ニールの明日

第二百十七話

『ニール、ニール』
「お、俺の名前覚えてくれたか」
『ロックオン、アッチ。ニール、コッチ』
「そうだぞー。ハロは頭がいいなぁ」
 ニールはハロと額をくっつける。ハロの匂いがする。ハロは機械なのに、匂いにはどこか温もりがあった。
「ニール」
 刹那が言った。
「ハロはもう、ライルの物だ」
「えー?」
 ニールは不満そうな声を出す。――そして、あることに気が付く。
「お前、もしかして、ハロに妬いてんのか?」
「――ふん」
 図星だったらしい。
「刹那、こっち向け!」
 ニールはそっぽを向いた刹那の顔をねじ向けると、唇を合わせる。濃厚なディープキス。男どもも女達も、思わず見入ってしまったようだった。それでもニールは気にしない。
(愛してるからな、刹那!)
 脳量子波でも伝えてやる。
(ニール、周りを見ろ)
(あん? いいじゃねぇか、見せつけてやったって――こいつらなら面白がるよ)
 ニールは荒くれ者の心の機微をわかっている。こういう時、彼らは歓声を上げたり、口笛を吹いたりする。――そして、確かにその通りになった。
 刹那は腕を突っ張った。ニールが力を緩めると、刹那はニールから少し離れる。
(ニールの馬鹿――)
(なぁに、こんなことに慣れなければ、俺達はこれからやってけないぜ)
(そうじゃなくて――俺とニールのことは俺達の秘密にしたかったのに……)
(刹那……)
 そんな刹那のことがニールにはいじらしく思えた。
(刹那。そう言ったって、俺達のことはもう周知の事実だって――)
(そうかもしれないけど――ニール、お前には恥じらいというものがないのか?)
 ニールは刹那にそう言われて考えてみる。確かに自分はオープンな方かもしれないが、恥じらいはそれなりにある。というか、あった。それに、刹那だって人のことは言えないじゃないか、と思うこともある。刹那は昔の言葉で言う『ツンデレ』というものなのだろう。
『ニール、セツナトキス、セツナトキス』
「ハロまで……」
 刹那は口元を歪めた。
「もう一回キスするか? 刹那。お前が気絶するような濃ーいやつを」
「やめてくれ!」
 刹那は流石に怖気を振るったようだった。
「やれよー、お二人さん」
「いや、俺はやめて欲しい。独り身には辛い光景だぜ」
「こんなにいちゃいちゃされては、今夜は眠れそうにねぇな」
「ねぇ、アンタ、私達も今夜は……」
 女性陣もそれぞれの恋人や旦那に色っぽい秋波を送る。
「ああ。久々に燃えるか!」
「ニールさんとセイエイさんのお宝ショット、ゲットです~」
 ミレイナがデータスティックを振ってみせる。
「ニール……」
 ピンク色の髪のフェルト・グレイスがやって来た。目が吊り上がっている。――ニールの知っているフェルトとどこかが違う。
「王留美がいなくて良かったですね。彼女がいたら怒鳴られたでしょうから」
「え? あ、そうか。俺達の心配してくれてありがとうな――」
「ま、まぁ、それだけじゃないんですけれど――」
 フェルトは踵を返し、どこかへ行ってしまった。
「何だ、どうしたんだ? フェルト」
「知らなかったのか? ニール……フェルトは妬いてんだよ」
 ――刹那は溜息を吐いた。
「俺にか?」
「俺とニール――両方かな」
 けれど、ダシルが言った言葉で、皆の色恋ムードは沈静化する。
「皆さん! これから俺達はアロウズと対談するのです。恋人との付き合いにうつつを抜かしている場合ではありません」
「お、それもそうだ」
 いつもだったら、「お前だってグレンがいなくて寂しいんだろう」とか「王留美だってグレンと思いっきりいちゃいちゃしているじゃないか」言われるダシルであったが、今は場合が場合だ。途端に白けた雰囲気が流れた。
 言ってから、ダシルは壇から降りた。
「そうだな。アロウズとの話し合いがあったんだっけ。すっかり忘れていた」
「それは本気なんだろうな」
 刹那はじろりとニールを睨む。
「冗談に決まってんだろ」
「まぁ、わかってはいるけどな――」
 そう言いながらも、どことなくほっとしたような刹那であった。
 本当に忘れる訳ねぇじゃねぇか――。
 ニールは密かに心の中で呟いた。アロウズは今は敵でもある。ホーマー・カタギリが敵ではない。本当の敵は、
(リボンズ・アルマーク!)
 刹那が救いたいと言ったリボンズ。けれど、今は敵対している、リボンズ・アルマーク。彼を救うなんて、刹那は本当に信じているのであろうか――ニールが刹那の方を見遣ると、刹那は神妙な顔をして頷いた。
(リボンズを救えなければ、俺は真の意味でのガンダムにはなれない――)
(例えどちらかが命を落とそうと――か?)
(ああ)
 刹那は真剣な顔で首肯した。そうでなくとも、刹那は真面目な質だ。ニールには、結構お茶目な部分も見せたりしているのであるが――。それは、ニールが刹那も知らない刹那自身を引き出しているのだろう。
(俺も手伝うよ。一緒にガンダムになろう)
(ありがとう。ニール。――その言葉、ずっと待ってた。……俺がガンダムになりたいと思ったのは、お前がきっかけだったのだから――)
(俺が?)
 ニールは思わず自分を指差したが、刹那は気づかずに愛の告白ともつかぬ独白を頭の中で紡いでいる。
(俺はお前のような、男らしい男になりたかった……だけど、男としてはお前に負ける。……だから、お前を超えようと思った。それが、ガンダムになることだった……)
「刹那!」
 ニールは思わず叫んでいた。
「お前はガンダムにならなくとも、俺なんかよりずっとずっと立派な男だ!」
「でも、俺はガンダムになることがアイデンティティだったから――」
 野次馬がなんだなんだと再び騒ぎ出す。が、そのうちに、皆お腹が空いて来たらしい。
「おい、コック。昼飯は何だ!」
「粗食だよ」
「おいおい。俺達はアロウズと戦うんだぜ。たらふく食わなきゃ栄養失調で死んじまうだろうが!」
 言っていることが滅茶苦茶である。しかも、今はまだ戦いの段階ではない。ニールも思わず失笑した。
「あいつら――何か勘違いしているみたいだぜ。戦いじゃなくて、会談だっつーのによ」
「軽くつまめるようにハムが沢山のサンドイッチだ!」
 コックが言った。
「おお、それなら大歓迎だぜ!」
「僕も何か手伝おうか?」
 そう申し出たのはアレルヤ。
「おおー! アレルヤがいれば無敵だぜ!」
「でも、そのアレルヤに作らせるのがハムサンドか……悲しいねぇ」
「まぁまぁ。後で晩餐会開くから我慢してくれるかな」
 アレルヤが頬を赤らめている。ベルベットも浮かれているようだ。
「とうさまのおりょうり、とってもおいしいのー」
「待ってて、ティエ、ベル。とっても美味しいハムサンド作るからね」
 厨房はお前に譲る。コック長に乞われてアレルヤが食事を作る。ハムサンドだけじゃ寂しいからね――と、スープやサラダもつけてくれる。料理自慢のコック長の作ったものより更に旨い。ニールも含め、皆満足した。食事を味わったラグランジュ3のスタッフや整備員達はアレルヤの料理をよく食べているというティエリアとベルベットのことを羨ましがった。


2017.9.26

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