ニールの明日

第二百七十話

(――――)
「何だって?!」
 ティエリアの齎した報告で、アレルヤが叫ぶ。
「どうしたの? とうさま」
 ベルベットが言った。今、ベルベットはリヒティとクリスの息子、リヒターと一緒にお菓子を食べている。
「他にはこんなのしかないんだけど――」
 そう言って、クリスは温めた牛乳を出す。ホットミルクの匂いは赤ん坊の匂いだ。だが、リヒターは日々育って生まれたばかりの赤ん坊から脱しつつある。ベルベットだって、もう赤ん坊とは言えない。
「ありがとう。クリス」
「いえいえ。――何があったの?」
「こっちの……話です」
 アレルヤは遠い目をした。いくら何でも信じられない。あのリボンズ・アルマークが――死んだなんて。

 ――死んだのは、平行世界のリボンズだ。この世界のリボンズはまだ生きている――と思う。あちらの世界のリボンズは、刹那と対決して負けたと言う。
(リボンズ……)
 アレルヤはリボンズの死を悼んだ。悪い男ではあったかもしれない。野心家でもあったかもしれない。けれど、アレルヤはリボンズを憎み切ることが出来なかった。彼の生来の優しさの故かもしれない。
 それに、こちらの世界のリボンズは、思惑はどうあれ、王留美とグレンを結びつけるキューピッド的な役割をしていた。何かを企んでいたとしてもだ。
 取り敢えず、ニールと刹那にこのことを話そう――。

(そうか――)
 アレルヤの言葉を聞いたニールはそう言った。
(確か、刹那がいつぞやリボンズも救いたいと言っていたな)
(ああ――あの男の哀しみがわかるような気がしてな。……イノベイターだからかな。リボンズは悪い男かもしれないが……こちらの世界のリボンズは助けたい。俺達の力になってくれたこともある)
(王留美達のだろ? それに、俺はあの男がどうも好きになれん。信頼できねぇ)
 ニールは吐き捨てるように脳量子波で喋る。
(ならいい。――俺だけでも動く)
(おいおい、刹那。寂しいことを言うなよ。俺達はダブルオーライザーにあって一蓮托生だろ? ――わかったよ。刹那。リボンズの野郎は気に食わないが、お前が関わるのなら話は別だ)
 結局、ニールもお人好しなのであった。アレルヤは、いい仲間を持った、と思った。
 けれど、まだこちらの世界ではリボンズは行方不明のままだ。何を考えているかもわからない。イノベイターの能力を使っても、わからない。
(刹那。僕にも協力させてくれないか?)
(ティエリアは反対すると思うがな――)
(……何とかして、説得する)
(アレルヤ。僕の意識はもうここにいる)
 ――ティエリア!
(僕は……ニール・ディランディに賛成だ。ニール――お前の言うことなら、僕は何だってきこう)
(――どうして俺に協力を?)
(ニール・ディランディは僕の恩人なんだ。ニールは――僕を助けてくれた。あちらの、もう一人の『僕』も、ニールには恩義を感じている。あちらの世界のニールは死んでしまったのだがな――)
(ああ、いつだったか、そんなこと、聞いたな)
(だから、今回は協力する。協力させて欲しい。――リボンズは好きではないが)
(一度殺されかけたこともあるからな――)
 刹那が真面目な顔で茶化した。
 きぃ、と、談話室の扉が開いた。アレルヤとティエリアだ。
「皆――ベルはクリス達に託してきたよ」
「ベルベットのペンダントはベルベットに返して来た。――リボンズの死のことは、僕も些かショックだった」
 ティエリアの顔が青褪めている。アレルヤが震えているティエリアの肩を抱いた。やはり、ティエリアは認めたくはないであろうが、ティエリアとリボンズは同族なのだろう。
 ――ティエリアの同タイプのイノベイド、リジェネ・レジェッタの行方も杳としてしれない。――リボンズ・アルマーク機構のイノベイター達がどこへ消えたかも気になる。
 今、イアン達が一生懸命調べてはいるが――。
 それに、アニュー・リターナー。彼女もまた、リボンズの同族である。それを知った時、ライルは衝撃を受けているようだった。
 だけれど、ライルは、アニューが悪い訳ではないと主張し、アニューを一生離さないことを宣言した。
(僕にもそのぐらいの甲斐性があればな――)
 アニューの味方をしたライルは格好良かった。王留美もアニューを赦した。アニューは今、このトレミーで女医として働いている。
 このトレミーも大所帯になった。――トレミー……正確にはプトレマイオス2という名前だ。
「アレルヤ。どうした? ぼーっとして」
「ああ、ごめん。ティエリア」
「別に謝らなくていい。――ELSの力を借りられないものかな」
「そうだね。オペレーションルームへ行こう」
 目的地では、イアン・ヴァスティががはは、と笑っていた。
「いやあ、お前さん達がこれ程ユニークな感性の持ち主だとは思わなかったね」
『――ありがとうございます』
 鈴を振るような綺麗な声。
「イアンさん!」
「おお、アレルヤ! 今、ELSと馬鹿話してたところだ」
「それどころじゃないですよ……あちらの世界のリボンズが亡くなりました」
「そうか。――まぁ、ああいうヤツは死んだ方が世の為人の為ってこった」
「その台詞、ミレイナにも言えますか?」
「うっ……」
 ミレイナ・ヴァスティは、イアンの愛娘である。因みに母親似。ミレイナは優しい娘だから、この父親の言葉を聞いたら、「そんなことを言うパパ、嫌いですぅ」ぐらい口にするかもしれない。
「ああ~、ミレイナ~。わしが悪かった~」
 イアンは想像上のミレイナに赦しを乞うている。本当はまだ、ミレイナがどんな反応を示すかわからないにしてもだ。
「さてと。邪魔者はいなくなった。ELS――応答願う」
『わかりました。ティエリア・アーデ』
 ああ、いつ聞いても綺麗な音だ――アレルヤはうっとりと聞き入っていた。
「実は……ベルベットの故郷の平行世界で、リボンズが死んだ」
『わかっています。実はあなた方が脳量子波で喋っていたのも聞いています』
「そうか……脳量子波での会話はあまり聞かれたくはないのだがな……」
『済みません……でも、あの世界でのリボンズが刹那の操るガンダムリペア2にやられたことは我々も知っております』
「この世界ではリボンズはまだ生きているんだな」
 刹那が質問した。
『その通りです』
「間に合えばいいが……」
 刹那の心配が、アレルヤにはわかるような気がした。
 刹那・F・セイエイ。優しい刹那――。ニールが惚れるのもわかる気がした。男としても、恋人としても――ニールは刹那に男惚れもしているのだろうと、アレルヤは考えた。
「ELSの力をもってしても、リボンズの行方はわからないか――」
『残念ながら――この宇宙は広大です。私達にもわからないことが多々あります。それで、イノベイターや人間達との力を合わせることを推進してきました』
 そうだ。この広大無辺な宇宙。何があっても不思議ではない。
 まさか、あのリボンズが簡単に死ぬとは到底思えないが――。
「ELSさん――刹那は全力でリボンズと戦ったんですよね。きっと、刹那が負けてもおかしくはなかったのですよね。刹那は死ぬ運命だったかもしれなかったんですよね」
「何を滅多なことを言う! アレルヤ・ハプティズム」
 ティエリアが柳眉を逆立てる。
「僕は――知りたいだけなんだ。ティエリア。無用な戦いは避けた方がいい。だから、知りたい」
『苦戦しましたよ。刹那は』
 ELSが答えた。アレルヤが続ける。
「やっぱりね――ニール、刹那。僕達は出来れば被害を出したくない。君達が死ぬ未来も考えたくない――いつかは戦わなくてはならない日が来ても……それまでには、準備を整えていたい。ELS――僕は、君達と手を組みたい」
『ありがとうございます』
「ということは、人が死ぬ戦いはごめんだということだな。……沙慈・クロスロードの戦い方を参考にするといい。尤も、イノベイター戦で効き目があるかどうかは知らんが」
「沙慈の魂を受け継げということか」
 刹那には、イアンの言いたいことがわかったようだった。イアンが頷く。
「沙慈の魂――と言うと、沙慈が死んだように聴こえるが、まぁ、そうだ」
「沙慈か――今日はまだ見ていない。元気だろうか」
「元気だろ。昨日も元気だったんだから。というか、病気したっての、聞いたことがない。おどおどしているくせに、体は健康なようだ。――アニューに聞いたぜ」
 少し心配している様子の刹那に、イアンがウィンクした。アレルヤは何となく、心がほっこりした。刹那は友達想いのいい青年なのだ。

2019.03.27

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