ニールの明日

第二百十一話

 リボンズ・アルマーク機構の一室で――。
 シャーロットはライオンのぬいぐるみ――ニール二号を撫でながら鼻歌を歌っていた。ニール二号も、いい気持ちで撫でられているようだ。シャーロットはぬいぐるみの気持ちもわかるのである。
「ご機嫌だね。シャーロット」
「パパ」
 ニール二号を床に置いて、シャーロットは父親に抱き着く。
「だって、もうすぐおともだちがくるんだもん」
「お友達?」
 父フランクリンが首を傾げる。
「うん。CBにいるおともだち。もうすぐあえるよ」
「シャーロットはずっとそのことを言ってるのよ」
 母、エンマ・ブラウンはクスクスと笑っている。
「ほう。その子はここに来るって、シャーロットに連絡してきたのかい?」
「まだ! でも、いちどあったことあるのよ」
 フランクリンにシャーロットは自慢げに胸を張る。
「この子は私達より能力が優れているから――」
「――ああ、そうだな」
 フランクリンはエンマの唇にキスをする。シャーロットがじっと見ている。
「……シャーロット、見ないでくれ……」
「あら、あなた、照れてるわね」
 エンマがまた小さく笑う。
「君があんまり魅力的だから――」
「そんな……」
「いいなー、パパにママ。こんなになかがよくて。あたしもキスしたい」
「じゃあ、パパの頬にキスしておあげ。それからママにもよ」
「うん!」
 シャーロットはフランクリンとエンマの頬にキスをした。
「いい子だ」
 フランクリンが娘を撫でる。シャーロットは「きゃー」と歓声を上げる。
「君のいうお友達は男の子かい? 女の子かい?」
「おんなのこよ。でも、おとこのこもいるみたい」
「男の子もいるのかい」
「うん。ベルベットといっしょにいるの」
「ベルベット?」
「ベルべット・アーデちゃん! ティエリアさんのむすめなの!」
「ベルベットは、ティエリア・アーデの娘かい」
「うん!」
「あのティエリア・アーデの――まさかな。あの人は綺麗だが、男の人だしな……」
「あなた。イノベイターのことについては、常識で測れないってあなたいつも言ってたじゃない」
「ま、それはそうだが――む、男が妊娠ねぇ……だが、私の勘が、それもありだと告げているし――」
 フランクリンが考え込んでいるようだ。シャーロットがにこっと笑った。シャーロットが言った。
「ベルちゃんがここにきたら、パパにもしょうかいするね」
「う……うむ……」
 フランクリンは少し動揺しているらしい。
「ティエリアの娘だとすると――父親は誰なんだろうな……」
「アレルヤおにいちゃん!」
 フランクリンの疑問にシャーロットが即答した。
「そ……そうか。まぁ、いずれ会うのが楽しみだな……」
「うん。でも、パパったらどうしてこまったかおしてるの?」
「――大人にはいろいろあるんだよ」
「さぁさ、とうもろこし茹でたから食べましょ?」
 シャーロットはとうもろこしに鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「わー、いいにおい――でも、あたしはあとでたべるの。あそびにいってきまーす」
 シャーロットはニール二号を伴って部屋の扉を開けた。
「ぬいぐるみは汚すんじゃないのよ。もらいものなんだから」
 母の言葉に、シャーロットは、
「わかった!」
 と、勢い良く頷いた。

 アザディスタン王宮では、マリナ・イスマイールがシーリン・バフティヤールとモニターで話していた。
『それでは、姫様はこのことを知らないというのですね』
「ええ。それは、王留美様が決めることですし――もしかしたら、紅龍が提案したことでは?」
『あら。紅龍のことを話す時の姫様の顔……一人の乙女ですわね』
「か、揶揄わないでください!」
『揶揄ってなどなくってよ。――残念ながら、この話を持ってきたのはニールなの。ニール・ディランディ』
「そうだったの――」
 あの青年だったらそういう意見を出すこともあり得る。マリナはそう思った。マリナはニールも好きだ。恋ではなく、尊敬しているのだ。
 そして、何よりあの眼差しが優しい。
(一度死んだとか言ってなかったかしら――)
 そんな噂も聞いたことがある。人間ではない存在が増えてきている――その話は王宮にも届いている。そちらの方で争いが起らないといいけれど――マリナは密かに危惧していた。
 彼女は人間である自分に満足している。けれど、その人間ではない存在に憧れて、戦いを挑むようなそんな輩が出て来始めたら――。
 ことはそう簡単ではないかもしれない。
「シーリン。ニールさんに宜しくね」
『あら。紅龍さんに宜しく、じゃなくって?』
「シーリン!」
『――まぁ、紅龍さんにも宜しく言っておきますわね。姫様の恋が実ることを願って』
「シーリン……」
『まぁ、それはそうと、CBはカタロンにアロウズに対して停戦することを願ってます。CBも戦争は止めると言っていますし』
「そう――」
 それは良かったわ。――マリナは胸を撫で下ろした。
(ニール・ディランディに感謝をしなければ――)
 いつか、ニールに直接礼を言おうと、マリナは思っていた。彼のおかげでシーリンも変わったような気がする。彼が平和を説いたから――。
 そして、その意見を受け入れた王留美にも感謝を捧げた。
「私もニール・ディランディとCBに賛成ですわ」
『――姫様ならそう言うと思ってましたわ』
 シーリンがうっすらと微笑みを浮かべた。
「シーリン……ありがとう」
『あら、何かしら? 急に……』
「アロウズと――停戦するのでしょう?」
『私は反対なんですけどね――クラウスが決めてくれるわ。きっと。それから――ジーン1が土下座をしたわ』
「カタロンにですの?」
『ええ。戦いを止めてくれと――』
 ジーン1とは、ライル・ディランディのコードネームである。ニールの双子の弟だと聞いている。双子は気質も似るのであろうか。
「ライル・ディランディはとても勇気のあるお方ですのね」
『ええ。流石、ニールの双子の弟だと思いましたわ』
 大義の為にプライドを捨てても信条を貫き通す。ガンダムマイスターも全員そうだとマリナは思った。アレルヤ・ハプティズムやティエリア・アーデも――。
(私は、アザディスタンの皇女で良かったです――)
 何度も捨てようと思ったその座。自分には向かないと思った公務。けれども――。
 目標の為に命を賭ける素晴らしい人々に出会った。刹那や紅龍にも巡り合えた。それに――。
 シーリン・バフティヤール。――あなたに会えて良かった。そう考えている自分はさぞかし心から微笑んでいたことだろう。シーリンが続けた。
『私は、アロウズのことは許せません。けれど――姫様が戦いを止めろというなら、その命に従うのにやぶさかではありませんわ』

2017.7.27

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