ニールの明日

第二百二十話

「どうしたの? シャーロット」
 リボンズ・アルマーク機構の一室――。シャーロットの母エンマが訊いた。
「……てんきがわるいの」
「まぁ……でも私達がいくらイノベイターだと言っても、天気を変えることは出来ないのよ」
 その時――。
 ピシャーン! 
 遠くで雷が鳴った。
「ママ、こわいの……」
 シャーロットがエンマに抱き着く。エンマからは香水の匂いがした。
「どうした? 嬢ちゃん」
 シャーロットの父、フランクリンが言った。
「あなた……シャーロットが雷が怖いんですって」
「ようし、ここは室内だから安心だぞー」
「パパ……」
「さぁ、いい子でお昼寝しましょうね」
「――はぁい。ママ」
 そう答えながらもシャーロットは窓から外を見、まだ夢でしか会ったことのないベルベット・アーデの身の上を案じていた。

「――どうなっている」
 その日、アロウズのカティ・マネキン大佐はぴりぴりしていた。ホーマー・カタギリが王留美と非公式の会談をしていることは知っている。カティは、是非内容を知りたいものだと思った。
「リーサ・クジョウ……」
 さっきスメラギ・李・ノリエガから停戦に持っていけるよう、協力してくれとの要望があったばかりだ。スメラギからの連絡は珍しい。因みに、リーサ・クジョウは、スメラギ・李・ノリエガの過去の名である。
 アロウズとCB。今は敵対していても、連絡を取り合うことは出来るのだ。
 カティはこめかみをとんとんと叩く。停戦に異論はない。だが――。
(私は戦う為に生まれて来たのだ)
 しかし、最近、その決意も揺るぎかけている。それは、ある男が原因だった。
「大佐~」
 ハートマークを飛ばしながらやってくるこの男。パトリック・コーラサワー。通称不死身のコーラサワー。女好きの、名前までふざけた奴だ。どういう訳か、カティに猛アタックしている。
「帰れ」
「そんなけんもほろろに……はい」
「私に花束は似つかわしくないと言ったはずだが?」
 カティは、コーラサワーが差し出す薔薇の花束をうんざりした様子で眺めていた。
「あ、薔薇はお嫌いでしたか? じゃあ、百合でも持ってきましょうか? ――百合の花の香りって、俺、大好きなんですよね。大佐にも似合うし。大佐はさながら、凛と咲く一輪の百合ですね」
「失せろと言ったはずだ」
「――CBとの戦いがなくなれば、俺も少しは暇になるはずですよね」
「お前はいつも暇ではないか。それに、そう上手く行くとは限らんぞ」
「大佐……CBとの戦争が無くなったら――俺とデートしません?」
「……CBの王留美が水面下で動いている。戦争を無くすように。だけど、コーラサワー。戦争が無くなったら、お前の仕事も無くなるんだぞ」
「いいっすよ。俺、戦争無くても食いっぱぐれありませんから。俺は無敵なコーラサワーです。そして――」
 コーラサワーはカティの手を取って、その手に指輪を嵌めた。
「婚約指輪です。――あちゃ、ちょっと大きいかな」
「――どうやって手に入れた」
「ちゃんと給料分は働きましたよ」
「そうだったな――お前は不死身のコーラサワーだ。破格の値で雇われてたんだろうな」
「そうっす。平和になったら――結婚しましょう」
「……取り敢えず、その話は保留だ」
「色よい返事待ってます。あ、これどうぞ」
 コーラサワーは司令室を出て行った。――花束と指輪を残して。指輪はするっと指から抜けた。
「こんな物――」
 カティは花束も指輪も捨てようとしたが、どうしても躊躇してしまい、捨てることが出来なかった――。

 ラグランジュ3、食堂――。
「お話は承った」
 五十がらみで、立派な髭をたくわえた男の立体映像が食堂の中に映し出されていた。
「私にも頷けるところが多々ある。しかし、それは私の権限では決めかねる」
「そうですの……」
「これは緊急事態だから言うことだが――私より上の存在がいることは知っているな?」
「存じておりますわ。貴方がスポークスマンだということも」
 王留美の極上の笑顔が見えるようだった。こうなった王留美は手強い。――ホーマーもそれを悟ったらしい。王留美の台詞を否定はしなかった。
「では……私は何をすべきかね?」
「お好きなように。ホーマー・カタギリ――アロウズ最高司令官」
「――彼を連れてくる」
(いよいよラスボスの登場か――)
(気合い入れて迎え入れろよ刹那――!)
 ニールが脳量子波で刹那に伝えた時だった。頭の中に、我慢できないくらいのノイズが走った。
「げ……げぇっ!」
 戦いに慣れ、強さも耐性も常人とは比較にならないニールでさえ、思わず吐いてしまう程に。――ルイスも辛そうに頭を抱える。沙慈が一生懸命そんな恋人の介抱をしている。ルイスと同じく、具合の悪そうにしているアニューにはライルが付き添っている。
 壁一面に、赤い目が映った。
「う……頭が……」
「マリー!」
 アレルヤがソーマ・ピーリスの元へ駆け寄ろうとする。ティエリアが続けて叫んだ。
「駄目だ! アレルヤ! 彼女に近づくな! 彼女の負担が倍増する!」
「し――しかし……!」
「それに君も……」
「うっ!」
 アレルヤにも頭痛が伝播したらしい。アレルヤが頭を押さえる。――マリーも。
「アレルヤくん……」
 セルゲイ・スミルノフ大佐が進み出た。
「どいてくれ。彼女はマリーじゃない。彼女はソーマ・ピーリス……私の娘だ」
「セルゲイさん……」
「嬉しい……私は、本当に、あなたのことが……あなたの、娘で、光栄です……」
「ソーマ……」
 セルゲイは天を仰いだ。腕を一杯に広げ。
「ホリー、今こそ私の執着から解き放とう! ソーマ・ピーリスは私の妻だ!」
「セルゲイ……」
 ニールは微かに呟く。彼の脳裏に、ホリーと思しき女性の優しい笑みが浮かんで消えた。――ニールの目には涙が溜まっていた。吐き気と……それから、言うに言われぬ感情で。
「ふふっ。あの男――ようやく素直になったな……」
 刹那が微笑みを浮かべた。
「喋るな、刹那……お前も辛いはずだ……」
「ニールこそ……」
 俺は大丈夫。そう言いたげに刹那はまた微笑んだ。ベルベット・アーデが泣いている。きっと、ニールらと同じ苦痛を味わっている。ニールはベルベットに近づこうとした。
「ベルベット……泣くな……」
「ベル、平気だよ。とうさまもかあさまもいるんだからね」
 アレルヤとティエリアが、ベルベットを包み込む。
 ――リボンズの美声が響いて来た。
「イノベイターとして覚醒していた者は思ったより存在していたみたいだな。元々イノベイターだった者も加えれば――十分な収穫があったと言える」
「り……リボンズ……」
「ひとつ忠告してやろう。イノベイターは地球では忌み嫌われる存在だ――ベルベット、君は、『イノベイター狩り』というのを知っているかい?」
「な……なにそれ……こわいこと……?」
 ベルベットはしゃくり上げながらかたかたと細かく震えている。――イノベイター狩り。中世ヨーロッパの魔女狩りみたいなものだろうか。ニールは、何故この世界にベルベットが来たのか、わかったような気がした。ベルベットの実の親――平行世界のアレルヤとティエリアは、きっと、ベルベットをニール達に託したのだ。

2017.10.27

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