ニールの明日

第二百七十七話

「りひちゃまはものしりなのー」
 ベルベットが言うと、リヒターはえっへんと胸を張る。皆がどっと笑う。クリスが快活に訊く。
「私達も何か手伝いましょうか?」
「じゃあ、テーブルの飾りつけをお願いしようかな」
 そう言ったのはコック長のオハラ。
「はーい」
 クリスは鼻歌を歌いながらテーブルクロスをかける。きっと新品に違いない。それとも、洗い立てのアイロンをかけた匂いのする布地か。――そこへ、フェルトがやって来た。
「あら、フェルト」
「……こんにちは」
「ふぇるとおねえちゃまー」
 べルベットがフェルトの足に抱きつく。
「ずるーい。べるねえ、ぼくもぼくもー」
「おとこのこはそんなことしちゃだめなの!」
 ベルベットが怒鳴る。リヒターも叫ぶ。
「なんで!」
「とにかくだめなの!」
「まぁまぁ、二人とも、喧嘩しないで」
「……りひちゃま。あのね、べるにだきつくんなら、いいよ」
「でも、べるねえとはいつもひっついてるじゃないか。――それでもいいなら、べるねえにだきついても。いい?」
「うん!」
 ――ベルベット・アーデに、リヒター・ツェーリ。二人はとても仲が良い。おままごとで結婚する程、仲がいい。
 けれど、多分、ベルベットの彼氏は、違うリヒターとは男がなるだろうと、ニールは見て取っていた。リヒターは、ベルベットのいい幼馴染ではいるだろうけれど――。
(僕もそう思うよ)
 ニールの脳裏に、ティエリアの言葉が響いた。
(ティエリア――?)
 ティエリアの方を向くと、彼は微笑んでいた。ティエリアも変わった。アレルヤ・ハプティズム……そして、ベルベット・アーデという存在を得て。しかし、その次に見たティエリアの微笑は、横顔ながら少し寂しそうにも思えた。
(まぁ、いつか現れるだろうね。ベルベットの運命の人が――)
(アレルヤとティエリアみたいにかい?)
(そう、君と刹那と同じように。そして――)
 少し、間が空いた。
(――沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィと同じように)
(そうだな。後、ラッセにもいい相手が来ることを願うよ)
(僕もだよ。ニール・ディランディ)
 ティエリアはラッセの方を見た。ラッセ・アイオンは器用で、機械の組み立ても順調にやってのける。沙慈もなかなかの手さばきだ。
「ん? どうした? ティエリア」
「ラッセ・アイオン。貴方が器用だな――と思って」
「これでもCBの一員だからな。惚れ直したかい?」
「え?」
「うそうそ。お前にはアレルヤがいるんだからな――」
「かあさまにはとうさまがいるのー」
「そうだぞ。とびっきり優しい父様と母様だぞ」
「私は……優しくなんか……ない……」
 ラッセの言葉に、ティエリアが赤くなって喋る。ベルベットはティエリアの裾に飛びついた。ティエリアからはいつものように、きっと菫の匂いがするだろう。
「かあさまはやさしいのー」
「こら、ベルベット。離れないか!」
「いいじゃねぇか。――親子仲良くてさ」
 そう言って、ニールはまたパシャっと、端末のカメラ機能を使う。ティエリアは「あわわ……」と、彼にしては珍しく泡を食っている。刹那はほんの少し口の端を上げている。刹那も面白がっているようだ。ニールはティエリアが可愛いと思った。
(俺程じゃないけれど、アレルヤも見る目があるじゃないか……)
 ニールは密かに惚気る。ニールは刹那を選んだ自分を自慢に思っているのだ。
「僕は……ベルベットは好きだが、それでもいつかは別れの時が来る。だから……情を移してはいけないんだ……」
「寂しいことを言うね。ティエリア。僕は、君達といっぱいいっぱい思い出を作りたいな。そうでしょう? コック長。ほら、ニールも微笑んでるよ。僕達を祝福してるんだよね。そうだろう? ニール」
「そうだな。皆、ハッピーエンドになればいいと思ってるよ――魂に最後があるかどうかはわかんないけどな……」
 ニールが呟いた。
 けれど、もし、刹那と永遠を永らえたなら――。
 ニールにとっても幸せであろう。
 皆、いろんな形で幸せを掴めばいい。ニールだって――それに多分刹那だって、今は幸せになったのだから。
 ニールはリボンズが気の毒に思った。
 自分はイノベイドだと称して、突っ張っている彼。けれど、きっと、彼にも幸せは用意されているはずなのだ。――それを手にする前に死んでしまっては元も子もないのだが。
 ――いや。アリーだってニキータと幸福に暮らしているのだ。リボンズだってきっと。
 アレハンドロ・コーナーはどこに行ってしまったのやらさっぱりわからないが。
 ニールがいろいろ考えていた時だった。
「皆ー! 何やってるのー?!」
 バーン!と扉が開いてネーナ・トリニティがやって来た。ニールは頭痛がしてきた。ベルベットがティエリアの陰に隠れる。
「どうした? ベルベット」
「――べる。ねーなおねえちゃまきらい」
「あっそう。嫌いで結構」
 ネーナはツンと鼻を聳やかした。紫ハロが言った。
「シャーネーナ、シャーネーナ」
「ベルベット。嫌いだからと言って、本人の目の前で言ったら良くないぞ」
 ティエリアも充分ずけずけ言いだがな――とニールは思う。
「はあい」
 ベルベットはしょもんとなった。
「サイコロステーキ、追加だよ」
 コック長が皿を持って来た。アレルヤは厨房を任されたらしい。食欲をそそる香りがする。
 ベルベットが言った。
「こっくさん、おにくひとつください」
「はいよ」
 ベルベットはチーズをステーキにつける。そして、ネーナに向かって言った。
「ねーなおねえちゃま、これあげる」
 そう言ってチーズの絡んだサイコロステーキを差し出す。
「ふ……ふぅん。まぁ、そう言うなら食べてあげてもいいけど?」
 ぱくっ。
「あら。美味しいじゃない」
「どうもなのー」
「何よ。チーズフォンデュが美味しいのはベルベットのおかげじゃないでしょ?」
「う~」
「ま、でも、不味くはないわ」
「これがネーナの精いっぱいの礼なんだ」
 ――刹那がベルベットに耳打ちする。それはニールにも聞こえた。全く。ネーナ・トリニティ。こいつもツンデレなんだから。刹那の説明に気を良くしたのかベルベットが笑う。
「もうひとつどうですか?」
「……いただこうかしら」
「あ、ネーナ。こんなところにいたのか」
「あ、ミハ兄。――チーズフォンデュ美味しいわよ」
「そっかー。そういや腹減ったな」
「ミハエルおにいちゃまにもひとつあげる。よはんおにいちゃまはどうしたの?」
「ああ……そろそろ来るだろ」
 ミハエルの言う通り、ヨハンはすぐに来た。ほんの少し、優し気な雰囲気を漂わせて。ベルベットがヨハンの前にとことこと行く。それを追ってリヒターも。
「よはんおにいちゃまもちーずふぉんでゅひとくちどうですか?」
「ああ、ありがとう。――トレミーのメンバーはこれで全部じゃないな。……まだ来てない人もいる」
 ここにいないメンバー……イアンの家族にアニューにライルにセルゲイ、ソーマ、リヒティ……後は――ニールはスメラギ・李・ノリエガのことが気になった。また飲んだくれていないといいが……。

2019.06.18

→次へ

目次/HOME