ニールの明日

第二百二十一話

「ほう、イノベイター狩りを知らないとは――君は両親から教わらなかったのかい?」
「――私も初めて聞いた」
 ティエリアが発言した。
「僕もです」
 と、アレルヤ。リボンズが続ける。
「――ベルベット君、君の元いた世界には、『イノベイター狩り』というのがあったんだ。僕も他のイノベイターから知ったことだが」
 ベルベットはリボンズの立体映像をじっと見ていた。
「……いのべいたーって、なに?」
「――これはこれは。イノベイターも知らないとは。君の親は何をしていたのだろうね。そんなことも教えていないとは」
 リボンズが嘲笑した。
「イノベイターは、人間よりも優れた存在だ。――さっき、僕がイノベイターしか反応しない電波を送った時に気分が悪くなった者達がいただろう。それが、僕の仲間さ。君もそうなんだよ、ベルベット・アーデ」
「なかま……」
「騙されては駄目だ。ベルベット!」
 ティエリアが悲痛な声を上げた。
「僕達は――人間だ」
「ティエリア・アーデ。君はわざわざ劣った種の味方をするつもりかい? ――結構な茶番だ」
「黙れ!」
「俺も――ティエリアに賛成だ」
 ニールが言った。彼はまだ、吐瀉物の不快な感覚と臭いに悩まされながらも、自分を取り戻そうと必死だった。そして、ごほごほっとせき込む。
「大丈夫か? ニール」
 刹那が訊いた。ニールが口元を笑みの形に歪めた。
「大丈夫だよ。――ちょっと雑巾とティッシュ持って来る」
「おい、後片付けなら俺達がやっておくよ」
 ダーナルが言った。
「ありがとう――ダーナル」
「それよりも、今はこいつの話を聞くのが先じゃねぇか? 何だよ。人のこと馬鹿にしやがって。人間様もなかなかやること、身をもって教えてやるよ!」
「ニール・ディランディ――君もイノベイターだな。『あの世界』ではとっくに命を落としたというのに――」
「何、馬鹿なこと言ってやがんだ! ニール・ディランディは生きている! 俺らは確かに頭が悪くて難しいことは知らねぇ! でも、ニール・ディランディは生きている!」
「そうだそうだ!」
 ブーイングがあちこちから沸き起こった。
「お前ら……」
 ニールは目頭が熱くなるのを覚えた。だが――ニールは知っていた。自分はもう、死んでいるのと同様であることを。自分が死んだ時の感覚。そんなことを覚えることがあったことを。
(ニール、ニール……お前は死んだんじゃない。この世界に生き返ったんだ……)
(ありがとう……刹那)
 刹那の言う通りだ。ニールは再びよみがえったのだ。刹那への愛で――この世界への、愛で。
「ありがとう……皆」
「泣くなよ、ニール――ほら、まだ話し合いは続いているようだし」
「その通りだ。ニール・ディランディ。お前は、イノベイターとして、よみがえった」
 リボンズが託宣のように口を出した。
「ニール……」
 王留美がこちらを見た。さっきとはうってかわって、何だか困っているようだった。
「ああ――済まない」
「王留美。僕はこの会談の内容を知っている。ホーマーばかりではなく、僕の一存でも決められないね。どうだい? 僕達に話し合いの機会を与えてくれないかい?」
「リボンズ……」
(ふん、どうせなんやかんや言って丸め込むくせに……)
(刹那……)
 だが、ニールも刹那と同意見だった。リボンズが続ける。
「――話し合いには、僕らアロウズだけでなく、CBからの代表として、ニール・ディランディと刹那・F・セイエイを指名する」
「何――?」
 ニールは目を瞠った。王留美がリボンズの映像に向き直った。
「ここではいけないんですの?」
「悪いが、僕達にはいろいろ秘密があるのでね――ニール、刹那、君達はどうだい? アロウズに来てくれるかい? それとも断るかい? ――断られたら残念だけれど、君らには選ぶ権利がある」
「罠に決まっている!」
「ニールと刹那を俺達は必要としているんだ! ――俺らじゃ駄目なのか!」
「悪いが君たちに用はない」
 リボンズが言下にはねつけた。
「何だと、この――!」
「お静かに」
 王留美が凛とした声で言った。流石の大の男達も黙らせるほどに。
「ニール、刹那。貴方がたはどうお考えなの?」
「俺は――罠だと思っている」
 刹那が堂々と言った。
「――だな」
 ニールも同意した。
「そうですか。――まぁ、そういう訳ですから、この話はなかったことに……」
「何を言う。王留美。俺は行かないなどとは言っていない」
 刹那が王留美の言葉をさえぎって言う。
「――俺もだ」
 と、ニール。
「ニールまで……貴方がたは罠だと知りつつ、それでも行こうと言うのですか?」
「ああ――今のままでは膠着状態だ。俺は行く。――ニール、お前はどうする」
 刹那は強い目をしていた。ニールがふと、笑った。
(そう――この目だ。刹那のこの目に惹かれたんだ……刹那のこの目に射抜かれたいと――射殺されたいと……)
 それは甘美な毒であった。このまま、この青年について行きたい。ニールは思った。そう――ニール・ディランディは刹那・F・セイエイのものであった。抗うことなどどうして出来よう。
「いいぜ。俺も、行く。お前とだったらどこまでも――」
「ニール……」
 刹那はリボンズの映像の方へと向き直った。
「――だ、そうだ。俺達はアロウズに行くことにした」
「刹那。それでいいんですの?」
 王留美がしゃんとして、刹那に問うた。
「ああ。――俺もニールも同じ意見だ。アロウズに向かうことについて、否やはない」
「ふふ……罠だとしても来るのかい? 君達は」
「ああ――この世界を護る為にそして――」
(リボンズ・アルマーク。お前を救う為に)
 言葉の後半は、ニールにしか聞こえなかったであろう。ニールはまだ、刹那が諦めていないことに納得しつつも驚いていた。だが、それが、刹那・セイエイという男なのだ。こうと決めたら、梃子でも動かない。
(お前は、まだ、リボンズを救う気か――)
 刹那は何も言わず、ニールに向かってこくんと頷いた。それで、二人は通じ合った。
「では、僕はこれで――」
 リボンズは、礼をして、そのまま去ってしまったようだった。しん、と沈黙が下りた。だが――。
「な、何だよ、あいつ――俺達のことなど目に入っていない様子で――!」
「ああ。だが、仕方がない。そういうヤツなのだろう?」
「済まない。CBの皆さん。確かに、あれはああいう奴でな」
 ホーマーが言った。少し、リボンズの扱いには困っているところもあるであろう。
「いや、ホーマーさん。アンタが悪い訳じゃない」
 CBの連中はホーマー・カタギリには同情しているようであった。少なくとも、反感は抱いていない。
「ニール・ディランディ。刹那・F・セイエイ。――アロウズで待っている。我々は君達が再びアロウズに来てくれることを歓迎する」
「どうも」
 ニールはそう答えながら、ビリーのことを考えていた。
(ビリー。アンタの叔父は立派な男だよ)
 だが、リボンズがいるのではホーマーも大変だろうな、とは思った。それから、ホーマーよりビリーの方が、将来いい男になるに違いない。――と、そうも考えていた。ニールは、眼帯を人差し指で撫でた。

2017.11.6

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