ニールの明日

~間奏曲14~または第二百九話

 王留美達とクラウスの話し合いは長丁場にわたりそうなので、その間、視点を他に移そう。

 アロウズのリボンズ・アルマーク邸――。
 この邸の主は、ビリー・カタギリと端末で話し合っていた。ビリーの目の下には紫色の隈が出来ている。――寝不足だろう。
『GN粒子はイノベイターを作り出すようです。絶対ではありませんが』
「そんなことはとっくにわかっている」
 ビリーの言葉にリボンズ・アルマークは溜息混じりに答えた。リジェネ・レジェッタの淹れてくれた心を落ち着かせてくれるというハーブティーを嗜みながら。――いい香りだ。
『それで、こちらもGN粒子を作成する機械を発明しました。まだ理論の域を超えませんが』
「――頑張ってるな」
『どうも』
 ビリーは頭を下げる。いつ見ても相変わらず奇妙な髪型だな、と。リボンズはぼんやりと眺める。
『それで――MSにそれを取り付けてGN粒子をばらまきたいと考えておりますが――』
「ふむ」
 リボンズが思案した。イノベイターが増えれば戦力的にもアップする。だが、ビリーの言う機械は両刃の剣ではないのだろうか。こちらの力も強くなるが、敵もイノベイターになってしまう。
「ビリー。それは敵にも有効なんだな」
『ええ』
「駄目だな」
『いけませんか?』
「――ちょっと考えさせてくれ……君はイノベイターになりたいのかい?」
『はい。真っ先に自分で試してみました。――だけど、どうやら僕には適性がないようです』
 ビリーはモニターの向こうで肩を落としていた。ビリーはイノベイターになりたかったらしい。だが、全ての人間がイノベイターになれる訳ではない。イノベイターになるにも資質はいる。
「そんなにいいもんではないぞ。イノベイターなんて……」
『リボンズ……』
 ビリーが憂いを帯びた顔をしている。
『貴方は……寂しそうですね』
「寂しい? 僕が?」
『ええ――』
 確かにリボンズはイノベイターなんてそんなにいいもんではないとひとりごちたが――。リジェネ・レジェッタがリボンズを後ろから抱き締める。
「リジェネ……」
「ビリー、心配することはない。リボンズには僕がいる。リボンズと同じ純粋種のこの僕が」
 リジェネが言った。
「だから、君も仕事に戻ってくれ」
『――わかった。リボンズのことは君に任せるよ。――リジェネ・レジェッタ』
「そうしてくれると有り難いね」
「リジェネ。離れてくれ」
 リボンズにとって、今のリジェネは些か暑苦しい存在だった。
『貴方がたのデータもとらせてもらえると嬉しいんだけど。僕では参考にならないからね』
「ビリー・カタギリ!」
 リボンズはぎゅっと眉を寄せた。
「僕達はモルモットではないと何度言ったらわかるんだ!」
『――すみませんでした』
 ビリーには生まれながらの優しさを持ち合わせている。――ビリーは、リボンズがイノベイターであることを知っている。いつぞや、リジェネが口を滑らせたのだ。さっきと同じように。
(純粋種ね――)
 リボンズが繰り返す。
『リボンズ。君は――本当は優しいんではないかな?』
 ビリーの口調が少しくだけたものになる。
「君は――僕のことをよく知らないだろう。寂しいだの優しいだの……」
『ええ、人間、みな孤独とは思いますが、リボンズのはその……質が違うような気がして……僕達人間には何もわからない。選民意識の裏に悲哀が隠されている気がして』
「僕は人間のことはよく知っている。愚かなつまらん奴らだ。戦争ばかりして――イオリアも同じだ。だから、僕らが彼らを支配する」
『――仰せのままに。どうせ僕はつまらん人間ですからね。君達のやることを黙って観察することにするよ』
 リボンズが別れの言葉を言い、通信を切った。
「妙な奴だな――ビリー・カタギリ……」
「ふぅん。君でも他人を気にするんだ」
「馬鹿言うもんじゃない。リジェネ……」
 ――リボンズ・アルマークの気にする他人はただ一人。
(刹那・F・セイエイ……)
「リボンズ、今、刹那のことを考えていただろう?」
「心を読んだのか? 仕様がない奴だ」
 リボンズはリジェネに対して苦笑する。
「まぁね。僕も気になる奴がいるから――君はもうわかっているだろうけれど……ティエリア・アーデだよ」
「ああ。あれには最初僕も驚いた」
「君でも驚くことがあるのかい」
 リジェネが意外そうな声を上げた。――まぁ、当然の反応だろうな。リボンズは思った。
 自分は純粋種なのだから――。
 それにしても、リジェネはリボンズを絶対視している。まるで神様にするように。それをリボンズが快く思わない訳はなかった。――ビリーに同情されるより遥かにいい。
 そう、自分は寂しくなんかない。リジェネがいるし、ヒリングやリヴァイヴだって――。
 それに、アニュー・リターナー。送り込んではみたものの失敗したけれど――。
(まぁ、完全なのは僕だけだな――)
 それが、悲哀といえばいえるかもしれない。
 CBは何か動きを始めたようだが、このところ攻撃がやんでいる。カタロンの草の根的軍隊はまだ活動しているけれど。CBの王留美が何を狙っているのか――和平への道を探っているのだとは、如何なビリーのデータでもわからないかもしれない。
 けれど、リボンズにはわかっている。急に増え始めたイノベイター。だが、純粋種は自分達しかいない。
 リジェネがそっとリボンズの髪に顔を埋めた。
「おい、リジェネ……」
「いいだろう? リボンズ……僕だって不安なんだ。ティエリアのことがあってから――」
「まるで人間みたいなことを言うな」
「一緒にしないでくれ――」
 リジェネ・レジェッタだって、イノベイターである自分に誇りを持っている。
 GN粒子を創造する機械は味方にだけ使おうと、リボンズは決心した。それでも、自分達には敵わないのだが。GN粒子のことはいずれまたビリーと話し合おうとリボンズは思った。
 それに――今、ビリーの心を覗いたところによると、ビリーはGN粒子の正体についてはまだわからないらしい。おそらく、ある程度までは知っていても。
 ある程度知っている。それで充分。ビリーはそう思ったのであろう。完全に知ることは神様しか知らない。そんなことも考えているであろう。
(人間なんて――)
 リボンズの人間への蔑視を強めた人間が、過去いた。
 アレハンドロ・コーナー。コーナー家の末裔。監視者の一人。
 リボンズは彼に期待した。だが彼は自分の野望やリボンズの肉体に執着しただけだった。
 人間は愚昧だ。そんな思いを強めたに過ぎなかった。アレハンドロ・コーナーという男は。
(それから、アリー・アル・サーシェス――あれも期待外れだったな)
 アリーは自分の娘に恋をした。恋は人間を狂わせる。あれだったら――ニキータの方がまだマシだ。あそこまで一途になれればかえって見直すことも出来る。ニキータは確かにアリーを変えた。
(まぁいい。奴らは死んだ者だ――)
 自分の為にあそこまで情熱を傾ける存在はいない。だが、それでいい。リジェネだって――自分の幻影を見ているだけに過ぎないのだ。
 何故、自分には感情があるのだろう。感情は人間を愚行に走らせる。その人間と同じだというのが、リボンズは自分で許せなかった。
 ビリーにも看破されたし――。
 本当に、どうしようもない、愚かな存在――人間。自分は早くそんな存在を丸ごと消したかった。
「ねぇ、リボンズ――」
 リジェネの声が色っぽく掠れた。本当に、この子もどうしようもない。人間が血道を上げるその行為に、リジェネも夢中だったのだ。
 そして、リジェネを満たすことが出来るのはリボンズであることを双方ともによく知っている。
 喘ぐリジェネをリボンズはいつも冷ややかに見ていたものだった。
 それでいて、リジェネはリボンズの次に強力なイノベイターなのだった。
「いい子にしてくれ。リジェネ……僕は、やることがある」
 今、CBとカタロンが舌論を戦わせている。それを――リボンズも知っていた。リボンズにも味方のイノベイターが沢山いるのだ。CBとカタロン、どちらが勝っても、アロウズは戦いを辞めたりしない。コペルニクス的転回が起こらない限り。
 ――閑話はひとまずこれで終わりである。

2017.7.7

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