ニールの明日

第二百七十八話

 ――やはり、スメラギ・李・ノリエガのことが気になる。ニールは刹那に話しかけた。
「おい、ミス・スメラギのところに行って来るぜ。俺」
「わかった。――ニールとスメラギなら、間違いは起きないだろう」
 刹那・F・セイエイと言う青年に恋している男と、死んだ男の記憶を引きずっている女――間違いが起こりようはずがなかった。少なくとも、ニールはそう思っている。――刹那もだ。
「ここは任せていいか?」
「別にいいが?」
「悪いな。刹那」
 そう言い残し、刹那は廊下に出た。――スメラギの部屋へと向かう。ここからそんなに離れていない。
「ミス・スメラギ。俺だ。ニール・ディランディだ」
 そう言いながらも、これに似たシチュエーションが前にもあったなと、少しおかしくなってニールはくすっと笑う。
 ――スメラギの部屋からは酒の臭いが抜けていた。
「どうした? ミス・スメラギ。心境の変化か?」
「貴方達が戦っているのに、私だけ酒に逃げ続ける訳にはいかないでしょう?」
「――ここで何をしていた。ミス・スメラギ」
「……エミリオに誓いを立ててたの。私は、皆が幸せになる世界を武力を使ってでも創るって――そして、そのユートピアが出来上がったらその時は……他の男性を受け入れてもいいですか、と」
「……ミス・スメラギ……他の男性というのは、ビリー・カタギリだな」
「何を笑っているの? ニール――他人のプライバシーをほじくり返さないでくれる?」
「いやはや。アンタもビリーのこと、考えてくれてるんだな。ビリーの友人として、嬉しいぜ」
「こちらこそ――貴方には感謝しているわ。何か飲む?」
「――酒以外のものを」
「わかったわ。オレンジジュースがあるから、それでいい?」
「ああ」
 ニールは冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。オレンジジュースはニールも好きだ。しかし――。
「よく、オレンジジュースなんてあったな」
「オレンジスクリューが飲みたくなった時なんかにね」
「そうか――俺も好きだ」
「それから……」
 スメラギは言いにくそうにしている。ニールは待った。――スメラギは話し始めた。
「酒に逃げてるって刹那の言葉、はっきり言ってショックだったわ。……でも、私はお酒が好きなの。あまりのめり込まないようにするけれど」
「そうだな。何事も程々がいい」
「ビリーには、しばらく会わないわ」
 スメラギの言葉にニールが目を瞠った。
「どうして――アンタら好き合ってんだろ? さっさとしねぇと、ビリーを他の女に取られちまうぜ。あの男はいい男だから――」
「それなら、なるようになるわね」
 スメラギがくすっと笑った。
「あー、もう、ミス・スメラギ。アンタにゃ敵わねぇよ」
 そう言って、ニールはオレンジジュースを飲み干した。
「お代わりは? もう一杯分くらいはあるはずよ」
「いや――これでいい。喉の渇きは充分癒された」
 そして、心の渇きもな――ニールが心の中で呟いた。尤も、刹那といれば、心の渇きも怖くない。
「エミリオのことを考えるのは辛いわ。だけど――私は前を向いていかなくてはならないのね」
「流石ミス・スメラギ」
 ニールはパチパチと手を叩いた。
「冗談よしてよ」
「いや、本気さ。――アンタ、変わったな」
「……ビリーにはしばらく会わない、って言ったけど、本当は会いたいわ」
「自分の心に正直になれよ。ミス・スメラギ。――いや、ミセス・スメラギの方がいいかな」
「もうっ!」
 冗談を言うニールに、スメラギは枕を投げつけた。
「本当、アンタらには幸せになってもらいたいもんだぜ。――どちらも、俺の大切な仲間だからな……」
「仲間……」
 スメラギが嬉しそうな顔になる。そう。スメラギ・李・ノリエガもCBの仲間なのだ。ビリー・カタギリはアロウズだが、ニールにとっては仲間だ。いろんな仲間がいて――ニール・ディランディという存在がある。
「俺も、父さんや母さんやエイミー達に助けられてると思うんだ……あの世から。きっと、幸せに暮らしてる。毎日神様に祈っていたからな。それに、俺にはライルもいる」
「……カタロンはどうなっているのかしら」
「相変わらずらしいよ。クラウスは世直しの為に戦ってるし、マックス達はオートマトンを破壊する機械を造る手伝いをしている。――そもそも、もう既にオートマトンは製造中止になってるがね。……表向きは」
「カタロンのクラウスさんとは何週間か前に話したばかりだけど……」
「クラウスに乗り換える?」
「馬鹿ッ!」
 ――そして、スメラギは溜息を吐いた。
「刹那はどうしてこんな馬鹿な男が好きなのかしら……」
「馬鹿だからじゃねぇか?」
 ニールはけろりとして答える。皆が笑ってくれるなら、道化になったって構わない。――刹那の為にも。
「貴方は馬鹿になれる男なのね。ニール」
「――元々馬鹿さ」
「いいえ。馬鹿じゃないから……馬鹿にもなれるんだわ」
「おいおい。それは矛盾してるぜ」
「そうね……私は何を言っているのかしら」
「――ビリーのこと、宜しく頼むよ。それとも、俺に仲介役になって欲しい?」
「まぁ、なってくれるんなら……」
「んじゃ、ビリーに連絡すっか」
 ニールが端末を取り出す。スメラギが慌てる。
「や……やめてよ。それは……私、どんな顔でビリーと話せばいいの? ほら、それ私に頂戴――」
「もう遅いよ」
『やぁ、ニール・ディランディ。久しぶりだね』
 ――端末からはビリーの明るい声がした。
「よぉ、ビリー。今、ミス・スメラギの部屋にいるんだけどね……」
『何?』
 ビリーの声が気色ばむ。
『スメラギ……確かエミリオという男のことばかり考えていると思ったら――』
「怒るなよ。ミス・スメラギと俺の間には何もない。俺には刹那がいるのは知ってるだろ」
『それは……まぁ……』
「グラハムは元気か? 元気でなくてもそれはそれでいいんだが」
『元気でやってる。――急に連絡寄越すなんてどうした。ニール・ディランディ……』
「いやぁ、ミス・スメラギがアンタに会いたいと言っていてね……」
「やめてよ!」
 スメラギが怒鳴る。
『あ、そうか……僕があんまり連絡を寄越さないから……けれど、僕はスメラギに怒っているんだ。指一本触れさせてくれなかったというだけじゃない。僕が彼女の信頼に値しなかったんだと思うと――』
「何で私が貴方を信頼していないと思ったの?」
『君はCBの戦術予報士をしているんだろう。そのことを一言も言ってなかったじゃないか。まぁ、理由はそれだけでなかったんだけど――』
「あら、他にどんな理由があると言うの?」
『君にはもう――恋人がいると思ってさ。それを聞くのが怖くて――』
「そうね! もう、私には既にとびっきりの恋人がいるわ!」
『誰だい? そいつは!』
 ビリーの声が険を帯びる。
(えええええっ?!)
 ニールも驚いて心の中で絶叫する。スメラギもそんな素振り全然見せてなかったくせに……。スメラギは外見も中身もいい女だから、モテても不思議ではないと思っていたけれど――。 
『言ってくれ! 名前だけでも! 何と言う名だ!』
「ビリー・カタギリと言う名よ!」
 一瞬――部屋の空気が静まった。ビリーも凍り付いた。ニールが呟いた。
「……コングラッチュレーション……」

2019.07.03

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