ニールの明日

第二百七十一話

 ――アレルヤ・ハプティズムはトレミーの倉庫部屋に入る。かび臭い。
 ここなら、誰も来ないし、独り言を聞かれることもない。イノベイター達には筒抜けでも。アレルヤは髪を掻き上げた。露わになったのは金目銀目のオッドアイ。
「ハレルヤ、ハレルヤ」
(ここだよ。俺はいつもてめぇと共にいる)
 返答したのは、アレルヤのもう一つの人格、ハレルヤ・ハプティズムであった。
(何だ? また汚れ仕事か?)
「違う。――君と話がしたかった」
 ――間が空いた。
(わかった。どうせ暇なんだから聞こうじゃねぇか)
「悪いね。――今、僕は……別の世界の出来事だが、リボンズ・アルマークが死んだと聞いてショックを受けている」
(そりゃドンパチやってんだから人死にくらい出るだろ。――本当にリボンズ・アルマークは死んだのか? ただ単に行方をくらませているだけじゃねぇのか? んん?)
「――わからない。そうかもしれない」
(まさか、リボンズに情が移ったという訳じゃねぇだろうな)
「――悪いかい?」
(……おめぇは馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、死ぬ程の馬鹿だな。大体、リボンズ・アルマークがどんな悪党だか知ってんだろ。アレハンドロ・コーナーに取り入った挙句、そいつを自爆させたようなヤツだぜ)
「でも、刹那は助けたいと言っていた」
(そりゃ言うだろ。あの甘ちゃんは。ガキの頃から人殺ししてたくせに、あいつにはどうもわかってねぇところがある)
「僕も……被害は出したくない」
(それでも戦うんだな。武器を持って)
「――何の為に?」
(そりゃあ……てめぇの言葉を借りれば、平和の為に、だな)
「君自身の言葉で言えば?」
(何もかもぶっ壊してぇだけよ。かりそめの平和もな!)
「――いつも物騒だね。君は。でも、君のそんなところ、嫌いではなかったよ。君は僕より正直だと思うことがある。何と言い繕ったって、僕が人を殺してきたことに変わりはないからね。でも僕は――変わりたい」
(人間そんな簡単に変われたら苦労はしねぇよ)
「ほら、そんなとこ。君はいつでも本当のことしか言わない」
(お前が偽善者だからな。バランスは取れている)
「そうだね……今は君に、お礼が言いたい」
(はっ、礼を言われるようなことなんぞ何もしてねぇぞ)
「……ティエリアとベルベットを黙って見守ってくれていた」
(寝てただけだぞ。俺は――おかしなこと言うんじゃねぇよ。あの女男にその娘……相手にするまでもないと思っていたからさぁ!)
「でも君は……ティエリアはともかく、ベルは殺せる力を持っている」
(あのチビ殺したところで一文の得にもなんねぇよ――礼と言うのは、それで終わりか?)
「ああ、それと――いつも僕を支えてくれてありがとう」
(どういたしましてと言うべきなのかな。――俺は本当に退屈してただけだ。ちょっとでも生きている感覚が呼び覚まされるのは、アレルヤ、お前と一緒に戦っている時だぜ)
「……ハレルヤの存在を知ったら、ベルはどう思うだろうか……」
(いつもと同じだろ? てめぇはどう思っているかどうか知らんが、あのチビはお前より大物だ)
「――ベルを褒めてくれてありがとう」
(ふん。親馬鹿が)
「ティエリアは、ベルを自分の腹を痛めて産んだ子じゃないと悩んでたみたいだけど――」
(お前まであいつの悩みをしょい込んでどうすんだよ。どうせてめぇのことはてめぇで解決するしかねぇのさ)
「そうだね。相談に乗ってくれて感謝するよ。ハレルヤ」
(――ふん。お前はどうしてそう甘いんだ。刹那も甘ちゃんだが、アレルヤ、てめぇだって相当なものだぞ)
「君だって」
(いつもてめぇと付き合ってりゃ、嫌でもそうなるぜ。――でも、俺は、リボンズの息の根は止めた方がいいと思うぜ)
「やっぱりハレルヤはそう考えてるんだ……僕は正直迷ってるよ」
(てめぇは優柔不断だからな)
「けれど、戦わなくてはいけないと思う。殺し合う訳でなく、分かり合う為に」
(具の骨頂だな! 殺し合いのない戦いなんてあんのかよ)
「今、君と戦っているよ。戦争もひとつの対話の形だ。だから、僕は戦う」
(――俺は破壊する為に戦っている。命が惜しけりゃお前もそうしろ)
「嫌だ!」
(嫌だぁ? 俺は命が惜しいから、敵の血を啜ってでも生き延びるぜ)
「俺は生かす為に戦いたい」
(平行線だな。そういや、沙慈とかいう偽善者はどうしてる。あいつはエクシアで戦ってるんだろ? 尤も、本当はエクシアパイロットになれるはずもない臆病者だったらしいがな)
「彼の戦い方は勉強になる」
(そうかねぇ――逃がした敵に後ろからざくりと殺られちゃたまんねぇや)
「その敵と言うのはリボンズのことかい?」
(他にも有象無象の輩がいるだろ。リボンズだって一人じゃねぇんだろ? イノベイドとか集めて徒党を組んでるんだろ? お前に敵う訳ねぇだろ)
「そうだね……イノベイターやイノベイドの違いは僕にはわからないけれど――」
(リボンズと徒党を組んでるヤツらがイノベイドさ。他にもアニューとか……ティエリア……あの女男もそうだったんだろ?)
「詳しいね、君」
(どうも。俺のいるところは時間だけはたっぷりあるからな)
「でも、ティエリアはイノベイドじゃない」
(何で。俺が言うんだから間違いねぇよ)
「いいや――彼は、人間だ。……ティエリアは、ニールや刹那、それからベルと触れ合うことで変わって来たんだ」
(てめぇの影響はねぇって言うのかい?)
「いや! ティエリアに一番影響を与えたのは僕自身だ!」
 そう言って、アレルヤは息を整える。
(言えたじゃねぇか――言えたじゃねぇか、なぁ! アレルヤ・ハプティズムよぉ! ティエリア・アーデをイノベイドから人間もどきに変えちまったアレルヤよぉ! そこんとこよっく覚えとくんだな!)
「そして、僕を変えたのはマリー・パーファシーだ」
(ああ。いい女になったな。セルゲイに取られちまったけどな。どうしてティエリアとか言うあんな女男よりマリー……いや、ソーマ・ピーリスを選ばなかったんだ? 俺はソーマの方が好きだぜ)
「それは……君が口出しする問題じゃない」
(わかったわかった。女のことは二の次だ。あのティエリアが女かどうかは別としてだ。――俺はベルが欲しい)
「ベルベットはまだ子供だぞ」
(勘違いすんな。ベルの力が欲しいんだ。あのチビにゃ、まだまだ秘密がありそうだぞ)
「僕にはベルの秘密を暴く気はない」
(あのベルが世界に変革を起こす存在になったとしてもか)
「君の考える未来にベルを巻き込まないでくれ給え。――世界に変革を起こすのは、刹那・F・セイエイあたりだと、僕もティエリアも思ってるよ。――ニールや刹那には僕は協力を惜しまないつもりだ」
(そいつは俺も考えてるさ。しかし、ベルは第三の勢力になるぜ)
「――そのことに関しては興味はないね。もし世界を変える出来事にベルを巻き込むならば、ハレルヤ、いくら君でも許さない!」
(いっそのこと俺を消すか? でも、俺はお前を巻き添えにするぞ)
「構わない。僕は僕の使命を果たすだけだ」
(世界が消えてもか)
「何っ?!」
(俺達超兵は世界を消す力を持っている。――ふん。イノベイター狩りとかしているあっちの世界の人間どもの気持ちがわかるぜ。わかったとしてもお目こぼしする気はさらさらないがな)
「ベルが来た世界の人間達を殺すつもりかい?」
(必要ならばな)
「…………」
(ほら、黙り込んだな相棒。お前は都合が悪くなるとすぐ黙り込む)
「……考えてたんだ」
(何を?)
「ティエリアとベルと過ごす幸せな時間と、世界の存亡を賭けた戦いの勝利、どちらを取るか――」
(んで、結論は?)
「どちらも取る。……けれど、それにはハレルヤ、君の力が必要だ。ベルの代わりに思う存分働いてもらう。ハレルヤ――君は僕にとって神なんだ。ベルも僕の神であるのと同じように」
(……アレルヤ、てめぇはいつまでもぐだぐだ迷っている女の腐ったみてぇなヤツだと思ってたが、いろいろ考えてんじゃねぇか。そうだ。俺はお前の神だ。なかなか面白いこと言うようになったな。そして、お前は俺にとっての神でもある。俺と言う存在が生まれた時から――。俺も賭けに乗る。けど、手加減はしねぇぞ)
 窓ガラスに映ったアレルヤの両目の光がきらりと反射した。
「…………!」
 アレルヤは万感の思いを込めて唱えた。
「――ハレルヤ……!」

2019.04.06

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