ニールの明日

第二百二十九話

「おお、お前ら。遅かったな」
 イアンはリヒテンダール・ツェーリ――リヒティ――とラッセ・アイオンに向かって手を挙げる。
「ああ――すみません。でも、おやっさん、アンタのせいでもあるんスよ」
「何? 俺のせい?」
 イアンが目を丸くするのが見えたような気がした。
「オペレーションルームで働いていた少年が俺らを呼びに来たんスが――他の職員に捕まってしまって」
「おやっさんへの愚痴を聞かされたよ」
 リヒティとラッセが口々に言う。
「それは災難だったな」
 イアンが笑いを噛み殺す。
「他人事みたいに言うけど、おやっさんのせいですよ。おやっさんが皆を追い出すから――」
 リヒティの文句は続く。だが、ティエリアは――ほっとしていた。
 無機質な匂いのするオペレーションルーム。その匂いは、ティエリアにはお馴染みのものだったが、やはり、仲間がいるとほっとする。そして、リヒティもラッセも機械には強い。
(ヴェーダ……僕は何とかやっています)
 自分にとっては故郷のようなヴェーダのことをティエリアは思い起こした。
 少しは、人間らしくなったと思う。アレルヤやトレミーの皆のおかげで――後、ベルベットの存在も大きい。
 ベルベット・アーデ。平行世界から来た天使。あの子が来て、皆の意識ががらりと変わった。やはり、子供が絡むと、大人達もしっかりせざるを得ない。
『初めまして。リヒテンダール・ツェーリ、ラッセ・アイオン』
「おっ、綺麗な声だな。誰だ!」
「何だよ、リヒティ。クリスがいるくせに目の色変えて――」
「まぁ、それはいいから――どんな美女なんだろうな」
「――これ」
 イアンがしょっぱい顔でモニターを指差す。
「地球外変異性金属体だ。通称ELS」
『宜しくお願いします』
「そんな~……」
 リヒティはがっかりした声を出した。ティエリアはくすっと笑う。
「何だよぉ。ティエリア。笑うなよぉ」
「いや……でも、どうやって喋っているんだ。口なんかなさそうだが」
 ラッセが尤もな疑問を口にする。イアンが答える。
「さぁな。これは俺の勝手な想像だが――金属片を触れ合わせて世にも妙なる音を出して声にしているのだろう。――リヒティが美女と間違えるくらいの綺麗な声を」
「もう――おやっさん。それは言わないでくださいよ」
 リヒティが苦笑する。
「で、ELSとやらはどうしてここにアクセスして来たんだ?」
 ――と、ラッセ。
『私達は――いろいろな形でアクセスしていました。例えば、イノベイター達になど。ですが、人間と話すのは稀です』
「いろんなことが起こるなぁ。この基地では」
 アレルヤの言葉にティエリアは頷く。アレルヤの言う通りだ。
『――他にも昔、話した人間もいました。名は、イオリア・シュヘンベルグ――彼は外宇宙語の研究もしてまして……』
「ちょっと待って! イオリアとも話したのか!」
 アレルヤが驚いた声を出す。
『はい』
「そうかぁ……やはりイオリアは只者ではなかったか」
 イアンもイオリアを認めているらしい。ELSは続けた。
『けれど――私の目指す方向とイオリアの目的は違うことがわかって――私達は結局袂を分かってしまいました。それは、彼のいまわのきわでした』
「そうか。――対話を重視したイオリアのじいさんがねぇ……まぁいろいろあらぁな」
 イアンが呟く。我々もイオリアの理念を受け継いで活動しているのだが、そのことに関してはELSはどう思っているのだろう。
「我々のことについては、ELSはどう考えていたのだ? 出来れば詳しく話してくれるのが望ましい」
 ティエリアが言った。
『以前から、貴方がたと仲良くしたかったのは山々でしたが、イオリアのこともあって二の足を踏んでいまして。貴方やアレルヤ達とアクセスするのに反対のメンバーもいましたし。ベルベット・アーデ……彼女がいなければ、私達は貴方がたとコンタクトを取ろうとは思わなかったかもしれません。――それに、ニール・ディランディと刹那・F・セイエイ。彼らが襲撃に遭わなければ。けれど、これがきっかけとなって地球の人類と分かり合えることが出来ればと考え、今回思い切って接近してみました』
「そうか――ニール達はアロウズに襲われたのだろう?」
『ええ……』
 ティエリアの言葉に、ELSが言いにくそうに――そう聞こえただけかもしれないが――答えた。
『皆さん――アロウズには気をつけてください』
「わかっている」
 そう。アロウズは敵だ。――ティエリアはそう思っている。そのティエリアの思考を読んだら、刹那はどう思うであろう。
『特に、リボンズ・アルマークには』
「ああ――あの男は油断がならない」
『けれど――私達はアロウズとCBが戦うのを見るのは好みません。例えそれが必要な戦いだったとしても』
 ベルベットもそう言いそうだな。ベルベットも戦争は嫌なようだ。ティエリアも、出来れば無駄な戦いは避けたかった。
 それに、リボンズは王留美とグレンを結び合わせてくれた。
 リボンズが悪党でないなんて言わない。けれど、どこか憎み切れない自分がいた。リヴァイヴやヒリングに対しても同様である。――同じ、存在なのだから……。
(ヒリングやリヴァイヴは――リボンズに操られているだけなんだ……きっと、そうだ……)
 ティエリアはぎゅっと拳を握った。
「ティエリア?」
 アレルヤが気掛かりそうにティエリアの顔を覗く。
「……多分、近々アロウズから連絡が届くと思うぞ」
 ――と、イアン。
「おやっさん、皆――アロウズに負けないようにしよう」
「おう!」
 リヒティとラッセは互いに腕を合わせた。
「けれど、ニールと刹那の居所がわからないことには――」
 アレルヤが言いかけた時、ELSが口を挟んだ。
『ニール・ディランディと刹那・F・セイエイは、ここから離れたスペースコロニーにいます』
「よし、僕達も行こう」
「しかし、勝手に動いていいものかどうか――」
 今すぐにでもニール達のところに行きたいティエリアに対して、アレルヤは慎重な考えを持っているようだ。
「ティエリア、アレルヤ――お前らまでいなくなったら、俺は――」
 リヒティが心配そうに言った。アレルヤとティエリアに何かあったら、ガンダムマイスターはいなくなる。それは、ライルもロックオン・ストラトスの名を引き継いだガンダムマイスターかもしれないし、エクシアには沙慈がいるが。
 ガンダムマイスターはティエリアにはとっては、自分と、アレルヤ、ニール、刹那以外にいない。
『ニールと刹那なら取り敢えずは大丈夫です。彼らは保護されています。ただ、時間が――』
「おっ、アロウズからアクセスだ」
 イアンがELSの言葉を遮った。
「――え?」
 ティエリアとリヒティが詰め寄る。
「なになに? ――ニールと刹那にだ。後18時間でアロウズに来いだって? ふざけやがって!」
 リヒティは怒りを露わにして、どんとテーブルを叩く。
「制限時間までに来ない場合は、CBには停戦の意志なしと見做して攻撃する――か。最初からこれを狙っていたんだな。アロウズは」
 ティエリアは顎に手をかける。そして、ELSに訊く。
「ニール達がいるところはここからどのぐらい離れている?」
『――ニール達を護る為に、我々の仲間が勝手にワープさせてしまいました。けれど――我々が力を合わせればすぐにアロウズの本部に着きます』
「そうか、良し!」
 ティエリアが大声を出したのを聞いて、アレルヤは吃驚した顔でこちらを見た。リヒティが続ける。
「そう。こっちにはELSがいるんだから、怖いものはないよな!」
『リヒティ――そう呼んで構いませんか?』
「――ああ」
『リヒティは私達の正体を見て、がっかりしていたように見受けられますが――』
「ああ、悪かったよ」
 リヒティがガシガシと頭を掻く。けれど、リヒティにはクリスがいる。彼もそんなに本気にがっかりしている訳ではなかった。ラッセが力づけるようにバン、とリヒティの背中を叩く。イアンがそれを見て――そう、これでいいんだ、と呟いたのをティエリアは聞いたような気がした。――アレルヤが言った。
「イアン。ニールと連絡は取れないかな」

2018.01.26

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