ニールの明日 第二百十八話

ニールの明日

第二百十八話

 かぐわしいスープを平らげると、ニールは舌鼓を打った。
「旨いな」
 刹那がサラダを突きながら言った。
「だろう? アレルヤも手伝ったからな」
「こういう旨い飯を食うと――幸せになれるな。尤も、今はそれどころではないけれどな」
「でも、刹那の言う通りだ。――やはり、アレルヤの料理は最高だな。ティエリアも飯で釣られたんじゃねぇの?」
「ニール……」
 しかし、刹那は笑っていた。ニールは刹那の笑顔を見ると幸せになれる。アロウズとの対談も上手くいくような気がする。大した根拠はないけれど。ニールの心もほわんとする。
「アロウズとCBは――どうなっていくんだろうな……」
「さぁな。だが、停戦できるよう祈るさ。俺には祈る対象はないがな」
 ――刹那は神を信じない。昔信じていた神は、アリーの作った偶像だった。――それが、ニールには哀しい。ニールは幼い頃、毎週教会へ行っていた。神様はいると教え込まされて来た。その神様がいないとなると、ニールは少し寂しい気持ちになる。
(ニール……気を落とすことはない。――そうだ。己自身が己の神になればいい)
(……ん)
(俺にとっては、ガンダムが神だ)
 刹那が脳量子波で語った。そうだ。刹那は昔からガンダムを神聖視していた。何を神とするか。それは人によって違う。ニールにとって、刹那は神――と言うのが大袈裟ならば、天使だった。
 ――エイミーが、祭壇に跪いて一生懸命祈っていた姿を思い出した。そのエイミーは死んだ。確かに神はいないのかもしれない。だが、太古の昔から、人は神の名によって戦争して来た。
 天国があるとしたら――エイミーや両親はそこにいるのかもしれない。
 ニールはKPSAにいた刹那を憎んだ。だが、殺せはしなかった。だって――刹那はニールの……。
「刹那……お前は俺の天使だぜ」
「俺はそんなものになった覚えはない。――けれど、ありがとう」
「ニール、刹那。お喋り中悪いのだがな――」
 セルゲイ・スミルノフがごほんと咳払いをした。ニールが慌てて訊く。
「ああ、悪い――どうした? セルゲイ」
「ホーマー・カタギリは……戦争をしたいとは思っていない。リボンズが裏で操っているのだろう――」
 セルゲイが他の人に聴こえないように小声で喋った。ホーマーがスポークスマンなのは、ニール達も知っている。だが、如何なリボンズと言えど、アロウズの最高司令官、ホーマー・カタギリの意見を無視することは出来ないであろう。
「リボンズは……どうしてホーマーを選んだのかな。彼は決して御しやすい男ではないのに……」
 セルゲイが呟いた。セルゲイにわからないのなら、ニールにはもっとわからない。他のイノベイターにはわかっているのであろうか。――だが、ニールには、今は他のイノベイターの意見を聞く気になれなかった。
(イノベイターは疲れるな。刹那)
(ああ、だが、有用な意見も与えてくれる。俺がガンダムになるのなら――まず、イノベイターとしての力も上手く使えなければ)
(お前が言うならそうなんだろうよ)
 ニールは、本当ならこんな話し合いの場など蹴飛ばして、リボンズに詰め寄りたかった。こんな、世界を混乱させるようなことをして、一体何を狙っているのか――と。実際に戦線布告をしたのはカタロンだが、そこまで彼らを追い詰めたのはアロウズだ。
 隣のセルゲイは、ハムサンドを味わって食べている。
 焦るな、焦るな、ニール・ディランディ――。
 ニールは自分に言い聞かせた。いずれリボンズの力も必要となってくるかもしれないし、それに――
(刹那はニールを救うと言った)
 それが単なるおためごかしでないことはニールも知っている。刹那はそれ程器用ではない。刹那は――自分もリボンズと同類であることをわかっているのだろう。稀代の梟雄、リボンズ・アルマークが悪の仇花であったとしても――。
「刹那。俺はお前に従うぜ」
「ありがとう、ニール」
 刹那が再び微笑む。刹那がいつも笑っていられる環境を作れるならば、この命、惜しくはない。
 どうせ、ニールは一度死んだ身だ。
「おい、お前ら――絶対戦争なくそうぜ!」
 ニールは立ち上がって、拳を上げた。
「おおっ!」
「そうだな――ニールの言う通りだ!」
「ニールの言葉なら、信じられるぜ! なんせ天下のガンダムマイスターだったんだもんな!」
「刹那もガンダムマイスターなんだけどな……」
 ニールが複雑そうに口元を歪めた。
「刹那……アンタも頑張れよ!」
「お前らならやれるって、俺、信じてるもん! ガンダムでの活躍を聞くたび、俺ら溜飲下げてたんだぜ!」
「ガンダム、ガンダム!」
 誰かが言った。その波はすぐに広まった。
「ガンダム、ガンダム――!」
「俺ら、ここに来て良かったぜ!」
「頑張れ! ロックオン! 刹那! アレルヤ! ティエリア! 沙慈! ――そして、ニール・ディランディ!」
「おーっ!」
 パチパチパチ、と、どこかから拍手が鳴った。
「すごい人気だな。兄さん」
「ええ――」
 ライルとアニューも拍手をした。沙慈とルイスも。ニールは照れ臭そうに頭を掻いた。前にどこかで、こんなシーンを知っていたような気がする。デジャヴ、というやつだろうか。映画かどこかで観たこんな場面を自分は覚えていたのだろうか。それとも、これは夢なのか。――さっきの興味本位の騒ぎとは違う、シュプレヒコールの波。鳴りやまない、「ガンダム、ガンダム」の声。
「ニール――今、君を支持する者が多いからって、道を踏み外してはならんぞ。――リボンズのようにな」
 セルゲイが苦言を呈す。
「大丈夫。ニールはアリーやリボンズのようにはならない。俺達がついている。――いや、俺がついている」
「刹那!」
 ニールは刹那を抱きしめたくなった。その途端、ニールは刹那に抱きしめられたように感じた。
「刹那……?」
「ニール……これもイノベイターの力だ」
「ああ……」
 伝わってくる刹那の温もり。本当は実際に抱きしめたかったけれど――この温もりさえあれば、ニールはどんなことだって、出来る。
「刹那……俺の刹那。お前がいて良かった」
 ニールは涙ぐんでいた。目元を指で拭う。
「ああ――」
「あの時――お前を殺してしまわないで良かった」
「俺は、ガンダムになるんだ。そして、お前も――」
「刹那。お前とだったら、俺もガンダムになれる! なんせ、俺達は半身同士だもんな……二人で一人前だ」
「ニール……」
「俺は……お前の元に帰れて良かった。お前が一緒なら、間違わない」
「ニール・ディランディ!」
 ニールはセルゲイに肩を抱かれた。
「セルゲイ――?」
「君を疑った私を、許してくれ。――君と刹那くんなら道を間違わない。陳腐な言葉かもしれんが――君達には『愛』があるからな。しかも、本物のな」
「愛――」
「そう。それが、我々を結びつけてくれるものだ――ガンダムになっても、愛を忘れないで欲しい。といっても、年寄りの戯言かな。君には他にも仲間がいる。是非、彼らと正しい道を進んでくれ。そして私達のことも導いてくれ」
(愛――か)
 ニールが心の中で呟いた。まさか、セルゲイの口から愛、という言葉が出てくるとは思わなかった。恋愛、同士愛、家族愛――愛にもいろいろあるが、要は互いを思いやる力だ。
(俺もちょっとびっくりだ)
 刹那の声が聴こえる。はは、刹那の奴、また俺の心を読んだな――だが、以心伝心な自分達が嬉しかった。
「キャラじゃねぇもんな」
「ニール?」
「――いや、こっちの話だよ、セルゲイ」
「お前ら、もっとくっつけ!」
 野次馬の一人が言った。確かさっきの――バルドゥルとか言ったか。
「今のこの二人、データスティックにとっておいてやるからよ」
 若い男が言った。色が黒い。確かダーナルとか言ったはず。ここでは、彼も伸び伸びと活躍しているらしい。肌による差別がないからだ。
 皆、一見荒くれ者だけど、優しい人々なのだった。
「だーなるおにいちゃま、にーるおにいちゃまとせつなおにいちゃまのこと、とるの?」
 ベルベットがいつの間にかニール達の近くに来ていた。
「そうだよ。映像を撮ることにかけては、俺はラグランジュ3で一番だからな。――イアンさんとこのミレイナちゃんを除けばな」
「べるもとりたいけれど、きっとだーなるおにいちゃまのほうがじょうずなの。だって、だーなるおにいちゃまはおとなだもの」
「おお、ベル――」
 ダーナルはベルベットの髪を優しく撫でた。そして、端末をニールと刹那に向ける。ニールでさえ、少し面映ゆかった。ぶっきらぼうに見えて、実はシャイな刹那はもっと恥ずかしかったであろう。――王留美が壇上に上がって行ったのも、彼らは気づかなかった。

2017.10.6

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