ニールの明日

第二百六十六話

「良かったぜ。刹那」
 何度も達した後、ニールが言った。
「もっとしたいとこだけれど――これ以上刹那に負担がかかったら困るしな。俺も一応満足したし」
「ふん……」
「刹那……」
 ニールは刹那に口づける。刹那はニールの舌を迎え入れる。――刹那は顔をしかめた。
「ん? どうした? 刹那……」
「妙な味がする……」
「それはお前のミルクの味だな。俺にはとっても美味だぜ」
「――もういい加減にしろ」
 刹那が膨れた。刹那の蜜の味はニールを魅惑する。――匂いも味も。でも、もう自分の唾液で蜜の味は口の中から洗い流されたと思っていたのに。刹那は味覚が発達しているのだろう。
「明日も……仕事だな」
「そうだな。宇宙海賊なんてなくなればいいのに。ヤツらしつこくって敵わんよ」
 ニールが溜息を吐く。刹那も溜息を吐きながらこう言った。
「お前といい勝負だ」
「刹那~……」
 ニールは刹那に抱き着きながら、俺はそんなにしつこかったかな、と思った。確かに精力は強い方かもしれない。けれど、刹那がいやいや付き合ってるとは思えない。――というか、思いたくない。
 刹那だってあんなに乱れたのだから……。
「あ、やば……」
「――どうした。ニール」
「また勃って来ちまった……」
「もういい加減にしろ……」
「心配すんなって。もうお前には負担かけねぇから――後でトイレ行って来る。……なぁ、刹那。お嬢様の短い髪、似合ってたな。長い髪も良かったけど。グレンへの愛の証かな。恋の力ってヤツは偉大だな」
「…………」
「何だ? 俺がお嬢様の話したんで、ふてているのか? 可愛いな、刹那――」
「そんなんじゃない……俺は考えてたんだ。――今日は、俺も……良かった。だからニール。お礼に手で抜いてやろう」
「!」
 ニールが目を見開いた。そんなことを考えていたのか。刹那は。刹那に手で抜いてもらえるなんて――トイレで一人寂しく慰めることを覚悟していたのに。
「刹那……ありがとう」
「ふん……いつもこうだと思うなよ」
 ニールは起き上がった。刹那も――ニールも刹那も生まれたままの姿だった。
(いい眺めだぜ。刹那)
 浅黒い刹那の肌。こんな綺麗な男をベッドで思い通りに扱えて、俺は何と幸せ者だろうと、ニールは思った。――刹那がニールの花芯に手を伸ばす。そして、手を止めた。
「どうした? 刹那――」
 やはり嫌になったのか。ニールが気になった時である。
「ティッシュを――」
 刹那はベッドサイドのティッシュを引き寄せる。何だ、とニールは安堵の吐息をもらした。さっきの想いは杞憂だったようだ。
 刹那は、ティッシュを持ちながらニールの花芯へと再び手を伸ばす。それだけで達してしまいそうだと、ニールはにやけてしまった。
 もしイノベイター達も、この様子を見ているのなら――。
「刹那……イノベイター達もこの様子見ているかなぁ。まぁ、俺にとっちゃ、見せつけてやれという思いだけどな。――見ているヤツは羨ましがったりしてな……ふふ」
 つい、笑いがもれた。
「大丈夫だ。思考や場面はシャットアウトしている。それに――俺だって見たければ見ろという感じだし」
 刹那が真面目に答えた。愛しい相手と同じ思考をしていたのが嬉しくて、ニールはにやけが止まらない。それにしても、刹那も男前になったな、とニールは思った。――見た目も、考え方も。
「そうだな。見せつけてやれ」
「とはいえ、自分から見せる気はないがな」
 そう言いながら刹那は手でニールの芯を愛撫する。同じ手でする行為なのに、自慰とは比べ物にならないくらい気持ちがいい。刹那は愛の技術にも長けているのだ。アリーや他の男達を悦ばせていたこともあるのだから――。
 そこまで考えて、ニールはふと、刹那に同情した。刹那の話では、ローティーンの頃から、いろんな男の性奴隷にされていたのだ。俺も――刹那にとってはそんな男の一人ではあるまいか、と思った。刹那の想いを知りたいが、彼にもプライバシーというものがある。
(刹那――ちょっとだけ心を開いてくれ)
 ニールのこの脳量子波の想いは、複数の意味を含んでいた。脳量子波で語りたい――そんな思いと、もう少し打ち解けて欲しいという思いと。この頃は刹那も正直な想いを打ち明けるようになってきてはいたのだが。
(……開いているつもりだが?)
(やった。答えてくれた)
(何だ。そんなことが嬉しいのか――)
 刹那の表情を見ると、刹那は穏やかな顔をしていた。
(いい顔してるぜ。刹那――)
(声に出していい。――脳量子波でも悪くはないが)
(どうして?)
(俺は――お前の声が好きなんだ……)
 ニールに愛撫を施しながら、刹那が応答した。
「おー、刹那」
 ニールは刹那を抱き締めた。――刹那が嬉しそうにはんなりと笑った。刹那も嬉しいのだろう。
「もう……しなくていいのか?」
「あ、して欲しいけど……それよりも、お前の台詞が嬉しくてな。何? 俺、そんなにいい声していた?」
「男らしい、美しい声だ。――お前の外見のイメージ通りだ」
「刹那……そんな殺し文句言うのなら、俺は襲っちゃうぜ」
「……一度だけなら……いい」
 刹那は持っていたティッシュを手から離した。後、二人がどうなったかは――言うだけ野暮というものであろう。

「おはよう、ニール」
 爽やかな声が降って来た。アレルヤ・ハプティズムだ。
「よぉ、アレルヤ――ゆうべはいい夜だったか?」
 もぐもぐと口を動かしながら、ニールは朝食をしたためていた。食べながらニールは訊く。アレルヤは顔を赤らめながら、笑みをこぼした。脳量子波で、(まぁね――)と答える。ニールも脳量子波でこう言った。
(いい顔してるじゃねぇか。なぁ、ゆうべはお楽しみだったんだろ)
(ニールこそ――)
(まぁね。――刹那が俺のをしごいてやろうとしてくれたんだ。俺は幸せ者だよ。その後、また本番に走っちまったがな)
 アレルヤがくすっと笑った。
(ニールらしいね)
(何とでも言ってくれよ。――ティエリアとはどうだったんだ?)
(ああ……最高だったよ……)
(だろうな。そんな顔してるもんな)
(え? え? そうかい? 参ったな――そういえば、刹那はどうしたんだい?)
(まだ寝てる。そうそう。大きな声では言えないが、俺はここの食事よりアレルヤの料理の方が好きだな。――お、来た来た)
「おはよう。アレルヤ」
 刹那が食堂に現れた。ライルと一緒だ。ライルはアニューと出来ているらしい。――ニールとライルは、ニールが眼帯を外したら全く同じ顔になるのだが、ニールはライルに焼きもちは抱かなかった。ライルは女好きだから。
 ライルは――今の自分と同じであろう表情をしていた。
「お前ら――二人で来たのかよ」
「ちょうど刹那とキャットウォークで会ったんだ。刹那、何か吹っ切れた顔してんな」
「そうか……?」
 刹那に、何か悩みでもあったのだろうかと、ニールは首を傾げる。刹那が脳量子波で言った。
(ニール……俺は今までお前に甘えていたのではないかと思ってな。本当は嬉しいのに、照れ隠しで冷たくしてみたり――嫌われても仕様がないよな……)
(刹那……俺はお前を嫌いだと思ったことは一度としてなかったよ)
(俺を憎んだことはあっただろう? 俺の過去のことで……)
(ああ。でも……その後惚れ直した)
「どうしたんだ? 兄さんに刹那――見合ったままで、妙な感じだぜ」
 ライルはどうやらイノベイターではないらしい。けれど、ニールの血縁だから、イノベイターの力に目覚めるのは時間の問題かもしれないし、今は、刹那がニール以外には心を読めないようにしているだろう。
「ニール。ここに座っていいか?」
「俺も、座っていいかな? 兄さん」
 刹那とライルは同じようなことを訊く。
「ああ。飯を食うなら賑やかな方がいい。――アレルヤ、お前も一緒に食うか?」
「僕は――ティエリアとベルがいるから……」
 アレルヤはすっかり父親の顔だ。彼はティエリアとベルベットの待つテーブルへと向かった。ティエリアがアレルヤに、「ニール・ディランディと何を話していたんだ?」と優しく言うのが聴こえた。今回は家族水入らずにしてやろうと、ニールは思った。

2018.02.12

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