールさん、刹那さん、ありがとうございます」
「なぁに。アドニス――お前さんと友達になれて本望だよ。じゃ、俺達は行くから――この地球の間に来て、良かったよ」
「俺もそう思う。お前と会えたんだからな」
 刹那も、ニールと同じ意見らしい。ニールは優しい気持ちになった。アドニスは、「はい!」と答えて頷いた。この少年と会えて良かった――ニールも刹那と同じ考えだった。
 アドニスと再び力強い握手を交わした後、廊下をゆっくり歩いていた。刹那の遅い歩みに、ニールが付き合っていたという方が正しいだろうか。刹那には、ここの何もかもが珍しいみたいである。
「イノベイターが無限の好奇心を持っているというのは本当らしいな。刹那」
「え? 何だって――?」
「何でもない」
 ニールは刹那が可愛く思った。そして、また刹那への愛しさが増していくのがわかった。
 ――刹那を知る度、刹那を愛していると思える。
 そんな存在に出会えたことを、ニールは神に感謝した。例え、刹那が元テロリストで、自分達をテロに巻き込んだことがあったとしても。刹那には、優しさが溢れている。
(刹那、お前と会えて良かったぜ――)
(え? 急にそんなことを思うな。ニール――)
(何だ、また俺の心を読んだのか)
(そうじゃない。お前の心が流れ込んできたのだ。――今のは本当か?)
(ああ。俺の心がお前に流れ込んできたということは――俺達は二人でひとつなんだな)
(ふん。よく恥ずかし気もなくそう言う台詞が言えるな。今まで何人の女にそんな言葉を吐いたんだ?)
(本気でそう思ったのは、刹那が初めてだよ――)
(アドニスにもそう言ったじゃないか)
(言ったのはお前だ。それに、アドニスとお前とじゃ、出会えて良かったという言葉の意味合いが違う)
(ああ、そうだった――アドニスに、会えて良かったと言ったのは確かに俺だったな――ニール、ここは面白いな。CBの人間もいいが、ここの人間もなかなかいい)
(おっ、それをあいつらに話したら、皆、喜ぶぜ)
(よしてくれ。ニール……)
(何で?)
(その――照れるじゃないか)
 ああ! 刹那! 可愛い!
 ニールは刹那をぎゅっと抱き締めた。刹那の匂いがする。
「ニール、こんなところで――」
「何だよ。――抱き着くぐらいいいじゃねぇか。何たって俺達は――」
 恋人同士じゃないか。そう言おうとした。――その時、咳払いの音がした。ニールはそっちの方を見た。
「誰だよ。いいところを邪魔して――あ」
「久方ぶりだな。ニール」
 ふわふわとした白金色の髪の男が言った。誰だ? ――刹那の視線がそう訊く。ニールは刹那をそっと引き離した。
「ダニエル・ムーン。ここの長老の孫だ」
「長老はDr.ランスではなかったのか?」
「長老はランスのじいさんと仲がいいんだ。――ダニエルは住居エリアの管理人だよ」
「その通りだ。ええと――」
「刹那・F・セイエイだ」
「宜しく、刹那。君達には客用の部屋を用意してある。あいつら――ニールの仲間達は『ここで雑魚寝でいいじゃねぇか』と言っていたが――客人にそんな真似はさせられん。このコロニーにようこそ、刹那・F・セイエイ。それに、ニール。お前も今はここでは立派な客人なのだぞ」
「そんなに気を使ってくれなくてもいいのにな――でも、ありがとう。ダニィ」

2018.03.27

→次へ

目次/HOME