ニールの明日

第二百十話

 CBの党首王留美とカタロンの支部長のクラウス・グラードの対話は三時間にわたって行われた。機械の独特な匂いが部屋中に籠っている。
 シーリンは柳眉を逆立てたままだったが、クラウスは流石に冷静だった。
「俺からも頼む。クラウス」
 ジーン1ことライル・ディランディが土下座で頼み込む。この男がそんなことをすることなど滅多にないことなのだろう。クラウスは目を瞠っている。
『お前が俺に頼み事とはねぇ――きいてやりたいところだが……』
『アロウズは悪よ――』
 シーリンは地を這うように唸った。
『まぁまぁ。シーリン。そんなこと言ってちゃ話にならない』
 クラウスがシーリンをなだめる。シーリンは、はっとしたように顔を背けた。
 シーリンがアロウズを許せないのは、彼女の正義感のなせる業だろう。
「別に、シーリンさんがアロウズを許さなくたっていいのです。ただ、カタロンがアロウズと停戦してくだされば」
 と王留美。
「そうだよ。シーリンの姐ちゃん。そんなしかめ面してたらせっかくの別嬪が台無しだぜ」
 男の一人が言うと、そうだそうだ、と騒ぎが起こった。
「これでは……話し合いになりそうにありませんわね」
 王留美が頭を抱えた。
「みんな疲れてんだ。よくもった方だと思うぞ」
 イアンが口を挟んだ。紅龍が言った。
「じゃ、三十分間の休憩を挟んで」
『私は――姫様に話をしてきます。マリナ姫に』
「どうぞ」
 ライルが言った。
「けれど、この話はマリナ姫を通したものではないんですよ」
『え――?』
 シーリンが少し口を開いて声を洩らした。てっきりマリナの意見が通ったものだと思ったらしい。
(まぁ、あの姫様なら賛成してくれるかもしれないけどな――)
 ニールは密かに脳裏で呟く。
『では、どなたが――』
「ニールだよ。ニール・ディランディ」
 グレンがニールを指さした。
「おいおい。人のことを指さすなよ。グレン」
「どうでもいいだろう。今は。そんなこと――」
 刹那が溜息を吐いた。ニールが続ける。
「王留美に直談判しようとした時、グレンが傍にいたんだよ」
「俺もいましたけど」
 ダシルが存在を主張する。グレンがどう思ったのかダシルの頭を撫でる。確かにダシルは可愛いし、グレンも長い付き合いだろうから、そんなことは当たり前だろうけれど――王留美がちょっと嫉妬めいた視線を彼らに寄越したのにニールは気づいた。
 グレンが言った。慈しむように――。
「そうだな。ダシルもいたな」
「では、三十分後に――」
「あの、留美様――カタロンが停戦してもしなくても、CBはこの戦いから降りるんですよね」
「そうよ」
 王留美はダシルに素っ気なく答えた。
「良かった――」
 ダシルが胸を撫で下ろしたらしい。
『まぁ、CBは王留美様がトップですからね――』
 シーリンが眼鏡を直す。
「それでは、三十分後に――」
『ええ』
 ダシルが機械のスイッチを消した。いつもの食堂の景色が戻って来た。違うのは、機械独特の匂いくらいか――。
「それにしても、皆様、よく頑張りましたね」
「何言ってんだよ。留美お嬢様」
「むしろ、戦いはこれからだろ?」
 皆、荒くれ男のように見えても、心根は紳士とよく言われている男どもより真っ直ぐだ。
 王留美の気性も本当は真っ直ぐだ。だから、男どもの心を掴んでいる。
(グレンがいなかったら、嫁さんに欲しいくらいだぜ――)
 そう呟く男の声すらあるくらいである。しかも複数。王留美は美人でもあることだし。
「それにしても、シーリンて美人だけどおっかねぇなぁ」
「そうか? 俺は好みだけどなぁ」
「マジかよ……」
「お前、昔っからマゾだったもんなぁ」
 どっと男どもの笑い声があがる。
「おい、ダシル。ちょっと映像に乱れがあった。見てくれねぇか?」
 イアンが手招きする。
「は、はい……」
「わりぃな、グレン。ちょっとダシル貸してくれ」
「――構わん。わざわざ俺に断らなくていい」
「でも――お前のお小姓だろ?」
 男の一人――エイドリアンが言った。
「違う!」
「違います!」
 グレンとダシルは同時に言った。
「何でそんなジョークが流行るんだ――ダシルは俺の親友で――相棒だ」
「グレン様……相棒というのは……従者で結構なのに……」
「だって、昔からずっと一緒だったじゃないか」
「グレン様!」
 ダシルはグレンに飛びついた。「まぁ!」と、王留美が驚いた声を上げた。ダシルが言った。
「あ、すみません。留美様。はしたないですよね」
「いえ……驚きはしましたけど……けれど、こうして見ると……貴方がたってお似合いですわね」
 王留美がクスクスと笑った。さっきは嫉妬めいた視線をグレンとダシルの二人に投げていたくせに――女ってわからん。ニールが心の中で短く呻いた。
「ですよねぇ。グレンさんとダシルさん、お似合いですぅ」
 イアンの娘、ミレイナが同意の言葉を述べる。流石、イアンの娘であるといったところか。ニールが眺めていると、ミレイナがニールに向かってウィンクした。
「勿論、ニールさんとセイエイさんもお似合いですけど」
「な……!」
 刹那が絶句している。ニールが刹那の肩を抱いた。
「おう。俺と刹那は一心同体だもんな、な?」
「あ、それは……」
 刹那は否定しない。
「おー、ニールと刹那坊やはそんな関係だったのか」
 何故か喜ぶ整備員。何故か悲しむラグランジュ3のスタッフ。人それぞれの反応がある。
「ミレイナは腐女子だったのか――」
 ライルも意外そうに見ている。ニールがライルの腕を突く。
「おい、ライル。腐女子って何だ?」
「男同士の恋に血道をあげる女の子のことを言うんだ。主に二十一世紀前半に使われる言葉で――」
「変なことが流行り出したな――」
 刹那の言うことも尤もだ。だが、ミレイナが反論した。
「何言ってるんですか! ホモが嫌いな女子なんていないのですぅ!」
「いや、それは――ホモ嫌いな女子だっているだろ……」
「あー、『ホモが嫌いな女子なんていません』というのは、二十世紀だったか二十一世紀の言葉で原典は――」
「うるさい!」
 刹那がどすっとライルの心に突き刺さる一言を放った。ライルの「兄さん――ちゃんと刹那を調教してやってくれ」との胸を押さえながらの台詞に、ニールは、このじゃじゃ馬はちょっとやそっとじゃ言うこときかねぇもんなぁと、苦笑した。それに、ニールも刹那に「うるさい」と窘められたことが何度もある。

2017.7.17

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